"名前のない弁当箱" 第3話
妻の療養のため族で潟へ移り、そのまま消息が途絶えた。
昭28、名のない弁当をべた夜、源郎が古い帳面で見ていたのは、消えかけた川の名だった。
最初の弁当が届いてから1か、515の朝にも同じような包みが置かれていた。回とは違う紺の呂敷に包まれていたが、に入っていたのは同じアルミ製の弁当箱だった。
料理は筍ご飯と蕗の煮物、鯵の干物だった。今回も数分に分けられ、名ももない。誰かが夜けに置いていったらしく、呂敷には朝が残っていた。
「今度こそ、見張りましょう」
林の提案で、翌は2の若い員が交代での入を見張ることになった。だが615、午4まで何も起こらず、2が裏の便所へったわずかなに包みが置かれていた。
7も、8も弁当は届いた。には梅干しのおにぎりと茄子の噌炒め、には栗ご飯と根の煮物が入っていた。料理を作る者が毎回違うらしく、卵焼きが甘いもあれば、塩辛いもあった。
それでも弁当箱だけは同じものだった。角にさなへこみがあり、底には「ヤマ」と読めるい傷がついている。
若い社員たちは、この弁当を「15のごちそう」と呼ぶようになった。普段の昼が麦飯と漬物だけの者もかったため、に度の弁当を皆が楽しみにした。
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源郎は必ず最初のをにするに、をわせた。
「誰だからんが、今もいただきます」
弁当箱は洗っての入へ置いておくと、翌朝にはなくなっていた。代わりに何かを返そうとしても、源郎は許さなかった。
「勝にもらい続けるなんて、気持ちが悪くありませんか」
正がそう尋ねた、源郎は旋盤の刃を研ぎながら答えた。
「受け取るのにも覚悟がいるんだ」
「覚悟?」
「から何かを受け取れば、自分はできているんじゃないと認めなきゃならん。それが嫌で、助けを断るもいる」
正には父の言葉がよく分からなかった。昭28当、正は17歳。業へ通いながら、放課はを伝っていた。
彼は父とは違い、古いだけでは会社を続けられないと考えていた。くのではしい械が導入され、作業程も数字で管理されている。本鉄所のように、社がの庭事まで気にしていては、いつか代に取り残されるとっていた。
ある、正は父の机で古い帳面を見つけた。社員の名や族構成に交じり、好きなべ物までかれている。
「、甘い卵焼き。妻は塩を好む」
「林、鯖で蕁麻疹。母、が悪い」
「田辺、娘が昭27まれ。乳が」
会社の記録とはえなかった。料や仕事の能率ではなく、誰がどんな暮らしをしているかばかりがかれている。
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「こんなことを覚えて、何になるんだ」
正が呟くと、背から源郎の声がした。
「械が止まれば音で分かる。が止まりそうなは、事をらなきゃ分からん」
「会社は族じゃないよ」
「そうだ。族じゃないから、放っておいていいということにもならん」
正は帳面を閉じた。父の考え方を古いといながらも、言い返す言葉が見つからなかった。
そのの1215、京には朝からがった。にはくが積もり、始業を過ぎても弁当は届かなかった。
皆が初めての途切れを気にしながら仕事をしていると、昼、入で何かが倒れる音がした。正が駆けすと、に濡れた呂敷包みと、ざかるさなが見えた。
「待ってください!」
正はへびした。はの套を着た女性で、を引きずるように歩いていた。
角を曲がる直、その女性が度だけ振り返った。
顔までは見えなかった。しかし、には目つ傷の痕があった。
正が追いかけた、女性はすでに商の混みへ消えていた。のにもかかわらず、歳末の買い物客がき交い、荷や自転が狭い通りを埋めていた。
へ戻ると、源郎は濡れた包みを布で拭いていた。弁当箱のには、苔を巻いたおにぎりと瓜の煮物が詰められていた。
「女のだった。にきな傷があったよ」
正が伝えると、源郎のが止まった。