"最後の迷子放送" 第3話
「申し訳ありませんが……」
そう言いかけた、案内所の奥からい声がした。
「さん」
振り返ると、主任の芳がっていた。55歳になる芳は丸百貨に30以勤めており、案内所どころか売りの古い員たちからも目置かれている女性だった。若い頃は館内放送も担当し、の歴史を誰よりっていると言われていた。
「今は流してあげなさい」
「でも主任、今は……」
「今はそれでいいの。けれど今は、私が責任を持ちます」
芳はそう言うと、婦へ向かって軽くをげた。婦は何も言わず、ただ何度もさくうなずいた。
恵子は納得できないまま放送依頼の用へを伸ばしたが、芳はそのを止めた。
「そのにし休憩へ入りなさい。話しておきたいことがあるから」
2は交代の案内係へ持ちを任せ、裏のさな休憩へ入った。皿の置かれた丸テーブルと鉄製のロッカーしかない部で、芳はポットから湯を注ぎ、恵子にも番茶を差しした。
「さんが疑問にうのは当然よ。私だって、あなたくらいの歳なら同じことを言ったかもしれない」
「では、どうして今まで続けていたんですか」
芳は湯みを両で包んだまま、しだけ線を落とした。
「崎澄さん。あの方が最初にあの放送を聞いたのはね、あなたがまれるずっとなの」
広告
「最初に?」
「昭27よ」
恵子はわず顔をげた。自分がまれるどころか、丸百貨が現の建物になるよりはるか以の話だった。
芳はゆっくり語り始めた。
戦の傷跡がまだ町のあちこちに残り、々がしいや靴を買うことさえ特別な来事だった頃。の母親が、5歳の娘を連れてこの百貨へやって来たのことを。
そして、度はただの迷子放送だった「京ちゃん」という名が、20以も館内へ流れ続けることになった理由を。
昭27の丸百貨は、昭49の華やかな姿とはずいぶん違っていた。戦災を免れた古い建物へしずつ売りを継ぎし、ようやくの角へ子ども向けの遊具が置かれ始めた頃で、エスカレーターもまだなかった。それでも町の々にとっては憧れの所であり、ガラスケースへ並ぶ品の商品を眺めるだけでも、戦の暮らしが確かにへんでいるような気持ちになれた。
崎澄は当36歳だった。夫は数、い療養の末に病気でくなっており、澄は縫い物の内職と堂の伝いを掛け持ちしながら、娘の京子を育てていた。決して豊かな暮らしではなかったが、5歳になった京子はよく笑う子で、所のからも「澄さんのところの京ちゃん」とがられていた。
広告
母娘が丸百貨へかけるのは、に数回しかなかった。そのは京子の靴を買うため、澄は何週もからしずつを取り分けていた。成のい子どものにの靴はもうわず、つま先が当たって痛いと言いながらも、京子は母親に気を遣ってしていたのである。
「赤い靴がいい」
子ども靴売りで京子が指差したのは、赤い革にい紐のついた靴だった。値札を見た澄は瞬迷ったが、何度も試し履きをして嬉しそうに歩く娘を見るうち、結局その靴を買うことにした。京子は包みを胸へ抱き、帰ったらすぐ履いて所の友達へ見せるのだと、員にまで得そうに話していたという。
買い物を終えて帰ろうとした、へ続く階段のくで、京子がを止めた。から聞こえてくる音楽と子どもの笑い声に気づき、澄の袖を引っ張ったのである。
「お母ちゃん、お馬さんに回だけ乗りたい」
「今は靴を買ったでしょう」
「回だけ。ほんとに回だけ」
澄は財布のを確かめた。帰りの賃とは別に、銭がほんのし残っている。普段からさせることのい娘にしい靴を買ったくらい、遊ばせてやってもよいのではないかとった。
の馬は、今のものに比べれば素朴だった。い馬の背へ京子を乗せると、貨を入れた械はガタガタと音をてながらゆっくりし、京子は何度も澄へを振った。