"左足だけの靴箱" 第11話
は、吉岡静が注文させ、箱のでひっそりと番を待っていた完璧な品。
私はそのをにとり、じっくりと観察した。
吉岡静は、毎この靴を受け取るたび、どんな顔をしていたのだろう。
孫を奪った男の妻の靴。それを眺めながら、男が庭で浮かべているであろう辺だけの笑顔を像し、嘲笑っていたのだろうか。あるいは、自分だけが幸のどん底に突き落とされた条理に耐えかね、の平穏な常をしずつ蝕んでいくことに、唯のの実を得ていたのだろうか。
『おの妻の靴を、私が握っている』
その狂気は、確かに直を恐怖のどん底に陥れた。
だが、静がに、箱がかれた、その靴たちは夫の罪を暴く最の凶器へと姿を変えたのだ。静はしてなお、自らの遺言によって直を完璧に社会に抹殺してみせたのだった。
「吉岡さん……あなたの復讐は、完璧に達成されたわよ」
誰もいない部で、私は呟いた。
「でもね、私もあなたのシナリオの具のまま終わるつもりはないわ」
私はきなゴミ袋を取りすと、12の靴のうち、11の「の旧品」と「の品」を次々とに放り込んでいった。
だが、番最に残った。
あのワインレッドのパンプスだけは、ゴミ袋に入れずに元に残した。
この靴は、私が自分の働いたおで選び、自分ので歩いてきた証だ。
広告
夫に盗まれ、老女に囚われ、狂気のシンボルにされていたとしても、この革に刻まれた傷や歩みは、紛れもなく私の歴史なのだ。
私はワインレッドの靴の(品)をに取り、そっと自分のにはめてみた。
カチリ、とよいフィットが裏に伝わる。
そして、には、かつて履き古したあののパンプスを履いた。
サイズは完璧だった。で革の質やのみがわずかに異なるが、面を踏みしめる覚は、驚くほどしっかりとしていた。
「……歩けるわ」
私は誰もいない居で、歩、踏みしてみた。
フローリングを叩くヒールの音が、静かな部にカツンとく響き渡った。
その、スマートフォンの画面がり、弁護士からの通が届いた。
『直氏の隠し座の差押え完。および、務側からの示談の提示がありました。これより最終な資産清算に入ります』
私は画面を閉じ、く息を吸い込んだ。
過の歪んだ活、偽りの平穏、そして私を縛り付けていたすべてのな鎖が、今この瞬、完全に解き放たれたのだ。
玄関のチャイムが鳴った。引っ越し業者のトラックが到着した音だった。
「さあ……しい所へこう」
私は元に残した11の靴の入ったゴミ袋を持ちげ、ワインレッドのパンプスを鳴らしながら、力い取りで玄関へと向かった。
広告
引っ越し業者のいトラックが、夕暮れの並みに向かってりっていくのを見送った。
積み込まれたのは、私の最限の類と具、そして過の歪んだ活の断片だ。の靴を詰め込んだ黒いゴミ袋は、集積所の「燃やせないゴミ」の枠内に然と置かれ、の朝の収集を待っている。
最に残った〇号――吉岡静が暮らし、そして倒れていたあの部のドアには、警察の黄い規制テープが痛々しく斜めに貼られていた。
産の渡辺が逮捕され、管理会社はに混乱に陥っていたが、私はしかるべき法続きを踏み、がの賃貸契約を完全に解除した。鍵を管理会社の代理に返却した瞬、私の体からキログラムほどのがにれたような、議な軽さを覚えた。
隣町の、当たりの良い階建てのマンション。それが私のしいだった。
駅から徒歩分、くにはさな公園と24営業のスーパーがある。役所の税務課での仕事はそのまま続けさせてもらうことになった。同僚や司には「庭の事による婚と転居」とだけ伝えたが、真面目に勤めげてきた実績のおかげで、温かく迎え入れてもらえた。
しい部の玄関は、以のアパートよりもし広く、るい目調のフローリングが敷かれていた。
そこに、私はの靴だけを置いた。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 0 -
完結第22話
側溝の底のGPS
六年前に娘を事故で亡くし、近所から「不注意な母親」と後ろ指を指されながら暮らしてきた私。ある朝、向かいの名士宅との境界にある側溝の泥から、泥まみれの「娘の見守りGPS」を掘り出した。壊れた端末のログを開くと、六年間、豪雨の深夜になるたび、向かいの家のWi-Fiと通信を繰り返していた。問い詰めた夫が無言で開けた物置には、壁一面に貼られた隣家の行動記録と、五年間密かに改造されていた配管図面があった。ミステリー|因果応報|裡切られた|真相3.3万字5 0 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 0 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 0 -
完結第22話
母は死んだと書いた娘
夫の連れ子だった八歳の娘を引き取り、七年間毎朝弁当を作り、熱を出せば夜通し看病を続けてきた。ぎこちなくとも穏やかに暮らしてきたはずの中学三年の秋、担任に呼び出された私は、娘が提出した調査票を見て言葉を失った。家族欄には「実母は七年前に他界、父と二人のみで生活」と書かれ、私の名前は存在すら消されていた。裡切られた|夫婦|孤獨|修羅場3.3万字5 0 -
完結第13話
二十七年目の嘘
58歳で急死した夫の遺品を整理していた美智子は、引き出しの奥から27年前の「採用内定通知書」を見つける。当時不合格だと思い込んでいた東京の出版社からのものだった。封筒の裏には夫の筆跡で「辞退連絡済」。夫はなぜ私の人生を勝手に奪ったのか。さらに、夫の出世作となった伝説の住宅企画が、かつて自分が書いた企画ノートそのものだったことを知る。奪われた名前と人生を取り戻すため、妻が下した決断とは。人生逆転|夫婦|真実|第二の人生|親子関係2.0万字5 0 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 0 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 0