"名前のない弁当箱" 第4話
「どのくらいのだった」
「くて分からなかった。40歳くらいかもしれない」
源郎は何も答えなかった。だが午になると突然仕事を切りげ、澄にもき先を告げずにをた。
向かったのは、戦に度訪ねたことのある潟の川ではなかった。浅のれにあるさな惣菜だった。
先には煮豆や平牛蒡が並び、50歳ほどの女性が客の相をしていた。女性のには、首から指先まで古い傷の痕が残っていた。
「久しぶりだな、志津さん」
女性は源郎の顔を見るなり、持っていた菜箸を落とした。
川志津。かつてのを持ちした川の妻だった。
「どうして、ここが……」
「おさんの煮物には姜がい。昔、病院へ見いにったも同じだった」
志津は観したようにの奥へ源郎を通した。さな卓袱台のに座ると、事を話し始めた。
夫のは、潟へ移ってから港の荷役仕事に就いた。源郎へを返すため、休みも取らずに働いたが、昭25に事故でくなったという。
「最期まで、本社との約束を気にしていました。盗んだを全部返せなかったことより、自分が助けてもらったまま終わることを悔やんでいました」
がくなった、志津は娘を連れて京へ戻り、惣菜で働き始めた。やがてさなを持てるようになると、毎15に弁当を作って本鉄所へ届けるようになった。
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15は、源郎が病院へ来て、を警察へ引き渡さなかっただった。
「でも、全部を私が作っているわけではありません」
志津は箪笥から1冊のノートを取りした。そこには名とが記されていた。
4は修、5は田辺芳雄、6は野寺正、7は川志津。かつて本鉄所で働いた者たちが、順番に弁当を用していた。
「皆さん、社さんに助けてもらったたちです。方にんでいるは、おや米を私へ送ってきます。私が代わりに作るもあります」
「なぜ名を隠す」
「本さんが、返すなら別の誰かへ返せと言ったからです」
「だったら、なぜ俺のへ持ってくる」
志津はしばらく黙っていた。その、し困ったように笑った。
「には今も、若いがいるからです。昔の私たちと同じように、誰にも困っていると言えないがいるかもしれない。本さん個への恩返しではなく、あの所を残すためのお弁当なんです」
源郎は言葉を失った。弁当を届けていた者たちは、自分をばせようとしていたのではない。かつて腹を空かせた自分たちが救われた所を、次の誰かのために守ろうとしていたのだ。
「さんから、これを預かっています」
志津はさな封筒を差しした。には使い古されたの入証と、何度も折り畳まれたが入っていた。
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『社へ。盗んだは、きて働いて返します。ただ、もし返し終わるに何かあったら、娘に私が棒だったとだけは言わないでください。あの、妻を助けたかったい男がいたと伝えてください』
源郎は最まで読むと、を丁寧に封筒へ戻した。
「娘さんは、このことをっているのか」
「いいえ。父親はで世話になったとしか話していません」
「それでいい。は最まで働いて返そうとした。棒のままんだんじゃない」
志津の目から、いこらえていた涙が落ちた。
帰り際、源郎はつだけ頼んだ。
「弁当のことは、もうし黙っていてくれ。の若い連が、自分でを見つけるまで」
志津は頷いた。
その夜、正は父の帰りを待っていたが、源郎は女性の名をかさなかった。
「誰だったんだ」
「弁当を作っただ」
「それは分かってる。なぜ届けているのかを聞いているんだ」
「おがを継ぐつもりなら、いずれ分かる」
正は腹をてた。父はいつも事なことを言葉にしない。その沈黙が、に親子のへい溝を作ることになるとは、まだ誰もらなかった。
昭35、度経済成の波は町のさなにも押し寄せていた。テレビや洗濯、蔵庫が次々と庭へ普及し、属部品の需は急増した。本鉄所にも、メーカーの請けからまとまった注文が入るようになった。