"午前五時の朝餉" 第7話
「今、僕、ってきたんだ。おじいちゃんが入院してた病院と、命保険の代理」
健の顔から、瞬で血の気が引いた。
「母さんのノートに、保険の証番号と担当者の名がいてあった。代理の、教えてくれたよ。おじいちゃんがぬヶ、父さんが契約者を自分に変更して、保険を千万円に増額してたって」
「それは……会社の保証のために、親父が自分で納得して……」
「納得してたら、なんで発作が起きたに薬を取りげたの?」
蓮が机ののネクタイピンを指差した。
「これ、お母さんが棺から抜き取ったんじゃない。あの、おじいちゃんが倒れた、苦しくて父さんの胸ぐらを掴んで、引きちぎれたやつだ。お母さんが物置からされた、に転がってたのを拾って隠してたんだ」
「黙れ……」
「父さんは言ったよね。『母さんはおを捨てて逃げた役たずだ』って。物ついたから、僕にそう吹き込み続けた」
蓮の瞳の奥で、静かな憎悪のが揺らめいた。
「お母さんは逃げたんじゃない。父さんとおばあちゃんに、殺されそうになってたんだ」
「黙れと言ってるだろうが!」
健の理性が完全に弾けんだ。
恐怖と羞耻、追い詰められた怪物の凶暴性がに宿る。
健はテーブルのの包丁ではなく、剥きしの拳を振りげ、息子の顔面目掛けて踏みした。
広告
、加奈子を黙らせてきたのと同じ暴力。
自分の支配を脅かす者を排除するための、絶対な撃。
その瞬だった。
ピロリロリロリ、とけたたましい子アラートが鳴り響いた。
健のズボンのポケットので、スマートフォンが激しく振した。
着信音ではない。
震速報のような、鼓膜を劈く緊急警報音。
健は振りげたを止め、反射に端末を引っ張りした。
画面には、見たこともない黒背景のダイアログボックスが表示されていた。
【リモート管理プログラムにより、全ストレージの初期化が始されました】
【会社共サーバー:切断完】
【バックアップファイル:消完】
「な……んだ、これ……?」
健が指で画面を連打するが、タッチパネルは切反応しない。
会社の顧客データ、請けへの発注履歴、裏帳簿のデータ。
すべてが、みるみるうちにパーセンテージのバーと共に消滅していく。
画面の央に、最にいテキストがポップアップした。
『証拠はすべて、別の所へ移しました』
健のからスマートフォンが滑り落ち、絨毯のに転がった。
広を、苦しい静寂が支配した。
蓮も、健も、言葉を失ってち尽くしていた。
その静寂を切り裂いたのは、慣れない械音だった。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
キッチンの壁に取り付けられた、黒い固定話の親。
広告
ネット回線が普及して以来、誰も使わず、埃をかぶっていた古い固定回線が、狂ったようにベルを鳴らし始めた。
健の臓が鐘を打つ。
話に駆け寄ったのは、階からりてきていた志保だった。
青ざめたで受話器を取ろうとして、ふと、液晶ディスプレイに目を落とした。
志保のから、ヒッとい鳴が漏れた。
健も、蓮も、その画面を覗き込んだ。
緑のバックライトに浮かびがっていたのは、登録された発信元の名だった。
文字のカタカナが、点滅している。
【ジタク・ダイドコロ】
自分たちが今っている、このの台所からの着信だった。
受話器から鳴り響くベルの音は、を塞ぎたくなるほど甲かった。
液晶画面に点滅する【ジタク・ダイドコロ】の文字。
志保は壁に背を押し当て、腰を抜かしたようにそのにへたり込んでいた。
「ろよ!」
健が鳴ったが、志保は首を激しく横に振るばかりで、を伸ばそうともしない。
健は舌打ちし、震えるを伸ばしてプラスチックの黒い受話器をもぎ取るように持ちげた。
に当てた瞬、微かな呼吸音と、換気扇の回るい切り音が聞こえた。
「……誰だ」
健の掠れた声が、狭い廊に落ちた。
沈黙があった。
数秒の、受話器の奥から聞こえてきたのは、を浴びせられたかとうほど静かな、女の声だった。
「健さん」
加奈子だった。
取り乱した様子も、りに声を震わせる気配もない。
広告
おすすめ作品
-
完結第28話
父の治療費70万円を拒んだ夫と、葬儀で開いた黒い封筒
父の治療費70万円を「俺には関係ない」と拒んだ夫・浩一。しかもその裏で愛人との旅行を予約していた彼は、美咲に離婚を突きつけながら、「離婚後も母さんの介護は続けろ」と要求する。5年間、美咲が義母のために支払った金額は2280万円を超えていた。 だが浩一たちは知らなかった。地方の医師だと思っていた美咲の父が、全国に介護・医療事業を展開する巨大企業の創業者で、株式63%を管理する信託の受益者が美咲だったことを。 さらに義弟・修二が美咲名義の委任状を偽造し、密かに口座を調べていた事実まで発覚。 そして1ヶ月後、父の葬儀に現れた浩一は、なおも「母さんの介護に戻れ」と命じる。美咲は親族全員の前で、父が遺した黒い封筒を静かに開いた――。夫婦|親不孝|修羅場4.2万字5 3 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 289 -
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 6813 -
