"届かなかった母の手紙" 第2話
田のでは母と2きりだったのに、ここでは同じ頃の女たちの話し声が夜遅くまで絶えなかった。
翌朝は6に起した。
寮母の声と廊をる音で目を覚まし、布団を畳む。顔を洗う所にも列ができ、堂でも決められた内に朝を済ませなければならなかった。
それから揃いの作業に着替えてへ向かう。
芳子が任されたのは、品を扱う製造程の部だった。
朝から夕方までち続ける仕事は、像していたよりずっときつかった。学にいた頃はの田畑を伝うこともあったが、決められた位置に何もったまま、同じ作業を続ける経験はなかった。
最初の1週での裏に豆ができた。
夜になるとふくらはぎが張り、布団へ入っても痛みでなかなか眠れないがあった。
同じ部の女たちも似たような状態だった。
「もう帰りたい」
消灯、誰かが布団のでさく言った。
「私も」
別の女が答えた。
けれど翌朝になると、皆また起きがった。
故郷の族へを送るため。
自分で働くと決めててきたから。
芳子も音を吐かなかった。
仕事そのものよりつらかったのは、母がくにいないことだった。
にいた頃は、朝になれば囲炉裏のを起こす音がした。夜、疲れて帰っても、ハルが「腹減っただろ」と言って何かをしてくれた。
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京では、自分で何でもしなければならない。
泣いても母はいない。
がても母はいない。
そんな活ので、芳子が毎週楽しみにするようになったものがあった。
曜に届く郵便だった。
寮の玄関くに郵便物が運ばれてくると、寮母が女たちの名を読みげた。
「佐藤さん、形から!」
「はい!」
名を呼ばれた女がびしていく。
「斎藤さん、青森から包!」
「やった!」
あちこちから笑い声ががった。
故郷から届く封筒には、母親や父親の字が並んでいた。
包をければ、干し柿や漬物、乾燥させた菜、毛糸で編んだ靴などが入っていた。弟や妹が描いた絵や、族写真を同封してもらった子もいた。
「芳ちゃん、べる?」
ある、同の女が干し柿を半分差ししてくれた。
「いいの?」
「母ちゃんがいっぱい入れてきたから」
芳子は笑って受け取った。
甘い干し柿を噛んだ途端、胸の奥に田の景が浮かんだ。
自分の母も、きっとそのうち何か送ってくる。
物でなくてもいい。
1枚の葉で分だった。
曜になるたび、芳子は寮母が名を読みげる声にを澄ませた。
「本芳子」
その4文字を待った。
しかし、最初の曜には呼ばれなかった。
次の曜も呼ばれなかった。
その次も同じだった。
1かが過ぎた頃、芳子は自分に言い聞かせた。
田植えの期だから忙しいんだ。
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母は1で田畑をやっている。
をく暇なんてないのかもしれない。
3かが過ぎても、何も届かなかった。
「母ちゃん、字をくの慣れてないからな」
芳子はそう考えることにした。
実際、で母がい文章をく姿を見た記憶はほとんどなかった。買い物のメモも必最限で、役所から来た類はに聞きながら読んでいた。
それでも、芳子は信じていた。
いつか来る。
になれば。
になれば。
誕になれば。
ところが15歳の誕が過ぎても、母からは何も届かなかった。
寮の仲が「誕だろ」とさな菓子をくれた、芳子は笑って礼を言った。
夜、布団へ入ってから、枕元をじっと見た。
そこには何もなかった。
「忘れたのかな」
自分でにした途端、涙がそうになった。
芳子は布団をまで被った。
忘れたはずはない。
自分の誕くらい、母は覚えている。
そうえばうほど、が来ないことが理解できなかった。
京で迎える最初のがづいた。
芳子はの仕事にもしずつ慣れ、最初の頃のように毎晩が痛くて泣くことはなくなった。作業の順番も覚え、先輩から注される回数も減っていった。
料になると、自分の活に必な分を残し、能な範囲で田へ仕送りをした。母が「自分の分を残しな」と言っていたことをいしながらも、しでも計の助けになりたかった。
芳子からは、最初の頃、何度かをいた。