"消された合格通知" 第1話
「兄さん、今だけは裏から入ってくれないか」
弟の拓がそう言ったのは、実のパン《麦の灯》が改装する朝だった。歳の直は、夜けから百個のを仕込み、焼成温度を調し、しく入ったアルバイトにクリームの絞り方まで教えていた。
のには元テレビのが止まり、入には《代目・拓がんだ奇跡の塩麹あんパン》という旗が並んでいた。その塩麹あんパンを考えたのは直だった。父の術でが半休業した、廃棄を減らすために発酵を見直し、回試作して完成させた。
「どうして裏なんだ」
「兄さんは取材が苦だろ。父さんが余計なことを話すに、厨を回してほしいんだ」
拓は悪びれず、胸元の刺繍を指でえた。いコックコートには《商品発責任者 瀬拓》と縫われている。
直は自分の油染みた作業着を見た。肩はない。与細には今も《製造補助》とかれ、は万円だった。
「塩麹あんパンの発者も、拓ということにするのか」
「テレビは分かりやすい物語を欲しがる。京のホテルで修業した弟が故郷へ戻り、父のを継ぐ。その方がのためになる」
答えたのは父の昭だった。歳になっても、では父の言葉が決定だった。
「直、おは表へるより、を触っている方が向いている。
広告
族ので役割が違うだけだ」
母の子は線を伏せ、焼きがったパンを袋へ詰め続けた。止めもしなければ、賛成もしない。直はい、その沈黙を母の優しさだとっていた。
午、改装のテープが切られた。昭はで「兄のを弟が現代に蘇らせました」と語った。直のことではない。昭の兄、つまり創業者のことだった。
厨のさなラジオから、拓のるい声が聞こえた。
「子どもの頃から父の背を見て、いつかしい名物を作りたいとっていました」
直のが止まった。成形台ので、がゆっくり乾いていく。
昼過ぎ、商会の担当者が厨へ入ってきた。「代目さん、写真をもう枚」と言いながら、直を見てを止めた。
「あれ、瀬直君?」
代の担任、だった。定、商会の広報を伝っているという。
「先、お久しぶりです」
は直の作業着と、で笑う拓を交互に見た。
「君がを継いだとっていた。製菓専学へけなかったあとも、で勉を続けると言っていたから」
直は苦笑した。
「けなかったんじゃありません。落ちたんです。格通は届かなかった」
の顔から笑みが消えた。
「何を言っている。君は格していたよ。特待選考にも通っていた」
オーブンの終音が鳴った。
広告
それでも直はけなかった。
「先、誰かと違えていませんか」
「違えるものか。君のから辞退届が届いたあと、私は話もした。お父さんが、本が業を選んだと言ったんだ」
厨の向こうで、母がトレーを落とした。
に散ったパンを、母は拾おうとしなかった。昭がから戻り、「取材に何を騒いでいる」と叱ると、は名刺を置いた。
「瀬さん、私は当、直君本と度も話せませんでした。の判断を本の判断だと受け取った私にも責任があります」
父は「学の話なら終わっています」と遮った。は直に、当の記録が学に残っているか確認すると約束した。
直は落ちたパンを廃棄袋へ入れた。今すぐ父へ詰め寄れば、に騒ぎを起こした男になる。何も聞かなければ、また父が決めた物語のへ戻る。
そのの売は過最だった。閉、拓と父はんだが、直にはレジの数字がく見えた。が成功したと、自分のが嘘のにあったとったは、同じになった。
閉、直は父に尋ねた。昭は売表から目をげず、「昔の話だ」と言った。
「格していたのか」
「していた。それがどうした」
あまりに簡単な返事で、直はるタイミングさえ失った。
歳の、直は神戸の製菓専学を受験した。
記試験の成績は平凡だったが、実技で作った噌と胡桃のパンを講師に褒められた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
二十人分の祝い膳を押しつけられたので、家を出ました
義母から「家族のお祝いだから」と押し付けられたのは、二十人分の料理作りと高額な費用負担。 夫も義妹も、私を一人の家族ではなく、都合よく使える存在として扱っていた。 五年間、我慢し続けた嫁・美咲は、ある決断をする。 それは、義妹の息子の一歳祝いの前日に、すべてを捨てて家を出ることだった。 しかし、静かに準備を進める中で、美咲は夫と義母が隠していた驚くべき事実を知る。 そこには、単なる身勝手な家族関係では終わらない、彼女を縛り続けるための計画が隠されていた。 そして迎えた祝いの日。 親戚二十人が待つ食卓に残されたのは、豪華な料理ではなく、誰も予想しなかった「空っぽの祝い膳」だった。 奪われ続けた人生を取り戻すため、美咲が選んだ静かな反撃とは――。嫁姑|親子関係|修羅場2.2万字5 284 -
完結第16話
四十九日の追放、母の隠し遺言
「十年世話しただけの妹に、実家の取り分はないわ」 母の四十九日、喪服の兄夫婦は親族の前で澄子を指差し、台所の冷えた板の間へ追いやった。信金を辞め10年間、720万円の私財を投じて母を看取った澄子に、兄は「今週中に出て行け」と冷酷に通告する。 母のキャッシュカードは7年前から兄が独占し、消えた年金は1240万円。 家財すべてが二束三文で業者に売り払われようとする中、母が50年愛用した古い足踏みミシンの奥底から、厳重に隠された「ある物」が滑り落ちた。 「その言葉、そっくりそのままお返しします」 あの日からちょうど49日後、審判の幕が上がる――。兄弟姉妹|修羅場2.3万字5 434 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 200 -
