"全員が揃えた同じ嘘" 第7話
を肩に止め、傘も差さずにりる。 湿った空気のに、焼き焦げたような械油とガソリンの刺激臭が混じりっていた。
作業の奥で、リフトに持ちげられたいバンのから、激しい属音が響いていた。 スパナをボルトに噛みわせ、力任せに回す音。 に敷かれた段ボールのに潜り込み、黒ずんだツナギを着て作業をしている柄な男のが見えた。
「輔」
私が声をかけると、属音がぴたりと止まった。 タイヤのから、油まみれの軍をしながら男がいてくる。 太い眉、焼けして引き締まった顎、そして昔と変わらない、し吊りがったきな目。 組の体育係で、ドッジボールではいつも誰よりも速い球を投げていた輔だった。
「……誰だ?」
輔は額の汗を腕の裾で乱暴に拭い、眩しそうに目を細めた。 だが、私の顔を正面から捉えた瞬、その瞳の奥にあるが凍りついた。
「律……? 佐久、律か?」
「久しぶりだな、輔」
「お……なんでここに」
輔の表から、仕事の気だるさが瞬で消えった。 警戒。いや、それ以のものだ。 のあの教にいた者だけが共している、底えのするような怯えが、屈なの男の顔にありありと浮かんでいた。
「ち話もなんだ。し、話せないか」
「悪いが、見ての通り仕事だ。急ぎの検が入っててな」
広告
輔は背を向け、落ちていたスパナを拾いげようとした。 その指先が、目に見えて微かに震えているのを私は見逃さなかった。
「用務員の田さんに話したよ」
私の放った言に、輔の背がびくりとねがった。 拾いげたばかりのスパナが、コンクリートのに乾いた音をてて落ちる。 カラン、コロンと、静かな作業に吉な反響が広がった。
「田さんが言ってた。あの、体育館のの鉄扉に、からチェーンロックをかけたのはおだって」
輔は振り返らなかった。 肩をさせ、荒い息を吐きしている。 背のツナギに染み込んだ黒いオイルの染みが、まるで古傷のように見えた。
「……あそこへ入れ」
輔は掠れた声でそう呟くと、作業の隅にあるプレハブの事務所を顎で指した。
事務所のは、煙の煙と古いの臭いが淀んでいた。 パイプ子が脚と、油で汚れた伝票が散乱するスチールデスク。 輔は油ストーブののやかんから湯気をちらせながら、無言でインスタントコーヒーのをマグカップに落とし、湯を注いだ。 スプーンがカップの内側に当たる属音だけが、障りなほどきく響く。
「めよ」
差しされたカップを受け取る。湯気越しに見える輔の顔は、気に変していた。 彼は自分の分のカップにはをつけず、作業机の縁を両で握りしめ、私を睨みつけるように見ろした。
広告
「から連絡があった」
輔がをいた。く、押し殺した声だった。
「律が嗅ぎ回ってるってな。当のことを蒸し返して、全員を巻き込む気かって、あいつ泣きそうな声で話してきたぞ。……お、何が目なんだよ。俺たち、もうだぞ。今更あんな昔のことほじくり返して、どうするつもりだ」
「どうするつもりかって……おは平気なのか?」
私は着の内ポケットから、ジッパー付きの透なビニール袋を取りした。 には、あのつ折りの藁半が入っている。 それを、机のに滑らせた。
「これは……」
「が、転するの朝に僕の机に残していっただ。見てみろよ」
輔は、まるで猛毒のサソリでも見るかのように、ビニール袋のの片を見つめた。 指本触れようとしない。だが、その瞳孔が激しく揺れているのが分かった。
「『先はのとき、まだにいました』」
私がその文面を読みげると、輔はを抱え、く刈り込んだ髪を両で掻きむしった。
「やめろ……頼むから、もう読まないでくれ……」
「輔。来週、あの旧舎は解体される。体育館も、あの暗いも、全部で壊されて更になるんだぞ。そうなったら、本当に全部消えてしまう。僕たちは、倉先が狂って逃げしたっていう学の嘘を、背負ったままきていくのか?」
「学の嘘じゃない!」
輔が机を拳で叩いた。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 0 -
完結第22話
側溝の底のGPS
六年前に娘を事故で亡くし、近所から「不注意な母親」と後ろ指を指されながら暮らしてきた私。ある朝、向かいの名士宅との境界にある側溝の泥から、泥まみれの「娘の見守りGPS」を掘り出した。壊れた端末のログを開くと、六年間、豪雨の深夜になるたび、向かいの家のWi-Fiと通信を繰り返していた。問い詰めた夫が無言で開けた物置には、壁一面に貼られた隣家の行動記録と、五年間密かに改造されていた配管図面があった。ミステリー|因果応報|裡切られた|真相3.3万字5 0 -
完結第13話
八百万円の泥棒とされた妹、九年目の審判
九年前に八百万円を持ち逃げして失踪したとされる妹。その金庫が、元婚約者の実家の庭、厚さ二十センチのコンクリート直下から未開封のまま掘り出された。 「腹いせに捨てたのよ」と喚く元義母だが、金庫の底にあった妹の携帯には、未送信の悲痛な下書きが残されていた。 泥棒の家族として親を失い、蔑まれて生きてきた姉・綾乃は、完璧に塗り固められた「被害者一家」の嘘と対峙することを決意する。真実|裡の顔|行方不明|金銭問題|修羅場2.0万字5 0 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 0 -
完結第12話
左足だけの靴箱
隣室の吉岡さんが部屋で亡くなった。付き合いのなかった老人の遺品整理に立ち会った彩香は、業者から「故人の遺言」として段ボール箱を手渡される。中に入っていたのは、彩香が過去5年間に自宅の玄関から消えたはずの「左足の靴」12足。そして、それと対になる新品の右足の靴。靴底をめくると、そこには夫が「深夜残業」と偽っていた日付のタクシー領収書が隠されていた。妻が知ることになる、5年前の事故と夫の病的な贖罪の真相とは。ミステリー|夫婦1.8万字5 0 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 0