"全員が揃えた同じ嘘" 第4話
「……もしもし」
受話の向こうから聞こえてきたのは、規則正しいオフィスの喧騒ではなく、浅く荒い呼吸の音だった。 どこかの湯か、非常階段に逃げ込んだのだろう。属質の反響音が混じっている。
「……律、あなた、正気なの?」
綾の声は、震えていた。 かつて学級会で堂々と見を述べていた、あの毅然とした委員の声ではなかった。怯えきった、何かに追い詰められたの声だった。
「どうしてその名をすのよ。篠原さんの名も、のことも、絶対ににしないって……あの、全員で決めたじゃない!」
「全員で決めた?」
私はわず声を荒らげそうになり、喉の奥で押し殺した。
「やっぱり、示しわせてたんだな。僕は……僕はあの、何が起きてたのか半分も分かってなかった。ただ、みんながそう言えって言ったから、空気に逆らえなくて親に嘘をついた。でも、綾、君はってたんだろ? あの、で何があったのか」
「らない」
「嘘をつくなよ!」
「らないったら、らない!」
綾が受話の向こうで鳴のような声をげた。
「ってどうするのよ!? もうものことなのよ! 先は精神を病んで自分から辞めた、それで全部終わった話じゃない! 今更蒸し返して、誰が得をするの!? あの約束を破ったら……私たちがどうなるか、あなた本当に分かってないの!?」
広告
「約束って、誰との約束だよ」
私の問いに、綾は息を呑んだ。 話の向こうで、誰かがドアをける微かな音が聞こえた。綾がハッと息を詰め、声を段とく潜めるのがわかった。
「……律。警告しておくわ」
その声は、氷のようにたかった。
「そのは捨てなさい。今すぐ燃やして。旧舎が壊されれば、全部消えるの。私たちはもうなのよ。それぞれの活があるの。庭を持っただっている、仕事で責任あるにいるだっている。子どもの頃の悪を掘り返して、みんなのをめちゃくちゃにする気?」
「僕は、ただ本当のことがりたいだけだ。倉先は、本当に精神病で逃げしたのか? 僕たちを捨てて、勝にいなくなったのか? そんなじゃなかったはずだ!」
「……もう話してこないで」
「綾!」
「度と、私にも、の誰にも連絡しないで。これ以嗅ぎ回るなら、私、あなたを許さないから」
ツーツーという無質な切断音が元で鳴り響いた。 画面を見ると、綾のアカウントのアイコンが消え、『このユーザーとはトークができません』というブロックの表示に切り替わっていた。
部のが、を打ったように静まり返った。 窓のでは、いつのにか細かいがり始めていた。のがく垂れ込め、庭の柿のを濡らしている。
スマートフォンのたい画面を見つめながら、私は確信していた。
広告
偶然の致などではなかった。 子どもの悪戯でも、集団ヒステリーでもなかった。 あの、組のは、確かに何かを『隠蔽』したのだ。 そしてその隠蔽は、が経過した今でも、エリートを歩む綾が取り乱して話で震えるほど、く、恐ろしい呪いとしてき続けている。
私はちがり、再びプラスチックのコンテナに向きった。 底の方から、卒業アルバムを引っ張りす。 表にはの箔押しで『緑ヶ丘学 平成度卒業記』と刻まれていた。
ページをめくり、の集写真を探す。 体育館のひな壇に並ぶ、の子どもたち。 列の央に、黒いスーツを着て、優しく微笑んでいる倉美奈子先が写っていた。当歳。学を卒業して数目の、で、徒ひとりの話を膝をついて聞いてくれる優しい先だった。
を残してしまうさな子がいれば、隣に座って励ましながら緒にべてくれた。 休みには庭にて、だらけになってドッジボールの審判をしてくれた。 「先はね、みんながになって、困ったことがあったに、いしてしだけを向けるような、そんな教を作りたいの」 放課の夕暮れの教で、黒板を拭きながらそう笑っていた先の横顔を、私は今でもはっきりと覚えている。
そんな先が、職務を投げして突然逃げすはずがない。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
「死産」と告げた院長と20年目の出生記録
20年前、出産した娘を「死産でした」と告げられた私・佐藤しず子。しかし私は、麻酔の中で確かに聞いた産声を一度も忘れられなかった。 真実を確かめるため、私は清英産婦人科医院の清掃員として20年間働き続け、誰にも気づかれず院内の秘密を探ってきた。そんなある夜、若い看護師から「まだ間に合います。あなたの娘さん生きています」と書かれた紙を渡される。 やがて地下の保管庫へ忍び込んだ私は、自分の出産記録の隣に「佐藤女児――転送」と記された手帳を発見する。 さらにそこには複数の新生児と金銭の記録まで残されていた。娘を奪ったのは誰なのか。そして病院は20年間、何を隠してきたのか。見下され続けた“掃除婦”は、集めた証拠を手に院長・安藤剛と対峙する――。真相|修羅場2.1万字5 422 -
完結第23話
奪われた手柄と残された受領印