完結第19話
深夜2時、隣家の物置で赤ん坊を抱く4歳児
心臓の不整脈で消防士を辞め、故郷の民宿「緑海荘」へ戻った27歳の相馬蒼太。 ある深夜2時、隣家から突然途切れた赤ん坊の泣き声に異変を感じて駆けつけると、物置のような暗い部屋で、全身に青あざを負った4歳のひなが、痩せた妹メイを必死に抱いていた。 「泣いたらまた叩かれるんですか?」――その一言に、蒼太は2人を必ず守ると決意する。民宿へ連れ帰り、常連客の旅行ライター・りんや両親と共に食事と温かな寝床を与え、児童相談所へ連絡。 しかし保護の朝、ひなは「お兄ちゃんと離れたくない」と蒼太の服を握りしめる。初めて見る海の前で、ようやく声を上げて泣いた少女を前に、蒼太とりんは“助ける”だけでは終われない未来を選び始める――。親子関係|修羅場2.8万字5 251 -
完結第10話
洋食屋の絆と、高級寿司屋の逆転
岡田悠斗は、高校生の時に両親を交通事故で亡くし、高卒の自動車整備士として働きながら、三歳下の妹・真央をたった一人で大学の法学部まで育て上げた。真央は猛勉強の末に難関の司法試験を突破し、弁護士として初任給をもらう。悠斗への感謝を込めて予約した高級寿司屋の席で、悠斗の職場の傲慢な上司・西村が偶然居合わせ、「工場で油まみれになって働く底辺の作業員」と悠斗と真央を激しく侮辱する。絶望と怒りが交錯する中、隣の席に座っていた一人の客が立ち上がり、西村を冷徹に一喝する。その男の正体は、かつて両親の営む洋食屋「ひまわり」で無銭の少年時代に助けられた大手IT企業の社長・藤井宗介だった。過去の恩返しと、血を分けた兄妹の絆が奇跡を引き起こす感動のヒューマンドラマ。兄弟姉妹|修羅場1.5万字5 641 -
完結第10話
従妹に貸した部屋が、半年で40回又貸しされていた
国家試験の勉強に使う――そう約束した従妹・さやが、私のマンションを他人に使わせ、密かに金まで受け取っていた。半年間、家賃も取らず信じて鍵を預けた私を待っていたのは、生活感が消えた不自然に綺麗な部屋だった。光熱費の異常な少なさ、玄関脇に残されたキーボックスの跡、そして靴箱の奥から見つかった、知らない5人宛ての郵便物。調べるほど、さやの「1人で勉強していた」という言葉は崩れていく。さらに彼女は、私の知らない人間に鍵を渡し、住所まで使わせていたことを認め始めた。親族だからと目をつぶることは、もうできない。私は写真、通話記録、利用履歴を残し、警察や関係機関へ相談することを決意する。だが、問題は無断利用だけでは終わらなかった。私の住所は、いったい何のために使われていたのか――。調べた先で、さらに不穏な事実が動き始める。兄弟姉妹|修羅場4.1万字5 318 -
完結第10話
売上300万元の牧場で、従兄が渡した分け前は200元
「300万元も売り上げたのに、俺の取り分はたった200元なのか?」――祖父から受け継いだ秘伝の飼育技術で従兄・大鵬の牧場を支え続けた私。しかし「利益は4対6」という約束は踏みにじられ、私はただの雇われ人だと切り捨てられた。 3年間の努力を嘲笑われた私は牧場を去り、最後の500元で病気に侵された50羽の獅頭ガチョウを買う。祖父の処方と自分の腕を信じ、恋人・小満とゼロから再出発すると、死にかけていたヒナたちは驚くほど回復していった。一方、私を追い出した大鵬の牧場では謎の病が広がり、300万元の大口契約まで危機に陥る。そんな中、私のガチョウを口にした一人の老人が、亡き祖父の名を聞いた瞬間に涙を流した――。兄弟姉妹|修羅場3.3万字5 162 -
完結第23話
義母が突然、結婚指輪をくれた
夫が亡くなった日、義母は「もう家族じゃない」と私と娘を雨の中に追い出した。それから二年、一度の連絡もなかった義母が娘の小学校入学を控えた夕暮れ、四十年間外さなかった結婚指輪を私の指に無理やり嵌めて頭を下げた。翌日、親族が集まる祝いの席で和解を受け入れようとした私の前で、義母は冷たい笑みを浮かべ、夫が生前に娘の氏の変更書類を用意していたのではないかと問い詰めてきた。私の手の中で箸が止まった。裡切られた|祖父母と孫|嫁姑|親子関係|修羅場3.5万字5 127 -
完結第20話
長女にだけ渡された鍵
父の四十九日。「お前が一番しっかりしている」と病床の父から金庫の鍵を託された長女の私は、弟と妹の前で鉄の扉を開けた。だが中にあった私の通帳は残高一万円で、二百八十万円あった預金は弟の名義で全額引き出されていた。問い詰める私に弟は「親父に頼まれた」と父の直筆の手紙を突きつけ、妹も父と交わした別の密約を叫び始める。そこへ男が現れ、父が実家を担保に借りた五百万円の借用書を突きつけてきた。裡切られた|兄弟姉妹|相続|金銭問題|修羅場3.0万字5 92 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137