"軍艦島、命をつないだ白い飯" 第10話
それでも妻には、その夜の卓がひどくありがたく見えた。
夫が座っている。
箸をかしている。
噌汁をんでいる。
魚の骨を皿の端へ寄せている。
昨も見た景である。
も見られるとっている景である。
だが炭鉱町では、その「いつも通り」が絶対ではなかった。
だから妻たちは、夫へ豪華な料理を毎並べようとしたわけではない。
しでも腹いっぱいべさせる。
次の勤務まで体を休ませる。
そしてまた、無事に帰ってきてもらう。
卓には、そんな願いが混じっていた。
坑夫本は、それをいちいち考えてはいなかっただろう。
仕事から戻れば腹が減っている。
飯があればう。
酒があればむ。
疲れていれば寝る。
それだけである。
けれど、毎の事を用する側にとっては違った。
米を切らさないようにする。
が荒で来ないを考え、保の利く物を残しておく。
真が貴だった代なら、炊事に使う分を先に確保する。
野菜がなければ乾物を使う。
魚がなければ漬物と噌汁で飯をべさせる。
い料があったからといって、事が自に卓へ現れるわけではない。
端島の豊かな活は、坑夫の賃だけでなく、それを毎の膳へ変える族の夫によっても支えられていた。
独者も同じだった。
堂へけば、温かい麺がる。
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寮へ戻れば事が待っている。
誰かが米を炊き、汁を作り、働き終えた者がべられるように準備している。
坑夫の労働を支えた「飯」とは、米の配量やい賃だけでは語れない。
掘る者がいて、運ぶ者がいる。
をかす者がいる。
で売る者がいる。
調理する者がいる。
そしてべ終えた茶碗を洗い、次の事を用する者がいる。
その全部がつながって、ようやくの坑夫のが終わる。
男はその夜、杯目の飯まできれいにべた。
妻が茶碗を見て言った。
「もういい?」
男は腹をさすった。
「さすがに入らん」
「なら最初からそう言えばいいのに」
「されたらうやろ」
妻は呆れた顔をしながら茶碗をげた。
男は煙へをつけ、窓をしけた。
から潮の匂いが入ってくる。
島の向こう側には暗いが広がり、そのさらにには、数まで自分がいた坑がある。
そこだけを見れば、男の仕事は異常なものだった。
底くへり、暑さと湿気ので炭を掘る。
歩違えば命に関わる。
けれど、その仕事を終えて社宅へ戻れば、活は驚くほど普通だった。
妻がいる。
子どもが眠っている。
台所には鍋がある。
ちゃぶ台には飯がある。
男はその普通さに救われていた。
翌朝。
息子が起きると、昨夜の魚の骨を見つけた。
「お父さん、夜にべたの?」
「ああ」
「僕の分は?」
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「おは昨べただろ」
「またべたい」
妻が台所から言った。
「が来て、魚にあったらね」
息子はすぐ窓のを見た。
「今は来る?」
男は笑った。
端島の子どもでさえ、卓とがつながっていることをっていた。
「が静かなら来るさ」
そのは波が穏やかだった。
昼には定期が着き、商にはまた野菜や魚が並んだ。
々は買い物袋をげて社宅へ戻っていく。
夕方になれば、あちこちの部から料理の匂いが流れ始める。
そして交代勤務を終えた坑夫たちが、島のあちこちから帰ってくる。
ある男は魚をべる。
ある男は肉をべる。
独者は堂でちゃんぽんをすすっているかもしれない。
酒を杯む者もいる。
疲れ果て、飯だけべてすぐ眠る者もいる。
べる物も、帰宅する刻も同じではない。
だが、彼らにはつだけ共通することがあった。
その飯をべている点で、今もへ帰ってきたということである。
炭鉱夫にとって、膳の飯はの労働を終えるための栄養だった。
族にとっては、もっと単純だった。
今も帰ってきた。
もまた、
「おかえり」
と言えるかもしれない。
端島の卓に並んだい飯が特別だった理由は、その値段でも、量でも、当としては恵まれた配制度だけでもない。
底の暗へ送りしたが、もう度ちゃぶ台のへ座っている。
そのこと自体が、何よりのごちそうだったのである。
完
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