みかん小説
本棚

"ただいまの裏にあった10年" 第2話

しかし昭60当、の至るところに防犯カメラがあるわけでもなく、携帯話もなかった。

頼れるのは目撃証言だけだった。

の同僚たちは、健が午5過ぎに普段通り退社したと話した。嫌が悪かった様子もなく、誰かと揉めていた気配もなかった。

「いつもと同じでしたよ」

本孝志もそう答えた。

「佐藤は真面目な奴ですし、急にどこかへくようなじゃありません」

警察は健が自転で通っていた沿いの商や宅を1軒ずつ訪ねた。けれど、をれたの取りは見つからなかった。

自転もてこなかった。

財布や分証を持っていたのかどうかも、正確には分からなかった。ただなくとも、い旅へくような準備をした形跡はなかった。

何より、健はをる朝、母に「夕方には帰る」というつもりでを振っていた。

1週が過ぎた。

2週が過ぎた。

警察から何度か連絡は来たものの、しい掛かりはなかった。

かず子は毎、健の部へ入った。

机のには読みかけの本が置かれ、壁には好きだったのポスターが貼られている。脱いだまま子へ掛けられた着まで、815の朝と同じ所に残っていた。

片づけることができなかった。

何か1つかしただけで、健が帰る所まで消えてしまうような気がした。

広告

夜になると、かず子は仏壇のに座った。

「健、どこにいるの」

答えが返るはずもないのに、何度も問いかけた。

「お母さん、らないから。何があったっていいから、帰ってきて」

背にった誠は何も言わず、妻の肩へを置いた。

2に子供は健しかいなかった。

誠にとっては1息子であり、かず子にとっては23、毎のように事を作り、送りしてきたが子だった。その息子が、何の触れもなく消えてしまった。

が終わった。

になり、岡の空気は急速にたくなった。

やがてがり始めた。

鉄所のでかきをしながら、誠は何度も同じことを考えた。

こんな寒い、健はどこにいるのだろう。

べるものはあるのか。

眠る所はあるのか。

それとも――。

その先を考えることだけは、自分に禁じた。

昭61の正。

佐藤には親戚が集まったものの、以のような笑い声はなかった。皆が健の無事を願いながらも、半く連絡がない現実をに、何を言えばよいのか分からなくなっていた。

警察の捜査も、の経過とともに規模がさくなった。

折、似た青を見たという報が入った。

潟駅で見た。

隣県の堂で働いている男が似ている。

京の簡易宿泊所にいるらしい。

誠とかず子は、そのたび期待した。

しかしどれも別だった。

広告

昭61815。

健が消えてから1が経った。

かず子は朝から仏壇のに座り、の同じ朝をいしていた。

「今も暑いから気をつけて」

自分は確かにそう言った。

健は笑って、「分かってるよ」と答えた。

あの、もうし話していれば。

引き止めていれば。

何かが変わったのだろうか。

考えても仕方がないと分かっているのに、母親のは何度も同じところへ戻った。

そのの頃から、誠は息子のことをにする回数が減った。

忘れたわけではない。

むしろ逆だった。

何かを言葉にすれば、自分まで崩れてしまいそうだった。

鉄所へ朝くて、夜まで働いた。

かず子も所付きいを続け、表面は以の活へ戻ろうとした。

そして昭62の。

健が消えてから、もうすぐ2が経とうとしていた。

2はにはさなかったが、のどこかで覚悟し始めていた。

健は、もう帰ってこないのかもしれない。

ところが、その諦めが形になりかけた9のあるだった。

夕方、佐藤の玄関を叩く音がした。

かず子が扉をけると、そこに1の男性がっていた。

痩せ細った体。

肩くまで伸びた髪。

顔を覆う無精髭。

汚れたと、すり減った靴。

どこから来たのか分からないほど、疲れ果てた姿だった。

かず子は最初、見らぬだとった。

男性は震える唇をいた。

「ただいま」

その声を聞いた瞬、かず子の体から力が抜けた。

「健……?」

かず子は玄関にったまま、目のの男性を見つめた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: