"臨月に捨てられた女医、18年後の審判" 第1話
「彼女が妊娠した。責任を取って、彼女と再婚する。おとは婚だ」
ダイニングテーブルの向かい側から投げつけられたその言は、私がこれまで積みげてきたの常識と信条を、元から々に砕するのに分だった。 内の空気は瞬にして凍りつき、壁掛け計の秒針が刻む無質な音だけが、元でやけにきく響いていた。
私は現、妊娠ヶの臨を迎えている。 膨らんだお腹のに宿る命は、私たち夫婦がという途方もなくい妊治療と絶望の末に、ようやく授かることのできた奇跡の宝物だった。 夫を信じていた。どれほど義両親からの当たりがくとも、このだけは私の方であり、苦しみを分かちってきた涯の伴侶であると、疑うことすらしなかったのだ。 だが、私の目のに座る夫――武田俊彦は、眉毛ひとつかさず、まるでの当直のシフトでも読みげるかのように淡々とした調で、別の女とのしいの展望を語りした。
「しかも、男の子なんだとさ。これで武田も泰だ。だから、男親として責任を取る。俺は直美と再婚するって決めたんだよ。おとの関係は、これでおしまいだ」
俊彦は元のコーヒーカップをソーサーに戻すと、嘲笑を浮かべて私を見据えた。 胃の腑が雑巾のように絞られるような吐き気を覚えながら、私は膝ので固く握りしめた拳を震わせた。
広告
唇が激しく痙攣し、呼吸がく吸い込めない。それでも、母としての本能が、喉の奥底から言葉を絞りさせた。
「……責任、って言ったの……? あなた、じゃあ……私と、このお腹の子に対する責任は、体どうなるの……?」
かろうじて形を成した私の問いかけ。 だが、その切痛な叫びすらも、彼にとってはただの滑稽な戯言、笑える冗談にしか聞こえなかったらしい。 俊彦はでフッとく笑うと、徹極まりない侮蔑の瞳で私を射すくめた。
「責任? ハッ、何言ってんだよ。おみたいな齢女が産む子なんて、どうせ障害児だろうが」
を疑うような言葉が、酷な切先となって私の鼓膜を貫いた。
「どうせエコーでも女の子だって確定してんだろ? 跡継ぎにもなんねえし、そもそも俺の輝かしい世のを引っ張る未来しか見えないんだよ」
言い放った直、彼はまるでの底から愉で仕方がありませんと言わんばかりに、肩をきく揺らしてらかに哄笑し始めた。 リビングに響き渡るその障りな笑い声は、私の鼓膜と魂に黒々と焼き付くほど、で汚らわしいものだった。
すると、その騒ぎを聞きつけたかのように、廊の引き戸がき、寝から義母がゆったりとした取りで姿を現した。 義母は私の蒼な顔を瞥すると、満そうに目を細め、俊彦の肩を優しく叩いた。
広告
「あら、俊彦。よくやったわねぇ! その直美さんという方が跡継ぎの男の子を産んでくださるのなら、こんな子宝にも恵まれない役たずのババア、もううちの敷居を跨がせる必なんてないわね」
続いて、リビングの奥から聞をにした義父も現れた。義父は待ってましたと言わんばかりにく頷き、厳格な表を崩して元を緩めた。
「でかしたぞ、俊彦。直美さんならうちの病院の優秀な護師だし、気も利くしも回る。こんな落ち目の女より、よっぽど武田総病院の院夫に相応しい嫁になるだろうな」
そこにいた誰の目にも、臨を迎えて震える私の姿など映っていなかった。 彼らの界には、自分たちの名誉と、しくまれてくる都の良い男児のしかしていなかったのだ。
私の名は、妙子。 かつて私が医師としていを纏い、病棟を駆け回っていたのは、もう数も昔のことである。
当、勤務していた名学病院の内科病棟で、私はの男性医師と会った。 それが、俊彦だった。彼はその域で絶な権力を誇る私病院「武田総病院」の院の息子であり、将来はその巨な医療法を継ぐことが約束された、誰もが羨むエリート医師だった。
若きの俊彦は、私に対してで烈なアプローチを繰り返した。
仕事のに差し入れを届けてくれ、激務で疲弊する私を優しくエスコートし、甘い言葉を囁き続けた。
広告
おすすめ作品
-
完結第28話
父の治療費70万円を拒んだ夫と、葬儀で開いた黒い封筒
父の治療費70万円を「俺には関係ない」と拒んだ夫・浩一。しかもその裏で愛人との旅行を予約していた彼は、美咲に離婚を突きつけながら、「離婚後も母さんの介護は続けろ」と要求する。5年間、美咲が義母のために支払った金額は2280万円を超えていた。 だが浩一たちは知らなかった。地方の医師だと思っていた美咲の父が、全国に介護・医療事業を展開する巨大企業の創業者で、株式63%を管理する信託の受益者が美咲だったことを。 さらに義弟・修二が美咲名義の委任状を偽造し、密かに口座を調べていた事実まで発覚。 そして1ヶ月後、父の葬儀に現れた浩一は、なおも「母さんの介護に戻れ」と命じる。美咲は親族全員の前で、父が遺した黒い封筒を静かに開いた――。夫婦|親不孝|修羅場4.2万字5 3 -
完結第26話
特上寿司と、消えた妻の半年
3月31日22時、激務を終えて帰宅した私の席にあったのは、冷え切った白米一杯だけだった。目の前で1万8900円の特上寿司を頬張る夫と義母は、「反省したらおかずをあげる」と大笑いする。家計の大半を私が支えているにもかかわらず、9ヶ月間も「罰」として食事を奪われ、夫は横で嘲笑っていた。だが二人は知らない。私が半年かけて集めた出前明細の履歴と、義母が隠し持っていた一枚の申告書の存在を。「じゃあ、外で食べてきます」――二度と振り返らずにドアを閉めた夜、経理の私が仕掛けた冷徹な清算が幕を開ける。嫁姑|夫婦4.0万字5 606 -
