"左足だけの靴箱" 第10話
渡辺は私を見つけると、鬼のような形相で睨みつけてきた。
「あの女……! よくもハメてくれたな! タダで済むとうなよ!」
「静かにしなさい!」
警察官に蹴され、渡辺は奥の取調へと消えていった。
その、渡辺の産事務所から押収された押収品のに、あの『施誌の原本』がすることが確認された。
施誌には、の、直の自でこう記されていた。
『本14:15、3階より吉岡転落。全ネット未設置。現指示の備。会社への報告に状況の修正をなう』
自分のでき残していた、完全な犯罪の記録。
直は取り調べに対し、ぐうの音もずにすべての罪を認めたという。
の事故の隠蔽、慰謝料百万円の流用、吉岡静への隠密な支払い、そして妻の靴を盗みしていたことのすべてを。
午。警察署の応接で、古賀弁護士のにより、あらかじめ作成されていた婚協議と財産分与が直のに差しされた。
パイプ子に腰掛けた直は、老も老け込んだような顔で、力の入らないにボールペンを握っていた。
「直さん」
古賀弁護士が静かに説する。
「奥様からの求は以の通りです。第に協議婚の成。第に、あなたが隠し座に保している正資産を含む全預貯の譲渡。
広告
これは過失致および横領に伴う損害賠償、ならびに奥様に対する精神慰謝料として充当されます。第に、現おまいのアパートの賃貸契約の解除と、宅ローン(実の名義分)の全額弁済の続き。これらに署名捺印していただければ、奥様は刑事公判においてあなたに対する処罰の軽減(状酌量)を求める申を提します」
「状……酌量……?」
直は掠れた声で呟き、私を見た。
「彩……お、俺を助けてくれるのか……?」
私はややかな差しで夫を見つめ返した。
「勘違いしないで。私が欲しいのは、あなたとの完璧な縁切りよ。あなたが実刑判決を受けようが執猶予になろうが、私にはどうでもいい。ただ、私のこれからのに、あなたというを微も残したくないだけ」
直の目に涙が溢れた。
「俺は……俺はただ、おと幸せに暮らしたかっただけなんだ……。事故を起こしたも、おに失望されたくなくて……捨てられたくなくて……」
「私を失望させたくなかった?」
私はわずで笑った。
「その結果が、私のお気に入りの靴を何も盗んで、隣の部のおばあさんに差しすことだったの? 自分の保のために、私を精神な質に差ししていたのよ、あなたは」
「それは……静さんが求したから……俺にはどうしようも……」
「言い訳は見苦しいわ」
私はテーブルのに、あのワインレッドのパンプスをポトンと置いた。
広告
「この靴ね、すごく履きが良かったの。あなたが私に『似ってるよ』って言って買ってくれた靴だった。でも、あなたは自分のでそれを盗み、私の元を奪った。……あなたが壊したのは、吉岡さんのだけじゃない。私とあなたのの活すべてよ」
直はそれ以、何も言えなくなった。
彼はボロボロと涙をこぼしながら、震えるで婚協議と財産分与にサインし、朱肉をつけて親指の印を押した。
カチリ、と音がして、私たちの代半から続いた婚姻関係が、ので完全に破綻した。
「続きは完しました」
古賀弁護士が類を収め、ちがった。
「……失礼、彩さん。きましょうか」
「はい」
私はちがり、度も振り返ることなく応接のドアをけた。背で、直が絞りすような声で「彩……彩……!」と私の名を呼び続けていたが, その声は廊の防音ドアによって遮られ、すぐに消えった。
アパートに戻った私は、すぐに引っ越しの準備に取りかかった。
役所の同僚や信頼できるに配してもらい、すでに隣町のさなマンションの賃貸契約を済ませていた。このカビ臭く、者のと夫の罪悪が渦巻くアパートに、刻もく留まるつもりはなかった。
居のフローリングには、依然として12の靴が然と並べられていた。
は、私のの形に馴染み、いとともに擦り減った旧品。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 0 -
完結第22話
側溝の底のGPS
六年前に娘を事故で亡くし、近所から「不注意な母親」と後ろ指を指されながら暮らしてきた私。ある朝、向かいの名士宅との境界にある側溝の泥から、泥まみれの「娘の見守りGPS」を掘り出した。壊れた端末のログを開くと、六年間、豪雨の深夜になるたび、向かいの家のWi-Fiと通信を繰り返していた。問い詰めた夫が無言で開けた物置には、壁一面に貼られた隣家の行動記録と、五年間密かに改造されていた配管図面があった。ミステリー|因果応報|裡切られた|真相3.3万字5 0 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 0 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 0 -
完結第22話
母は死んだと書いた娘
夫の連れ子だった八歳の娘を引き取り、七年間毎朝弁当を作り、熱を出せば夜通し看病を続けてきた。ぎこちなくとも穏やかに暮らしてきたはずの中学三年の秋、担任に呼び出された私は、娘が提出した調査票を見て言葉を失った。家族欄には「実母は七年前に他界、父と二人のみで生活」と書かれ、私の名前は存在すら消されていた。裡切られた|夫婦|孤獨|修羅場3.3万字5 0 -
完結第13話
二十七年目の嘘
58歳で急死した夫の遺品を整理していた美智子は、引き出しの奥から27年前の「採用内定通知書」を見つける。当時不合格だと思い込んでいた東京の出版社からのものだった。封筒の裏には夫の筆跡で「辞退連絡済」。夫はなぜ私の人生を勝手に奪ったのか。さらに、夫の出世作となった伝説の住宅企画が、かつて自分が書いた企画ノートそのものだったことを知る。奪われた名前と人生を取り戻すため、妻が下した決断とは。人生逆転|夫婦|真実|第二の人生|親子関係2.0万字5 0 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 0 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 0