完結第24話
銀2両で売られた盲目の花嫁
不作の年、盲目の竜児は、弟の嫁取り資金を欲しがる継母によって、恐ろしいと噂される山の猟師・陸炎山へ半ば売られるように嫁がされる。 ところが待っていたのは暴力ではなく、彼女を娘のように迎える姑と、「安心して暮らせるまで絶対に触れない」と約束する不器用で優しい夫だった。 薬屋で働いた経験を持つ竜児は、失明していても薬草を見分ける知識を生かし、炎山の狩りと力を合わせて貧しい一家の暮らしを立て直していく。 やがて名医から「治療できる可能性がある」と告げられ、失っていた視力にも希望が差し始める。 しかし陸家が豊かになるほど、金を狙う継母や炎山の過去に関わる女まで現れ、竜児の新しい家族と幸せを脅かし始める――。嫁姑|親子関係3.5万字5 363 -
完結第11話
出世ゴルフの朝、沈黙した妻
「一生話しかけるな。口を開いたら即離婚だ」 そう怒鳴り散らし寝室に鍵をかけた夫。翌朝、出世が懸かった役員ゴルフの起床予定から2時間半が過ぎていた。真琴は夫の言いつけを忠実に守り、一切声を出さず「起きる時間だよー」とLINEを1通だけ送信する。 午前7時15分、泡を吹いてパニックで飛び出していく夫。だが、彼が置き忘れた鍵で書斎を開けた真琴は息を呑む。そこにあったのは、3400万円に及ぶ不正なリベート記録と、真琴の実印を悪用して設立されたペーパーカンパニーの書類だった。 夫の恐るべき企みを知った真琴は、冷たく微笑み受話器を取る。「もしもし、弁護士先生――」夫婦|真実1.7万字5 753 -
完結第27話
月5000円を貯めて泊まった旅館で、妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り23万円の配送ドライバー・かずやは、毎月5000円を5年間貯め、妻・彩佳と10歳の娘・ゆいを初めての家族旅行へ連れていく。ところが山奥の旅館へ着いた瞬間、出迎えた老紳士は彩佳に深々と頭を下げ、「お嬢様、お帰りなさいませ」と告げた。 実は彩佳は、創業150年を超える老舗旅館の一人娘だった。 かつて父の勧めで結婚した夫は旅館の信用と財産を利用しようとし、離婚して幼いゆいを連れ戻った彩佳に対しても、父は娘の苦しみより「旅館の評判」を優先した。 それ以来、実家を離れ質素に生きてきた彼女は、5年越しの旅行を機にようやく過去と向き合う決意をする。突然明かされた妻の素性に戸惑うかずやだったが、「俺が家族になりたかったのは彩佳とゆいだ」と伝える。 そしてこの旅は、長く閉ざされていた親子3代の関係を大きく動かしていく――。夫婦|第二の人生|修羅場4.1万字5 1210 -
完結第19話
10年間外に出ていない妹が妊娠、母は病院を拒んだ
10年間も寝たきりの妹・知恵の腹部が、ある日わずかに膨らんでいることに気づいた和美。妊娠検査薬はすべて陽性だったが、父親を尋ねても知恵は「彼が誰か知ったら家族が壊れる」と口を閉ざす。 妹の命を守ろうと中絶を決意した和美は、やがて自分自身の記憶にも不自然な空白があることに気づく。そして母を問い詰めた末、2年前、和美が権力者から襲われかけて抵抗し、刑務所へ追い込まれていた過去が判明。さらに、知恵は姉を救うため、自らその一族との取引を受け入れていたのだった。 和美が「自分が妹を守ってきた」と信じていた10年間。しかし本当に人生を犠牲にして姉を守り続けていたのは知恵の方だった。そして今、彼女のお腹に宿った子の父親こそ、封印されていた過去へ繋がる人物だった――。親子関係|修羅場|不倫2.9万字5 859 -
完結第11話
遺体の上で眠り続けた十四年
「飲めよ、お前は永遠に俺のものだ」 毎年一月十七日の深夜二時、エリート弁護士の夫は一階の畳にウイスキーを注ぎ続けた。 再婚した由香里は、その和室の真上にある寝室で、得体の知れない悪夢に怯え十四年を過ごしてきた。 かつて震災の混乱の中、一カラットのダイヤの婚約指輪と共に忽然と消えた前婚約者。老朽化した別荘の床板が剥がされた瞬間、土中から十四年封じられていた「証拠」が姿を現す。 同時刻、ホスピスの老人が震える手で受話器を取り、警察へ告げた。 「お二人が店を出たのは、十七日の夜ではありません」 夫が十四年間、その真下へ注ぎ続けていた狂気の正体とは――。真実|行方不明1.6万字5 122 -
完結第14話
40度の熱で倒れた娘と、校門前の黒い高級車
40度を超える高熱で倒れた20歳の女子大生・桜。大学病院へ運ばれた彼女の身体から、医師は腰に広がる不自然なあざと、暴行を疑わせる損傷を発見する。 やがて桜は「脅迫されました」と涙ながらに告白。前夜、彼女を高級車に乗せた男は、金と人脈を持つ有名実業家・佐々木だった。 佐々木は奨学金や仕事の援助を装って近づき、拒絶すれば学生生活を壊すと脅していた。 さらに病院へ口封じの男たちまで送り込まれ、桜の携帯には脅迫メールや写真が残されていることが判明する。 そして捜査の最中、佐々木の車と関係する別の女子学生が失踪。自分だけの事件ではないと知った桜は、恐怖に震えながらも「もう沈黙しません」と証言を決意する――。真実|修羅場2.1万字5 1954