"母は死んだと書いた娘" 第19話
「おが母親を恋しがる気持ちは、百歩譲って理解してやろう。だがな、現実はそう甘くないんだ。んだにすがりついて、きているの活を壊して何になる? 朋代が、おに注いできたとを無駄にする気か? 今、この類にサインしろ。そうすれば、模試のすっぽかしも、推薦の件も、俺が学にって『庭の突発な事だった』とく話を揉み消してやる」
康平はテーブルのの類を、トントンと指先で叩いた。
「これが最のチャンスだ。朋代を法な母親として認め、普通の、まともな庭に戻るんだ。それが、へくための唯の条件だ」
その傲な物言いに、私の腹の底でたい炎が音をてて燃えがった。 どこまでも、この男は変わらない。 娘の未来を質に取り、妻の献をダシにして、自分の「完璧な庭」という額縁を守るためだけに言葉を吐いている。
私がをこうとした、そのだった。
「お父さん」
凛とした、澄んだ声がリビングに響いた。
葵だった。 彼女は私の背から歩にみた。 震えてなどいなかった。制のブレザーの裾を正し、父親の目をまっすぐに見据えてっていた。
「私、そのにはサインしない」
康平の眉がねがった。 「何だと……? お、まだそんな寝言を――」
「寝言じゃない」 葵は抱えていた袋から、くしゃくしゃになった屑の束を取りし、テーブルの央へと静かにぶちまけた。
広告
バサリ、と音をてて散らばったのは、私が静岡で引き裂いた、もう枚の養子縁組届の残骸だった。
康平の顔が歪む。 「な……何だ、これは」
「朋代さんが、引き裂いてくれたの」 葵の声には、片の揺らぎもなかった。 「私が苦しんでたから。お父さんが私とお母さんを踏みにじるために作ったこのを、朋代さんが目ので破ってくれたのよ」
「朋代……!」 康平が弾かれたようにちがり、私を指差した。 「お、何を血迷った真似をしてるんだ!? 俺はおのために、おの母親としてのを作ってやろうと――」
「いい加減にして、康平さん」
私の鋭くい声が、康平の言葉を断ち切った。 私はテーブルに歩み寄り、散らばった屑のから、康平の目を射抜くように見つめた。
「『私のために』って、度と言わないで。虫唾がるわ」
「何だと……!?」
「あなたは度だって、私のことなんて考えていなかった」 私は歩、康平へと詰め寄った。 「あなたが欲しかったのは、私のじゃない。『き妻の連れ子を文句つ言わずに育てる、都のいい従順な妻』というアクセサリーよ。世に向かって『俺は再婚して、こんなに派で温かい庭を築き直しました』と見せびらかすための、体裁という名の板が欲しかっただけでしょ!」
「お……を慎め! 誰の稼ぎでこのにめてるとってるんだ!」
「その台も聞き飽きたわ」
広告
私はややかにを鳴らした。 「私は、朝に起きてお弁当を作り、葵の健康を管理し、事のすべてを引き受けてきた。あなたがで『良き庭』の顔をして仕事に専できたのは、誰がこのの台を支えていたから? それを『養ってやっている』の言で片付けるなら、あなたこそ、族を何だとっているの?」
康平の顔が、りと屈辱で真っ赤に染まっていく。 「俺は……父親として、葵の将来を現実に考えて言ってるんだ! 法な母親がいなければ、の保証や学の続き、世の目……何もかもが便になるだろうが! 実の母親気取りで尽くしておきながら、籍も入れないなんて、それこそ無責任な偽善じゃないか!」
「偽善?」 私はさく息を吐きし、静かに首を振った。 「私はね、実の母親気取りなんて、度もしたことはないわ」
リビングの空気が、ピシリと張り詰めた。 葵が息を呑んで私を見つめている気配が伝わってくる。
「私は、葵の実のお母さんにはなれない。そんな席は、最初から空いていないのよ。葵の母親は、この世界でただ、志保さんだけよ」
「志保はんだんだ!」 康平が苛たしげに鳴った。 「んだにいつまでも執着して、何が残る! 戸籍を綺麗にして、を向くのがきているの務めだろうが!」
「を向くんじゃない。あなたがやってるのは、ただの『隠蔽』よ」
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 73 -
完結第18話
退職金と三百万円の借金
三十二年間勤めた会社を定年退職する日、人事に呼び止められた私は、一枚の紙を突き出された。それは私の名義と私印で作成された、三百万円の福祉貸付金の借用証書だった。返済が済むまで退職金は支払えないと告げられるが、私に借金の覚えなど一切ない。震える手で書類の日付を確認すると、そこには十一年前、夫が急逝して告別式を行っていた日の数字が並んでいた。私は退職の合意書へのサインを拒み、人事の机に手をついた。怒り|退職金|金銭問題|修羅場2.6万字5 0 -
完結第19話
席次表から消された姉
披露宴の席次表を確認していた時、婚約者は親族席にある私の姉の名前を赤ペンで乱暴に塗りつぶした。介護士の姉を親戚に見せるのは家の格に関わると吐き捨てる彼に、私は必死で抗議した。だが、両親のいない私を育ててくれた姉は、侮辱されても取り乱すことすらしなかった。ただ、赤線の引かれた名前を静かに見つめ、「彼のお父さんが去年入院した時、毎晩誰が付き添っていたか聞いてごらん」と私に告げた。裡切られた|兄弟姉妹|親不孝|介護|修羅場2.9万字5 2 -
完結第22話
恩人弁護士の不可解な書類
満員電車の切り取り動画で炎上し、派遣先を不当解雇された私を、着手金ゼロで救ってくれたのは小さな事務所の弁護士だった。彼の尽力で示談を勝ち取り日常を取り戻した二ヶ月後、私は元上司のパワハラを訴えた見知らぬ後輩の裁判資料を目にする。そこには、私が弁護士の相談室で泣きながら話したはずの告白が、そのまま証拠として並んでいた。震える手で開いたその裁判記録の送達先には、私を救った恩人弁護士の事務所名が記されていた。職場逆転|因果応報|裡切られた|怒り3.4万字5 0 -
完結第19話
レジ打ちの妻は恥ずかしい
結婚式まであと一か月。婚約者から突然、私の名前が印刷された『退職届』を差し出された。「うちの嫁がスーパーでレジ打ちなんて困る」と義母と決めたという。冗談だと笑おうとした私に、彼は真顔で「取引先に見られたら恥ずかしい」と言い放った。この三年間、一生懸命働く私の姿が好きだと言ってくれたのは嘘だったのかと問うと、彼は静かに言った。「恋愛と結婚は、違うんだよ」。私は差し出されたペンを机に押し返した。裡切られた|怒り|金銭問題|修羅場2.9万字5 0 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 0