"家族席から外された弟" 第11話
演奏が始まり、澪のクラリネットが会に響いた。父は途で咳き込み、母は落ち着かない様子で背をさすった。それでもとも席をたなかった。
終演、ロビーで兄からメッセージが届いた。《父さんがそっちへった。帰りは頼む》
以なら、その文に腹をて、何かを返さずにはいられなかっただろう。私は《分かった。今夜は送る。次回からは事に相談してくれ》とだけ返信した。
兄との関係は修復していない。母は今でも、ときどき「あのあなたが駅ビルへ連絡しなければ」と言う。親戚の集まりで私をわがままな次男と呼ぶもいる。《よし》と《さな晩ごはん》のそぼろを比べ、どちらが本物か噂する客もいる。
それでも、私はもう本物を証するために料理をしていなかった。
翌週の曜、厨で久美子がしい姜煮のを見てほしいと言った。私はべ、「私なら醤油をし減らす」と答えた。
「じゃあ減らします?」
「いや、今は久美子さんの名です料理だから、最は久美子さんが決めて」
彼女は驚き、それからもう度鍋を見した。「このままにします」
私は頷き、しいノートの最初のページに、材料ではなく彼女の名と付をいた。次のページにはの監修内容、その次には配送を担当したの改善案をく欄を作った。
広告
をの功績にせず、誰が何をしたかを消さないための記録だった。
夕方、澪が学帰りに厨へ寄った。演奏会でもらった束を分けにして、スタッフへ本ずつ渡した。私は伝い代を払うと言ったが、澪は今は客として来ただけだと笑った。
「お父さん、あの青いノートはどうするの?」
妻のノートは、今も自宅の鍵のかかる引きしにある。私は々くが、もう厨へ持ちしてはいない。
「あれは、お母さんとお父さんと、さかった澪の記録として残す。仕事の続きは、このノートにく」
「私、柚子の絵だけはだったよね」
「あれは、どう見ても太陽だった」
澪が笑い、久美子たちも笑った。厨には、私が子どもの頃から嗅いできた醤油と汁の匂いがあった。けれど、働くも、決め方も、値段も、もう父のとは違う。
父のを捨てたわけではない。兄に勝ったから残ったわけでもない。守るべきものを選び、守らなくていい役割を放した結果、同じ材料から別のがまれたのだ。
私はしいノートを閉じ、の注文数を確認した。百。無理をすればあと作れるが、締切の依頼には断りの連絡を入れた。
厨の灯りを消すと、計は午半だった。澪と緒に夕をべられるだった。
の私は、族のためにへ戻ったとっていた。
実際には、必とされなくなることが怖くて、自分から抜けられなくなっていた部分もある。そのさまで兄や父のせいにはできない。
だが、自分にも責任があると認めることは、すべてをすることではなかった。次に同じ面が来た、別の選択をする力を持つことだった。
私は娘と並んで駅へ歩いた。族席に名がなかったあのから、が過ぎていた。
もう誰かが用した席を待つ必はない。私は、自分で働く所を作り、自分で帰るを決め、隣に座るへ先に名を尋ねることができる。
そして、まだ私を信じないがいることもっていた。
それでよかった。信じてもらうために差ししてきたを、これからのまで延するつもりはなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
四十九日の追放、母の隠し遺言
「十年世話しただけの妹に、実家の取り分はないわ」 母の四十九日、喪服の兄夫婦は親族の前で澄子を指差し、台所の冷えた板の間へ追いやった。信金を辞め10年間、720万円の私財を投じて母を看取った澄子に、兄は「今週中に出て行け」と冷酷に通告する。 母のキャッシュカードは7年前から兄が独占し、消えた年金は1240万円。 家財すべてが二束三文で業者に売り払われようとする中、母が50年愛用した古い足踏みミシンの奥底から、厳重に隠された「ある物」が滑り落ちた。 「その言葉、そっくりそのままお返しします」 あの日からちょうど49日後、審判の幕が上がる――。兄弟姉妹|修羅場2.3万字5 432 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 199 -
