みかん小説
本棚

"「名前を書くな」公害病の申請を止めた父と、娘の「息がしたいだけ」" 第7話

苦しいと言えば。

いとわれる。

かわいそうな子になる。

そうっていた。

でも。

隠しているだけでは。

誰にも分からない。

それは父と同じかもしれなかった。

その夜。

美紀は卓の引きしをけた。

申請はまだ入っていた。

名をく欄。

空。

美紀は鉛を持った。

ゆっくり。

《井美紀》

といた。

忠雄が帰宅すると、卓の真んに申請が置かれていた。美紀の名だけがかれ、保護者欄は空いている。芳は台所にっていたが、何も言わず夫の様子を見ていた。

忠雄は鞄を置いた。

「誰がいた」

「私」

美紀が答えた。

忠雄は娘を見た。

「消しなさい」

「いや」

「美紀」

「私の名でしょ」

「子どもだけで決めることじゃない」

「じゃあ、お父さんが決めるの?」

忠雄が言葉につまった。

美紀のは震えていた。

声も。

完全には定していない。

それでも。

父から目を逸らさなかった。

「私、お父さんのを潰したいんじゃないよ。会社のを困らせたいわけでもない」

忠雄は黙って聞いた。

「お父さんが悪いともってない」

美紀の目から涙がつ落ちた。

「でも私、息がしたいだけ」

忠雄の表が変わった。

「みんなと同じようにりたいし、夜も咳で起きたくない。病気の子って言われるのも嫌。でも、苦しいのに苦しくないことにはできないよ」

芳は台所にったまま涙を拭いた。

美紀は続けた。

広告

「申請したら治るなんてってない。でも先が相談した方がいいって言ってるなら、やってみたい」

忠雄は子へ座った。

申請を見る。

娘の名。

13歳の字。

しがり。

学の提物に何度もいているのと同じ名だ。

それなのに。

そののでは。

ひどくく見えた。

「お父さんが嫌なら」

美紀は言った。

「お父さんの名はかなくてもいい」

忠雄は顔をげた。

「何言ってるんだ」

「私とお母さんでく」

「それは駄目だ」

「何で?」

忠雄はまた答えられなくなった。

自分が署名しなければ。

娘は申請しない。

そうっていた。

しかし。

目のの娘は。

もう自分で名をいた。

この子は。

父親を困らせようとしているのではない。

ただ。

苦しいと言っている。

忠雄は申請を持ちげた。

「しだけ待ってくれ」

美紀の顔が曇った。

「また?」

「今度は、逃げるためじゃない」

忠雄は娘へそう言った。

「会社で話してくる」

翌。

忠雄は吉岡係のもとへった。

「班の件で、お話があります」

吉岡は類から顔をげた。

「何だ」

「娘の申請、します」

部が静かになった。

吉岡は何も言わず、煙へをつけた。

「そうか」

「申し訳ありません」

「俺に謝る話じゃないだろ」

な答えだった。

忠雄は顔をげた。

吉岡は煙を吐いた。

「ただな、会社のには面くわんもいるかもしれん。それは正直に言っておく」

広告

「分かっています」

「班の件も、俺で決めるわけじゃない」

「それも分かっています」

「それでもすんだな」

忠雄は頷いた。

「します」

吉岡はしばらく忠雄を見ていた。

「分かった」

話はそれだけだった。

鳴られもしなかった。

申請を止めろとも言われなかった。

忠雄は部をた。

怖さがなくなったわけではない。

むしろ。

これから何が起きるか分からないぶん。

怖かった。

しかし。

それまでのように。

何もしないまま。

「あとし」

と言い続けることの方が。

もう怖くなっていた。

その週の曜。

忠雄は芳と美紀を連れ、相談窓へった。

申請には。

まだつ。

空欄があった。

保護者署名。

係員からペンを渡され。

忠雄は。

しばらく止まった。

美紀は何も言わず。

父の横顔を見ていた。

やがて。

忠雄は。

《井忠雄》

といた。

自分の名なのに。

こんなにくのが難しかったことは。

度もなかった。

申請をした翌も、町は何も変わらなかった。朝になればの煙突から煙ががり、忠雄は同じに作業着を着てをた。美紀も学へき、芳は洗濯物を干すに空のを確かめてから物干し竿へを伸ばした。

美紀は、申請をした瞬に何かきな来事が起きるような気がしていた。しかし実際には追加の診断や居歴の確認が必で、病院の受診記録や学の欠席状況について尋ねられるなど、な続きが続いた。

芳は押し入れから古い診察券や領収をした。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: