"午前五時の朝餉" 第4話
腕に傷。正座で、自分がどれほど育ちの悪い恥さらしであるかを聞かされる。健さんは自でテレビを見ていた。蓮が帰ってくるに袖に着替えること。絶対に顔にさないこと。笑うこと』
文字は、ところどころ涙で滲んで波打っていた。
蓮の指先がたく凍りついていく。
ページをさらにめくった。
。
蓮の歳の誕。
【】
【献:お赤飯、鯛の塩焼き、なます】
今朝の、赤飯。
横のメモを読んだ瞬、蓮の界が歪んだ。
『蓮の誕。健さんに学の入学準備の話をしたところ、いきなり頬を平打ちされた。「誰ので飯をわせてもらってるとってるんだ」「おのような役たずの分際で、偉そうにの無をすんな」と鳴られる。倒れた拍子に部を器棚の角にぶつけた。血がたが、蓮に見られないようタオルで押さえた。健さんはそのまま友達とみにかけた。蓮のために赤飯だけは炊かなければいけない』
蓮の目から、粒の涙がぼたぼたとノートのに落ちた。
母が毎朝作っていた料理。
蓮が「美しい」と言ってべていた飯。
それは庭の温もりなどではなかった。
母がこので、志保と健から受け続けた侮蔑と暴力の、血で塗られた記録だったのだ。
母は料理の名を見るだけで、そのに自分がどんな暴力を受けたかをいせるようにしていた。
広告
そして今、消えたはずの母は、その獄の献を、毎朝このに送り届けている。
復讐だった。
目に見えない刃を、父と祖母の喉元に突きつけるための。
蓮は憑かれたように最のページへと指を滑らせた。
ノートの記述は、母が失踪するで途切れていた。
だが、その空の次の。
の付——の欄にだけ、太い赤のボールペンで、震えるような文字が力く刻み込まれていた。
それは、ののような丁寧な献名ではなかった。
【】
【おじいちゃんがたくなった朝。いお粥】
その文字を囲むように、赤インクでの丸が描かれていた。
そして、そのには、たった言だけ、母の跡とはえないほど鋭利な文字がき殴られていた。
『あの薬を捨てたを、私はっている』
の朝、台所に漂っていたのは、欲をそそる汁のりではなかった。
の奥をつく、微かに焦げた米と、どこか臭い蒸気の匂い。
健はもできないまま、充血した目で階段をりてきた。
昨夜、蓮が階へ持ちった祖父のネクタイピンのたさが、今も自分ののひらにこびりついているようだった。
台所のドアをける。
カウンターの奥で、やはりあのさな琥珀のランプが、を穿つように灯っていた。
【保温:42分】
健は構え、に握りしめた槌に力を込めた。
広告
昨夜、勝のノブに巻きつけた針も、窓のサッシに噛ませた防犯ロックも、すべてされた形跡はなかった。
それでも、炊飯器はいている。
健は音を忍ばせ、調理台へと歩み寄った。
蓋をける。
濛々とした湯気のから現れたのは、付けのされていない、真っな粥だった。
具は何つ入っていない。
ただ、米粒が形を失うまで煮崩れ、糊のようにく濁った湯が、内釜の縁でさく泡をてている。
病にわせるような、者の枕元に供えるような、徹な。
だが、健の線を釘付けにしたのは、粥ではなかった。
ダイニングテーブルの真ん。
普段は何も置かれていない目のに、ぽつんとさな直方体が鎮座していた。
青のプラスチック製ピルケース。
のひらに収まるほどの、どこにでもある薬入れだった。
健のが止まった。
ケースの蓋はけ放たれ、は空だった。
ただ、半透の底板のに、赤黒い油性マジックで、さな数字がき殴られていた。
【02:15】
「ひっ……!」
背でい息の音がした。
いつのにか階段をりてきていた志保が、ダイニングの入りで両でを押さえていた。
その目は見かれ、球の毛細血管が赤く浮きがっている。
「母さん、見るな」
健が遮ろうとしたが、志保は狂ったような取りでテーブルへ突した。