「開発担当の名前、成瀬君に変えておいたから」三ヶ月不眠不休で作った新システムの企画書から、友春の名前は消されていた。机の下で手を重ねる後輩と、冷たく婚約破棄を告げる霞。すべてを奪われ雨の夜に倒れた友春は、なぜか「あの会議の前日」に目を覚ます。 二度と他人の踏み台にはならない――友春は綿密な引き継ぎと受領印だけを残し、即日退職を叩きつけて姿を消した。 迎えた本番発表会、後輩が「見栄え」のために独断で削除した安全装置が、大観衆の前で最悪の暴走を始める。「頼む、戻って直してくれ!」すがる元上司に、友春が突きつけた言葉とは――。職場逆転|真相3.4万字5 202 -
完結第11話
妊婦を狙う老人と十一月の凶刃
「妊婦は立て!奇形が産まれるぞ!」 早朝の電車内、妊婦を怒鳴りつける老人に激昂し、詰め寄ってホームへ追い払った会社員の成瀬涼。だが座席の下に落ちていた老人の定期券の裏には、戦慄のメモが挟まれていた。 『十一月十七日 東都産婦人科 産ませるな 絶対に殺す』 日付は明後日。七年前に母を自死で失った涼は、その朝、病院の物陰で張り込む。午前九時十五分、現れた老人のポケットから閃いた一本の果物ナイフ。 電柱へ組み伏せた涼の背後から、駆け寄った妊婦の悲鳴が響く。 「お義父さん……!?」 老人が隠し続けた、血塗られた過去とは。怒り|真相1.7万字5 1088 -
完結第11話
運転手は何歳?教室に響く告発
「お前の父さんはバス運転手なのに、自分の歳も教えないのか」 算数のテストで一人だけ理不尽な赤バツをつけられ、教室で嘲笑された小三の息子。 問題は『あなたはバスの運転手です。運転手は何歳ですか』。息子が記した答えは、震える文字の「わかりません」だった。 去年の11月20日夜8時45分、豪雨の中で少年の命を救いながら、有力者の妻に理不尽な土下座を強いられた父の姿を、息子はずっと心に刻んでいたのだ。 迎えた授業参観。正装の制服姿で現れた父が教室で再生した一本のドラレコ映像が、仕組まれた嘘を暴き出す。 その時、涙を拭った息子が黒板の前で下した「決断」とは――。真相1.6万字5 1774 -
完結第14話
式1時間前の略奪と百八十万円
「ごめん。結婚やめる。私この人と一緒になるから」 挙式まであと1時間。控室で純白のドレスを着た婚約者の隣に立っていたのは、家具職人の俺・蒼介の元上司だった。 新居のために手渡した180万円を持ち逃げされ、住まいも仕事も奪われ絶望の淵に立たされた俺。だがその時、息を切らして控室へ飛び込んできたのは、婚約者の妹・こよりだった。 大量の不在着信を残していた彼女の手には、姉が3週間前に交わしていた「別の賃貸契約書」が握られていた。 激昂する姉の前で、こよりは俺の冷え切った手を強く握り締め、真っ直ぐに言い放つ。 「じゃあ私が先輩を幸せにしても文句ないよね」夫婦|真相2.1万字5 361 -
完結第11話
遺体の上で眠り続けた十四年
「飲めよ、お前は永遠に俺のものだ」 毎年一月十七日の深夜二時、エリート弁護士の夫は一階の畳にウイスキーを注ぎ続けた。 再婚した由香里は、その和室の真上にある寝室で、得体の知れない悪夢に怯え十四年を過ごしてきた。 かつて震災の混乱の中、一カラットのダイヤの婚約指輪と共に忽然と消えた前婚約者。老朽化した別荘の床板が剥がされた瞬間、土中から十四年封じられていた「証拠」が姿を現す。 同時刻、ホスピスの老人が震える手で受話器を取り、警察へ告げた。 「お二人が店を出たのは、十七日の夜ではありません」 夫が十四年間、その真下へ注ぎ続けていた狂気の正体とは――。真実|行方不明1.6万字5 122 -
完結第41話
無一文の清掃員に届いた出前丼(
「出ていけとは言わないけど、月6万じゃ足りないのよ」 父が遺した家も土地も兄夫婦に奪われ、実家で「居候の厄介者」と罵られる清掃員のみさえ。9年間の壮絶なワンオペ介護も義姉に「全部私たちがやった」と親戚中に嘘を吹聴され、反論すら許されない。 だが、父の一周忌の座敷で義姉が得意げに嘘を重ねていたその時、玄関の戸が開き、この街の頂点に立つ巨大企業の社長が喪服姿で姿を現す。男の腕に抱かれていたのは、底に藍色の焼き印が刻まれた「12年前の古い出前丼」だった――。 息を呑む親戚一同の前で、男は畳の上に丼を置き、冷ややかに告げた。 「このご家族は、私と彼女に何一つ関係ありません」相続|真相6.2万字5 306 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 196 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3190 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 2103