"五輪を見なかったテレビ屋" 第8話
昭20。
焼けた。
族を失った12歳の自分。
空腹。
寒さ。
瓦礫のそばで眠るたち。
そして昭39。
備された。
ち並ぶビル。
幹線。
庭に増えていく製品。
国競技へ入する世界の選たち。
たった19だった。
浩は改めて、そののさに驚いた。
自分がから30代になるほどのにも満たない。
それだけのに、父が見ていた京は焼け跡からオリンピック催都へ変わった。
世はそれを復興と呼んだ。
実際、その言葉は違っていなかった。
べるものもなかった代から、族がテレビを買うために貯をする代へ変わった。
「せっかくのオリンピックだから」
そう言いながら、藤田器へ来た客たち。
何かもためたをし、しいテレビをへ運んでもらったの嬉しそうな顔。
信夫はそれを毎見ていた。
もしかすると父は、自分が売っているテレビそのものに代の変化をじていたのかもしれない。
かつて国を乗せたをくから眺め、「国ってどんなところなんだろう」と話していたが、今度はの主として、世界から々が集まる京をテレビに映している。
それは、信夫自のの変化でもあった。
もなかったが、を持った。
べ物を分けてもらっていたが、族を養った。
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着るものにも困っていたが、毎朝シャッターをけ、客から「藤田さん」と呼ばれるようになった。
だからこそ、京オリンピックは嬉しかったはずだった。
本がここまで戻った。
自分もここまできた。
あの頃の5が冗談のように話したが、本当に来た。
本来なら笑ってもよかった。
泣いてもよかった。
先のたちと緒に拍をしてもよかった。
しかし信夫には、それができなかった。
「5でもう度ここに集まろう」
その約束が残っていたからだ。
仲たちと再会できなかったことを、信夫はどうっていたのだろう。
んだと決まったわけではない。
どこかで庭を持ち、京オリンピックを見ていた者もいたかもしれない。
別の町の器ので、同じ会式を見ていたかもしれない。
しかし信夫には分からなかった。
を送りたくても所がない。
探しても見つからない。
「そんなが来るまできよう」
自分はきた。
では4は。
その答えをらないまま、約束のだけが来てしまった。
浩は改めて、会式のの父の姿をいした。
シャッターを半分閉めていた。
完全には閉めていなかった。
からの音は聞こえていた。
歓声も、テレビの実況も届いていた。
それでも画面は見なかった。
箱をけ、たちの写真をに置いていたのだろう。
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もしかすると、から聞こえる歓声だけで分だったのかもしれない。
本が本当にそのを迎えたことは、画面を見なくても分かった。
父はその、何を考えていたのか。
「正ちゃん、来たぞ」
「鉄、本はここまで戻ったぞ」
「幸、清、見てるか」
そんな言葉をので話していたのだろうか。
そこまでは浩にも分からない。
父は何もき残していない。
だから勝に言葉を作ることもできなかった。
ただ1つだけ確かなことがあった。
父はあの、孤独だったのではない。
なくとものでは、写真の4と緒にいた。
浩はようやく、あの倉庫の沈黙をそう受け止められるようになった。
舗の取り壊しがづくにつれ、浩は何度も藤田器へを運んだ。
片づける物はほとんど残っていなかった。
それでものを歩くと、父との記憶が次々に蘇った。
帳の横。
学の頃、算数の宿題をした所。
修理台の。
信夫が細いドライバーを使い、テレビの裏側をけていた所。
先。
昭391010、くのが黒テレビを見ていた所。
壁には当の跡など何も残っていない。
それでも浩には子を並べた主婦たちや、面に座った子どもたちが見えるようだった。
「すごいなあ」
「本もここまで来たんだな」
誰かの声までいせた。
あの、浩自も同じようにった。
本はしくなった。
これからもっと豊かになる。
戦争は昔の来事だ。
子どもだった浩にとって、昭20はい過だった。