「ああああっ!」
志保は叫び声をげながら、ピルケースを薙ぎ払った。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 0 -
完結第18話
退職金と三百万円の借金
三十二年間勤めた会社を定年退職する日、人事に呼び止められた私は、一枚の紙を突き出された。それは私の名義と私印で作成された、三百万円の福祉貸付金の借用証書だった。返済が済むまで退職金は支払えないと告げられるが、私に借金の覚えなど一切ない。震える手で書類の日付を確認すると、そこには十一年前、夫が急逝して告別式を行っていた日の数字が並んでいた。私は退職の合意書へのサインを拒み、人事の机に手をついた。怒り|退職金|金銭問題|修羅場2.6万字5 0 -
完結第19話
席次表から消された姉
披露宴の席次表を確認していた時、婚約者は親族席にある私の姉の名前を赤ペンで乱暴に塗りつぶした。介護士の姉を親戚に見せるのは家の格に関わると吐き捨てる彼に、私は必死で抗議した。だが、両親のいない私を育ててくれた姉は、侮辱されても取り乱すことすらしなかった。ただ、赤線の引かれた名前を静かに見つめ、「彼のお父さんが去年入院した時、毎晩誰が付き添っていたか聞いてごらん」と私に告げた。裡切られた|兄弟姉妹|親不孝|介護|修羅場2.9万字5 0 -
完結第22話
恩人弁護士の不可解な書類
満員電車の切り取り動画で炎上し、派遣先を不当解雇された私を、着手金ゼロで救ってくれたのは小さな事務所の弁護士だった。彼の尽力で示談を勝ち取り日常を取り戻した二ヶ月後、私は元上司のパワハラを訴えた見知らぬ後輩の裁判資料を目にする。そこには、私が弁護士の相談室で泣きながら話したはずの告白が、そのまま証拠として並んでいた。震える手で開いたその裁判記録の送達先には、私を救った恩人弁護士の事務所名が記されていた。職場逆転|因果応報|裡切られた|怒り3.4万字5 0 -
完結第19話
レジ打ちの妻は恥ずかしい
結婚式まであと一か月。婚約者から突然、私の名前が印刷された『退職届』を差し出された。「うちの嫁がスーパーでレジ打ちなんて困る」と義母と決めたという。冗談だと笑おうとした私に、彼は真顔で「取引先に見られたら恥ずかしい」と言い放った。この三年間、一生懸命働く私の姿が好きだと言ってくれたのは嘘だったのかと問うと、彼は静かに言った。「恋愛と結婚は、違うんだよ」。私は差し出されたペンを机に押し返した。裡切られた|怒り|金銭問題|修羅場2.9万字5 0 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 0 -
完結第23話
父の逝った夜の車
父が亡くなって十八年、独身の伯父は私達三兄妹を支え続け、兄の就職も姉の結婚資金も工面してくれた。家族全員が恩人と慕う中、末っ子の私だけが幼い頃から伯父と二人きりを拒み、性格のせいだと呆れられていた。二十八歳のある日、会食の席で伯父が私の椅子を引いてくれた瞬間、鍵のかかっていた記憶が甦る。十八年前の嵐の深夜、泥まみれの母が一度だけ家に戻った時、街灯もない門前の暗闇で消灯したまま待っていたのは、伯父の車だった。兄弟姉妹|真実|親子関係|修羅場3.4万字5 0 -
完結第22話
母は死んだと書いた娘
夫の連れ子だった八歳の娘を引き取り、七年間毎朝弁当を作り、熱を出せば夜通し看病を続けてきた。ぎこちなくとも穏やかに暮らしてきたはずの中学三年の秋、担任に呼び出された私は、娘が提出した調査票を見て言葉を失った。家族欄には「実母は七年前に他界、父と二人のみで生活」と書かれ、私の名前は存在すら消されていた。裡切られた|夫婦|孤獨|修羅場3.3万字5 0