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 761 -
完結第11話
出世ゴルフの朝、沈黙した妻
「一生話しかけるな。口を開いたら即離婚だ」 そう怒鳴り散らし寝室に鍵をかけた夫。翌朝、出世が懸かった役員ゴルフの起床予定から2時間半が過ぎていた。真琴は夫の言いつけを忠実に守り、一切声を出さず「起きる時間だよー」とLINEを1通だけ送信する。 午前7時15分、泡を吹いてパニックで飛び出していく夫。だが、彼が置き忘れた鍵で書斎を開けた真琴は息を呑む。そこにあったのは、3400万円に及ぶ不正なリベート記録と、真琴の実印を悪用して設立されたペーパーカンパニーの書類だった。 夫の恐るべき企みを知った真琴は、冷たく微笑み受話器を取る。「もしもし、弁護士先生――」夫婦|真実1.7万字5 753 -
完結第27話
月5000円を貯めて泊まった旅館で、妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り23万円の配送ドライバー・かずやは、毎月5000円を5年間貯め、妻・彩佳と10歳の娘・ゆいを初めての家族旅行へ連れていく。ところが山奥の旅館へ着いた瞬間、出迎えた老紳士は彩佳に深々と頭を下げ、「お嬢様、お帰りなさいませ」と告げた。 実は彩佳は、創業150年を超える老舗旅館の一人娘だった。 かつて父の勧めで結婚した夫は旅館の信用と財産を利用しようとし、離婚して幼いゆいを連れ戻った彩佳に対しても、父は娘の苦しみより「旅館の評判」を優先した。 それ以来、実家を離れ質素に生きてきた彼女は、5年越しの旅行を機にようやく過去と向き合う決意をする。突然明かされた妻の素性に戸惑うかずやだったが、「俺が家族になりたかったのは彩佳とゆいだ」と伝える。 そしてこの旅は、長く閉ざされていた親子3代の関係を大きく動かしていく――。夫婦|第二の人生|修羅場4.1万字5 1210 -
完結第14話
式1時間前の略奪と百八十万円
「ごめん。結婚やめる。私この人と一緒になるから」 挙式まであと1時間。控室で純白のドレスを着た婚約者の隣に立っていたのは、家具職人の俺・蒼介の元上司だった。 新居のために手渡した180万円を持ち逃げされ、住まいも仕事も奪われ絶望の淵に立たされた俺。だがその時、息を切らして控室へ飛び込んできたのは、婚約者の妹・こよりだった。 大量の不在着信を残していた彼女の手には、姉が3週間前に交わしていた「別の賃貸契約書」が握られていた。 激昂する姉の前で、こよりは俺の冷え切った手を強く握り締め、真っ直ぐに言い放つ。 「じゃあ私が先輩を幸せにしても文句ないよね」夫婦|真相2.1万字5 361 -
完結第11話
遺体の上で眠り続けた十四年
「飲めよ、お前は永遠に俺のものだ」 毎年一月十七日の深夜二時、エリート弁護士の夫は一階の畳にウイスキーを注ぎ続けた。 再婚した由香里は、その和室の真上にある寝室で、得体の知れない悪夢に怯え十四年を過ごしてきた。 かつて震災の混乱の中、一カラットのダイヤの婚約指輪と共に忽然と消えた前婚約者。老朽化した別荘の床板が剥がされた瞬間、土中から十四年封じられていた「証拠」が姿を現す。 同時刻、ホスピスの老人が震える手で受話器を取り、警察へ告げた。 「お二人が店を出たのは、十七日の夜ではありません」 夫が十四年間、その真下へ注ぎ続けていた狂気の正体とは――。真実|行方不明1.6万字5 122 -
完結第14話
40度の熱で倒れた娘と、校門前の黒い高級車
40度を超える高熱で倒れた20歳の女子大生・桜。大学病院へ運ばれた彼女の身体から、医師は腰に広がる不自然なあざと、暴行を疑わせる損傷を発見する。 やがて桜は「脅迫されました」と涙ながらに告白。前夜、彼女を高級車に乗せた男は、金と人脈を持つ有名実業家・佐々木だった。 佐々木は奨学金や仕事の援助を装って近づき、拒絶すれば学生生活を壊すと脅していた。 さらに病院へ口封じの男たちまで送り込まれ、桜の携帯には脅迫メールや写真が残されていることが判明する。 そして捜査の最中、佐々木の車と関係する別の女子学生が失踪。自分だけの事件ではないと知った桜は、恐怖に震えながらも「もう沈黙しません」と証言を決意する――。真実|修羅場2.1万字5 1954 -
完結第14話
夫の遺品から出た三十年目の嘘
四十九日を終えた亡き夫の書斎。引き出しの隠し底から現れたのは、銀座の老舗宝飾店の高級ネックレスだった。添えられたカードには夫の筆跡で「麻美へ 誕生日おめでとう」の文字。結婚三十二年、私には花一輪すら贈らなかった無口な夫が、見知らぬ女へ遺した甘い贈り物。裏切りの証拠を握りしめ、私は封筒に記された住所の呼び鈴を鳴らした。現れた四十歳の女性にネックレスを突きつけ、夫の名を告げた瞬間――女は息を呑み、大粒の涙をこぼして言った。 「奥さん……ご主人から、何も聞いていないんですか?」夫婦|不倫2.1万字5 1285