"届かなかった母の手紙" 第1話
昭36、。田のあいにあるさなには、まだの名残が残っていた。田んぼの畦には汚れたがところどころ積もり、朝の空気は袋なしでは指先が痛くなるほどたかった。
のさな駅には、いつもよりずっとくのが集まっていた。ホームに並んでいるのは、学を卒業したばかりの女たちで、誰もがまだ幼さの残る顔をしていた。
柳李を元に置く者。呂敷包みを抱える者。真しい学鞄をそのまま持ってきた者もいた。
彼らはこれから、京や阪へ働きにる。
その列のに、15歳の本芳子もいた。
芳子の荷物は、母のハルが何もから用してくれた柳李1つだけだった。には着替えが数枚と、用の肌着、呂敷に包んだ裁縫具、それから古いタオルが入っていた。
裕福なではなかった。むしろのでも暮らしは楽な方ではなく、父をくにくしてから、ハルが田畑を守りながら芳子を育ててきた。
学を卒業したら京で働く。
それは芳子自が決めたことでもあった。
「母ちゃん1で働かせておけないもの」
そう言う娘に、ハルは最初何も答えなかった。ただ囲炉裏の向こうでさく頷き、翌から集団就職の話を聞きに学へ通うようになった。
そしてとうとう、発のが来た。
列が入ってくるし、ハルは芳子の襟元を何度も直した。
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「京はがいんだろうな。らないについてくんじゃないよ」
「子どもじゃないよ」
芳子が照れくさそうに笑うと、ハルも笑った。けれど、その笑いの奥に何かをこらえていることを、芳子は分かっていた。
「ちゃんとべるんだよ」
「うん」
「邪ひくんじゃないよ」
「分かった」
「困ったらをくんだよ」
ハルは同じことを何度も繰り返した。
芳子はしうるさいといながらも、嫌ではなかった。むしろ母のその言葉を聞いていると、まだをていないような気がした。
やがてくから汽笛が聞こえ、ホームにいた々が斉に線の先へ顔を向けた。
列がづくにつれ、あちこちですすり泣く声が聞こえ始めた。
芳子も急に胸が苦しくなった。
昨まで、自分はく京へきたいとっていた。きなで働き、料をもらい、母に仕送りをする自分を何度も像していた。
ところが列をにすると、のも、古いも、朝になると聞こえる鶏の声さえ、急に放したくないものにえてきた。
「母ちゃん」
芳子は荷物を抱えたまま、ハルを見た。
「何だ」
「私、ちゃんと働くから」
「分かってる」
「料も送るから」
「自分で使う分はちゃんと残しな」
「それから……」
列に乗り込むの流れに押されながら、芳子は振り返った。
「母ちゃんもいてね!」
ハルは瞬、驚いたような顔をした。
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それから、何度もきく頷いた。
「分かった。くよ」
その返事を聞いて、芳子はした。
座席に着き、窓をけてホームを見ると、ハルはまだ同じ所にっていた。細い体に古いもんぺ姿で、首にはの褪せた拭いを巻いていた。
列がゆっくりとき始める。
「母ちゃん!」
芳子は窓からを乗りしそうになりながらを振った。
ハルもを振った。
何度も。
何度も。
ホームがざかり、母の姿がさくなっても、芳子はをろさなかった。
隣に座っていた同じの女が泣いていた。向かいのも、顔を窓の方へ向けたまま黙っていた。
芳子は泣かなかった。
京へ着くまでは泣かない。
そう決めていた。
けれど、母の姿が完全に見えなくなった瞬、唇をく噛んだ。
最に交わした「をく」という約束だけが、胸のに残った。
芳子はその、疑いもしなかった。
数週もすれば、母の字でかれた葉が届く。
季節が変われば、の来事をいたも届く。
そうっていた。
母が自分に、度もをさないまま4ものが過ぎるなど、15歳の芳子には像もできなかった。
芳子が働くことになったのは、京郊にある品だった。のくには方から来た女子従業員のための寮があり、や州から集団就職で来た女たちが何も暮らしていた。
初めて寮へ入った夜、芳子は狭い部に並んだ布団を見て驚いた。