完結第10話
洋食屋の絆と、高級寿司屋の逆転
岡田悠斗は、高校生の時に両親を交通事故で亡くし、高卒の自動車整備士として働きながら、三歳下の妹・真央をたった一人で大学の法学部まで育て上げた。真央は猛勉強の末に難関の司法試験を突破し、弁護士として初任給をもらう。悠斗への感謝を込めて予約した高級寿司屋の席で、悠斗の職場の傲慢な上司・西村が偶然居合わせ、「工場で油まみれになって働く底辺の作業員」と悠斗と真央を激しく侮辱する。絶望と怒りが交錯する中、隣の席に座っていた一人の客が立ち上がり、西村を冷徹に一喝する。その男の正体は、かつて両親の営む洋食屋「ひまわり」で無銭の少年時代に助けられた大手IT企業の社長・藤井宗介だった。過去の恩返しと、血を分けた兄妹の絆が奇跡を引き起こす感動のヒューマンドラマ。兄弟姉妹|修羅場1.5万字5 641 -
完結第10話
従妹に貸した部屋が、半年で40回又貸しされていた
国家試験の勉強に使う――そう約束した従妹・さやが、私のマンションを他人に使わせ、密かに金まで受け取っていた。半年間、家賃も取らず信じて鍵を預けた私を待っていたのは、生活感が消えた不自然に綺麗な部屋だった。光熱費の異常な少なさ、玄関脇に残されたキーボックスの跡、そして靴箱の奥から見つかった、知らない5人宛ての郵便物。調べるほど、さやの「1人で勉強していた」という言葉は崩れていく。さらに彼女は、私の知らない人間に鍵を渡し、住所まで使わせていたことを認め始めた。親族だからと目をつぶることは、もうできない。私は写真、通話記録、利用履歴を残し、警察や関係機関へ相談することを決意する。だが、問題は無断利用だけでは終わらなかった。私の住所は、いったい何のために使われていたのか――。調べた先で、さらに不穏な事実が動き始める。兄弟姉妹|修羅場4.1万字5 318 -
完結第10話
売上300万元の牧場で、従兄が渡した分け前は200元
「300万元も売り上げたのに、俺の取り分はたった200元なのか?」――祖父から受け継いだ秘伝の飼育技術で従兄・大鵬の牧場を支え続けた私。しかし「利益は4対6」という約束は踏みにじられ、私はただの雇われ人だと切り捨てられた。 3年間の努力を嘲笑われた私は牧場を去り、最後の500元で病気に侵された50羽の獅頭ガチョウを買う。祖父の処方と自分の腕を信じ、恋人・小満とゼロから再出発すると、死にかけていたヒナたちは驚くほど回復していった。一方、私を追い出した大鵬の牧場では謎の病が広がり、300万元の大口契約まで危機に陥る。そんな中、私のガチョウを口にした一人の老人が、亡き祖父の名を聞いた瞬間に涙を流した――。兄弟姉妹|修羅場3.3万字5 162 -
完結第20話
長女にだけ渡された鍵
父の四十九日。「お前が一番しっかりしている」と病床の父から金庫の鍵を託された長女の私は、弟と妹の前で鉄の扉を開けた。だが中にあった私の通帳は残高一万円で、二百八十万円あった預金は弟の名義で全額引き出されていた。問い詰める私に弟は「親父に頼まれた」と父の直筆の手紙を突きつけ、妹も父と交わした別の密約を叫び始める。そこへ男が現れ、父が実家を担保に借りた五百万円の借用書を突きつけてきた。裡切られた|兄弟姉妹|相続|金銭問題|修羅場3.0万字5 92 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137 -
完結第19話
棺の中の男を、夫は知らない
親を捨てて逃げた冷酷な男だと親族中から罵倒される義兄の葬儀で、義母は涙を流し、夫を支えの孝行息子だと称えていた。だが焼香台へ進む夫の前に立ちはだかった私は、「あなた、本当に棺の中にいるその人を知っているの」と告げた。夫が隠していたのは、過去五年間、毎月義兄へ送り続け、そのたびに全額突き返されていた六十回分の送金記録だった。血の気を引かせる夫と親戚の前で、私はその明細を祭壇の上に広げた。兄弟姉妹|親不孝|絶縁|親子関係|修羅場2.8万字5 88