"父の逝った夜の車" 第13話
伯父は震えるでポケットからタバコを取りし、をつけようとして、ライターのホイールを何度も空振りさせた。 ようやく点いた煙をく吸い込み、吐きす。
「俺は、晩ほとんど寝ずに械を回して、部品を仕げた。でも、最の最で限界が来た。が割れるように痛くて、が震えて、っていることすらできなくなった。怖くて、けなくて……駅の赤提灯にび込んで、酒をあおった。酒の力を借りなきゃ、恐怖で発狂しそうだったんだ。酔して、カウンターに突っ伏して泣いてた。そんな俺を、正彦兄さんが見つけに来てくれたんだ」
「父が……?」
「節子義姉さんから話があったらしい。『孝司の様子がおかしい、をけたまま戻らない』って。正彦兄さんは俺を見つけるなり、胸ぐらを掴んで鳴ったよ。『けないツラすんな! おが倒れたら従業員はどうなるんだ!』ってな。俺は泣きながらすがりついた。『兄さん、の朝までに部品を届けなきゃ、うちは破産だ。でも俺はもう、目がかすんでが見えない。を運転できない』って……」
煙のが、伯父の作業着の膝のに落ちた。伯父はそれを払おうともしなかった。
「正彦兄さんは……しばらく黙って、俺の顔を見ていた。それから、俺のポケットから軽トラの鍵をひったくったんだ。『俺がってやる。
広告
俺は型トラックのプロだ。台の峠くらい、どうってことねえ』って」
私の臓が、たくねた。
「おじさん、その……ブレーキのことは?」
伯父の顔が、苦痛に歪んだ。
「……酒が回ってて、が真っで……最初は忘れてたんだ。正彦兄さんがに乗り込んで、エンジンをかけた瞬、松田の言葉がをよぎった。『り坂でベーパーロックを起こしたら発だぞ』って。俺は慌ててのにびして、止めようとした。『兄さん、待ってくれ! あのはダメだ、ブレーキが壊れてるんだ!』って叫んだ」
「父は……何て言ったの」
「笑ったんだよ」
伯父の声が震えた。
「『馬鹿野郎、プロを舐めるな。エンジンブレーキを効かせてゆっくりりれば丈夫だ。おは帰って寝てろ。義姉さんをさせてやれ』って……それだけ言って、アクセルを踏んで、っちまった。俺は……追いかけられなかった。へたり込んだまま、のに消えていくテールランプを見てるだけだった」
伯父は両で顔を覆った。指の隙から、掠れた嗚咽が漏れる。
「だった。警察から話が入ったのは。峠の急カーブでガードレールを突き破って、沢へ落ちたって……ブレーキを踏んだ跡が、切なかったって」
の、あの夜の景がので繋がっていく。
「俺は……節子義姉さんを緑の社用に乗せて、警察の遺体置所へった。
広告
義姉さんは、正彦兄さんのたくなった顔を見て、そのに崩れ落ちた。それから……朝方になって、義姉さんをに送ったんだ」
「それが、あの夜……」
「そうだ。事故の処理や保険の続きのために、印鑑や類が必だった。でも、俺は……の敷居を跨ぐことができなかった。俺が殺したんだ。俺が酒に逃げて、兄さんに無理をさせたから……俺が兄さんを殺したんだ。あわせる顔なんてあるわけがなかった。だから、で待ってたんだ。エンジンをかけたまま、のに隠れて……」
伯父の告は、あまりにも々しく、私の胸を抉った。
公式の記録では「台による単独の操作ミス」。 けれど実態は、限界まで摩耗したブレーキを承で、義弟の破産を救うために嵐の夜へとびしていった父の、無謀な運転の結果だったのだ。 そしてその引きを引いたのは、ならぬ伯父の甘えと、放置された備良だった。
「……それで」
私は乾いた唇をいた。たいりと、形容しがたい脱力が入り混じっていた。
「それで、おじさんは健兄ちゃんの就職を世話し、美咲ちゃんの結婚式にをし、私を学へかせたんですか?」
伯父は顔を覆ったまま、微かに頷いた。
「罪滅ぼし、だったんですね」
私の言葉に、伯父の肩がびくりとねた。
「自分が殺してしまった義兄への、罪悪。警察に捕まりたくない、殺しとわれたくないという保。
その荷から逃れるために……私たち兄妹にを注ぎ込んで、いい伯父さんを演じて、の平穏を買い取っていただけなんですね」
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 73 -
完結第18話
退職金と三百万円の借金
三十二年間勤めた会社を定年退職する日、人事に呼び止められた私は、一枚の紙を突き出された。それは私の名義と私印で作成された、三百万円の福祉貸付金の借用証書だった。返済が済むまで退職金は支払えないと告げられるが、私に借金の覚えなど一切ない。震える手で書類の日付を確認すると、そこには十一年前、夫が急逝して告別式を行っていた日の数字が並んでいた。私は退職の合意書へのサインを拒み、人事の机に手をついた。怒り|退職金|金銭問題|修羅場2.6万字5 0 -
完結第19話
席次表から消された姉
披露宴の席次表を確認していた時、婚約者は親族席にある私の姉の名前を赤ペンで乱暴に塗りつぶした。介護士の姉を親戚に見せるのは家の格に関わると吐き捨てる彼に、私は必死で抗議した。だが、両親のいない私を育ててくれた姉は、侮辱されても取り乱すことすらしなかった。ただ、赤線の引かれた名前を静かに見つめ、「彼のお父さんが去年入院した時、毎晩誰が付き添っていたか聞いてごらん」と私に告げた。裡切られた|兄弟姉妹|親不孝|介護|修羅場2.9万字5 2 -
完結第19話
レジ打ちの妻は恥ずかしい
結婚式まであと一か月。婚約者から突然、私の名前が印刷された『退職届』を差し出された。「うちの嫁がスーパーでレジ打ちなんて困る」と義母と決めたという。冗談だと笑おうとした私に、彼は真顔で「取引先に見られたら恥ずかしい」と言い放った。この三年間、一生懸命働く私の姿が好きだと言ってくれたのは嘘だったのかと問うと、彼は静かに言った。「恋愛と結婚は、違うんだよ」。私は差し出されたペンを机に押し返した。裡切られた|怒り|金銭問題|修羅場2.9万字5 0 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 0 -
完結第22話
母は死んだと書いた娘
夫の連れ子だった八歳の娘を引き取り、七年間毎朝弁当を作り、熱を出せば夜通し看病を続けてきた。ぎこちなくとも穏やかに暮らしてきたはずの中学三年の秋、担任に呼び出された私は、娘が提出した調査票を見て言葉を失った。家族欄には「実母は七年前に他界、父と二人のみで生活」と書かれ、私の名前は存在すら消されていた。裡切られた|夫婦|孤獨|修羅場3.3万字5 0 -
完結第14話
年商一兆円の父にワインをかけた婚約者
創業家の御曹司との顔合わせ当日。ボロ車で駆けつけた私の父を見た義母は、「貧乏人の娘が」と父の頭から赤ワインを浴びせかけた。婚約者も冷笑し、父を詐欺師呼ばわりしてロビーで土下座を迫る始末。 だが、父は一言も取り乱さず、静かにワインを拭った。 「この縁談はなかったことに」 指輪を投げ返し、父の向かった先は日本中が恐れる巨大財閥の最上階。傲慢な親子が信じていた“金と権力のルール”で、静かな断罪劇が幕を開ける。因果応報|人生逆転|金銭問題|修羅場2.1万字5 0