みかん小説
本棚

"二十七年目の嘘" 第10話

真由はコートを脱ぎもせず、ソファの端に浅く腰掛けた。

美智子が温かいほうじ茶を淹れて運ぶと、真由は両で湯呑みを包み込んだ。

輔さんは?」

「……今は、来てない」

真由は線を湯呑みの面に落としたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。

「昨ね、輔さんのお母さんから話があったの」

美智子は黙ってを傾けた。

「結婚して名古ったら、まずは親戚への挨拶回りをしなさいって言われた。輔さんの実元で商売やってるから、いろいろ決まりごとがいんだって。『専業主婦になるならはたっぷりあるでしょ、男の嫁としてしっかり覚えてね』って、すごく優しい声で言われたの」

真由のが、かすかに震えていた。

「優しい声だったのに……すごく怖かった。私、仕事を辞めるって決めたときは、自分が自由になって、自分の志で輔さんを支えるんだってってた。でも、向こうの族にとっては、ただ『の都わせて仕事を捨ててくれる便利な』が入ってくるだけだったんだって気づいちゃった」

真由の目から、粒の涙がこぼれ落ちた。

「私、お母さんにひどいこと言ったよね。『自分の悔を押し付けるな』なんて……ごめんなさい。でも、私、怖かったの。お母さんの言う通りにしたら、輔さんとの関係まで壊れちゃうんじゃないかってって……」

広告

美智子は真由の隣に座った。

そして、娘の細い肩にそっとを置いた。

「謝らなくていいのよ」

「お母さん……」

「私もね、あなたに嘘をついていたの」

真由が涙で濡れた顔をげた。

美智子はくを見るように、静かに言葉を紡いだ。

京の内定をもらったとき。お父さんが勝に断ったことをって、私は確かにったわ。でもね、のどこかで、ほっとした自分もいたのよ」

真由は息を呑んだ。

京にくとなったら、歳のあなたをどうするか、活はどうなるのか、失敗したらどうしようって、本当はがすくんでいたの。だから、お父さんが勝話を切って、落ちたことにしてくれた……私はりながらも、その嘘に甘えたのよ。『お父さんが反対したから』『子供がさかったから』って、自分の覚悟のなさを、全部お父さんのせいにしていたの」

美智子は真由のを包み込んだ。

「だから真由、仕事を辞めることが悪いわけじゃないのよ。庭に入ることも、誰かを支えることも、決して恥ずかしいことじゃない。ただね、何かを諦めた理由を、誰かのせいにだけはしないでほしいの。『輔さんのために諦めた』っていながらきるのは、いつか必ず輔さんをむことになるから」

真由は母親の胸に顔を埋めて、声をげて泣いた。

美智子は、娘の背をゆっくりと撫で続けた。

広告

かつて子供だった真由をあやしていたときと同じつきだった。

母と娘ではなく、同じ社会ので、自分のき方に迷うの女性として、は初めて本当の言葉を交わしていた。

真由が通り泣き止み、顔を洗って居に戻ってきたとき、机のに置かれたレフカメラに気づいた。

「これ……お母さんのカメラ?」

「そう。ぶりにフィルムを入れて、散歩しながら撮ってみたのよ」

「見てもいい?」

美智子は現像したばかりのプリントの束を渡した。

真由は枚、丁寧にめくっていった。

夕暮れの

錆びた自転

そして、玄関先に並んだ族の靴。

「……すごく、いいね」

真由がぽつりと言った。

「何気ないのに、そこに誰かがちゃんときてるじがする。お父さんの会社のパンフレットより、ずっと々しくて、あたたかいよ」

「ありがとう」

「お母さん、写真、続けるの?」

「続けるわ。仕事にする気はないけれど、私はこの町で、私がきてきた証を撮っていきたいの」

真由はさく笑った。

その笑顔は、どこか吹っ切れたようにるかった。

「私ね、輔さんともう回話してみる。名古についていくにしても、向こうで仕事を探すを探したいって。それで関係がギクシャクするようなら、それまでの相だったってことだしね」

「そうね。それがいいわ」

が笑いったそのとき、美智子の携帯話が鳴った。

画面には、昼に訪れた夫の会社の番号が表示されていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: