"昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫" 第3話
刑事は答えた。
「衝にた能性もあります」
「うちのは夕飯までに帰ると言ったんです」
「奥さん」
「帰るつもりだったんです」
幸子は譲らなかった。
しかし証拠がない。
数。
佐藤が農園へやってきた。
「からも仕事、来た方がいいですか」
幸子は迷った。
夫のメモがかられない。
《佐藤 今に話す》
「しだけ休んでもらえますか」
そう答えた。
佐藤は何も聞かなかった。
「分かりました」
それだけ言って帰った。
しかしをる直。
幸子は見た。
佐藤が誰もいない田農園のハウスを振り返っていた。
その顔はっているようにも、
怯えているようにも見えた。
かが過ぎた。
田茂の方は分からないままだった。
警察からの連絡もほとんどなくなった。
最初は毎のようにへ来ていた親戚も、週、週と経つにつれて減っていった。
では相変わらず噂だけが残った。
佐藤がやった。
いや、本だ。
兄弟喧嘩が原因らしい。
女がいたのではないか。
借があったのでは。
は答えがないことに耐えられない。
だから答えの代わりに噂を作った。
幸子だけは、玄関の鍵を完全には閉めなかった。
夜になると、内側の掛けをかけずに眠った。
「もし帰ってきた、入れなかったら困るから」
の美穂は何も言わなかった。
京にいた男・博志は週末ごとに帰ってきた。
広告
の終わり。
博志は母へ言った。
「学、休学しようとう」
幸子はく反対した。
「何言ってるの」
「農園どうするんだよ」
「お母さんがやる」
「できるの?」
その言葉に幸子は黙った。
これまで経理や荷は伝ってきた。
だが栽培そのものは夫へ任せていた。
温度管理。
。
肥料。
摘果。
病気。
へす期。
分からないことだらけだった。
「父さんが帰ってくるまででいい」
博志は言った。
幸子はその言葉に救われた。
「帰ってくるまで」
誰も、
「もう帰らない」
とは言わなかった。
はハウスの半分だけを残した。
維持できない棟は片づけた。
畑の規模を縮め、隣の農に教わりながら、何とか次の季節へつないだ。
その方。
佐藤誠は農園へ来なくなった。
幸子が休んでほしいと言った、別の農の雇い仕事をしているらしかった。
半。
佐藤はから突然姿を消した。
「引っ越したって?」
幸子は所のから聞かされた。
「奥さんとで。朝見たら荷物がなくなってた」
き先を詳しくる者はいなかった。
京郊で働くという話だけが残った。
その瞬、の噂が再燃した。
「やっぱり佐藤だ」
「ろめたいから逃げたんだ」
「警察は何やってるんだ」
幸子も瞬そうった。
夫のメモ。
い違う証言。
突然の転居。
しかし警察へ相談しても、
「転居しただけでは証拠になりません」
広告
と言われた。
隣の本は農園を続けていた。
田農園が縮したため、結果に周辺では本のいちごの荷量が目つようになった。
けれど本自は、茂の話を嫌った。
農協の集まりで誰かが、
「田さん、どこったんだろうな」
と言うと、
「もうやめろ」
と顔をしかめた。
「もも同じ話するつもりか」
まだも経っていない頃から、そう言った。
その態度を、
「怪しい」
と言うもいた。
兄の茂雄も、盆や正には成田へ来た。
弟はまだしたと決まったわけではない。
それでも実の仏壇にをわせる。
「こんなことなら、のことであんなにらなきゃよかった」
ある、幸子のでそう言った。
「最に話したも、の話だけだった」
幸子が顔をげる。
「かって言ってましたよね」
「ああ」
「何を話したんです?」
茂雄はため息をついた。
「までには返すって。あいつが言った」
「そんなお、どこから」
「らんよ」
幸子の胸にしい疑問が残った。
夫は農園を拡しようとしていた。
兄への返済も残っていた。
そして佐藤へはを貸さなかった。
本当に経営は順調だったのだろうか。
幸子は夫の帳面を冊ずつ調べた。
への荷。
肥料代。
資材費。
件費。
きな借はない。
だが余裕もない。
それでも、姿を消すほど追い詰められていた形跡は見つからなかった。
翌の。
夫がいないまま、いちごが赤く実った。
幸子は最初の粒を摘み、仏壇ではなく台所の皿へ置いた。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
「死産」と告げた院長と20年目の出生記録
20年前、出産した娘を「死産でした」と告げられた私・佐藤しず子。しかし私は、麻酔の中で確かに聞いた産声を一度も忘れられなかった。 真実を確かめるため、私は清英産婦人科医院の清掃員として20年間働き続け、誰にも気づかれず院内の秘密を探ってきた。そんなある夜、若い看護師から「まだ間に合います。あなたの娘さん生きています」と書かれた紙を渡される。 やがて地下の保管庫へ忍び込んだ私は、自分の出産記録の隣に「佐藤女児――転送」と記された手帳を発見する。 さらにそこには複数の新生児と金銭の記録まで残されていた。娘を奪ったのは誰なのか。そして病院は20年間、何を隠してきたのか。見下され続けた“掃除婦”は、集めた証拠を手に院長・安藤剛と対峙する――。真相|修羅場2.1万字5 407 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3039 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137 -
完結第20話
偽りの仕送りと緑の通帳
専業主婦の佐藤真美は、長年にわたり傲慢な義母・君代から「無収入の居候」と見下され続けてきた。夫の減給により進学を断念し、誇りを持って介護職に就いた二十歳の娘・奈々までも、義母は「高卒の無能な孫」と親戚の前で嘲笑する。さらに君代は「長男の嫁・恭子を見習い、毎月十五万円を仕送りしろ」と理不尽な要求を突きつけてきた。耐えかねた真美が恭子に相談すると、長男一家の仕送りに隠された信じがたい事実が判明する。義母の言う通り「見習う」ことを決意した真美は、夫の浩一を巻き込み、スマートフォンに収めたATMの振込画面の写真と、タンスの上の空の茶封筒を使ったある計画を仕掛ける。だが、疑念を深めた義母が「緑の銀行通帳」を差し出し、記帳を命じたことで事態は急転する――。嫁姑|真相3.0万字5 721 -
完結第30話
一万八千円の伝票
病を克服し、身なりを隠して自らのホテルへ宿泊客として訪れたオーナー・佐藤かず子。亡き夫と四十年にわたり心血を注いできた老舗ホテルは、かつての温もりを失い、強欲な支配人・中村の私欲に侵されていた。 きっかけは、わずか千八百円の粗末な昼定食に突きつけられた「一万八千円」の法外な伝票。中村たちは気の弱そうな高齢客を狙って組織的なぼったくりを繰り返し、さらにはホテルそのものを外資系ファンドへ売り飛ばそうと目論んでいた。 無力な老婆と侮られ、嘲笑と脅迫を受けるかず子。だが彼女の手には、亡き夫の誇りである一本の「蒔絵万年筆」と、深夜に掴んだ決定的な「裏帳簿」の証拠があった。誇りを泥靴で踏みにじられた元女将の、静かなる大反撃が今、幕を開ける――。職場逆転|真相4.6万字5 6317 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176