"父の逝った夜の車" 第21話
義姉さんは保険を受け取った、俺に言ったよ。『度と顔を見せるな。あなたの顔を見るたびに、正彦さんが崖から落ちていく瞬をいす』ってな」
母が遺した未投函の。 『正彦さんが命を賭して守ろうとしたものを、あなたの勝な罪滅ぼしで壊さないでください』
母は、夫が命を懸けて偽装した「名誉ある事故」を守るために、真実を墓まで持っていこうとした。そして、夫をそこまで追い詰めた元凶である弟を、の底から拒絶しながらも、子どもたちのためにそのの果実を受け入れざるを得なかったのだ。
「……なら、おじさん」
私は声を絞りした。喉の奥が焼けつくように痛かった。
「おじさんは……やっぱり、罪滅ぼしのために私たちを育てたの? 父をなせてしまった悔と、お母さんへの恐怖と、警察にバレるかもしれない怯えから逃れるために、自分のまで解約して、ボロボロになるまで働いて、健兄ちゃんや美咲ちゃんにおをし続けたの?」
病の扉の向こうで、微かな気配がした。 買いしから戻ってきた兄と姉が、扉のすりガラスの向こうにっているのが見えた。は入ってこなかった。扉に張り付くようにして、息を殺しての会話を聞いていた。
伯父は、シーツのの診断を、震える指先でそっと撫でた。
広告
「……健も、美咲も……そうってるだろうな。俺が、正彦兄さんを殺した贖罪のために、を捧げたんだって」
伯父は首を横に振った。々しく、けれど確に。
「違うんだよ、千鶴ちゃん」
「……え?」
「兄さんはな……あの嵐の夜、に乗り込む直、俺の胸ぐらを掴んで、枚のメモをポケットにねじ込んだんだ。……あの診断と緒に、俺がずっと財布に入れていたメモだ」
伯父の線に促され、私はもう度、ベッドの脇に置かれたあの茶い擦り切れた革財布をいた。 診断が入っていたファスナーの奥に、さらにさく、名刺に千切られた画用の切れ端が残されていた。
油と汗が染み込み、黒ずんだ片。 そこには、父の荒々しい、力い文字が残されていた。
『孝司。 俺はおをんでぬんじゃない。 俺にはもう、あいつらを育てるがない。 健の就職も、美咲の結婚も、千鶴の嫁姿も、俺は見届けてやれない。 けない父親だ。 だから、この命の残骸をおに預ける。 これは罰じゃない。 おだけが、あいつらの父親の代わりになってやれる男だからだ。 きて、あいつらを見届けてくれ。 頼んだぞ、弟よ。』
文字が、滲んで歪んだ。 私の目から落ちた涙が、の父の跡のに落ち、さな染みを作った。
「事故のな……」
伯父の声が、子どものようにしゃくりあげる泣き声に変わった。
広告
「俺は……毎、毎、川へってびりようとした。兄さんを殺してしまった罪のさに耐えられなくて、んでお詫びをしようと、何度も欄干にをかけたんだ。俺みたいな臆病で、無能で、自分のつ守れなかった男が、のうのうときていていいはずがないって……」
伯父は、私のを両で握り返してきた。骨と皮ばかりの、枯れ枝のようなだった。
「でもな……のうとするたびに、あのメモがに浮かんだ。『きて、あいつらを見届けてくれ』っていう、正彦兄さんの最の声が聞こえるんだ。……そしてな、ある、健がボロボロの作業を着て、俺のにやってきた。『おじさん、俺、たらすぐ働くよ。母ちゃんと妹たちを支えなきゃいけないから、仕事の探し方を教えてくれ』って、をげたんだ」
「兄ちゃんが……」
「美咲がな、慣れないつきで弁当を作って、俺のところに持ってきてくれた。『おじさん、ご飯ちゃんとべてる?』って笑ってくれた。……そして、千鶴ちゃん」
伯父の濁った瞳が、私を真っ直ぐに見つめた。
「おは、俺がにくと、いつも怯えて部に隠れていたな。俺は怖かったよ。おの澄んだ目を見るたびに、あの夜、おののにめた緑のをいして、胸が張り裂けそうだった。……でもな、学の運会で、おが懸命って、転んで、それでもちがってゴールした……くから見ていた俺に気づいて、ほんの瞬だけ、さくを振ってくれたことがあったんだ」
広告
おすすめ作品
-
完結第28話
父の治療費70万円を拒んだ夫と、葬儀で開いた黒い封筒
父の治療費70万円を「俺には関係ない」と拒んだ夫・浩一。しかもその裏で愛人との旅行を予約していた彼は、美咲に離婚を突きつけながら、「離婚後も母さんの介護は続けろ」と要求する。5年間、美咲が義母のために支払った金額は2280万円を超えていた。 だが浩一たちは知らなかった。地方の医師だと思っていた美咲の父が、全国に介護・医療事業を展開する巨大企業の創業者で、株式63%を管理する信託の受益者が美咲だったことを。 さらに義弟・修二が美咲名義の委任状を偽造し、密かに口座を調べていた事実まで発覚。 そして1ヶ月後、父の葬儀に現れた浩一は、なおも「母さんの介護に戻れ」と命じる。美咲は親族全員の前で、父が遺した黒い封筒を静かに開いた――。夫婦|親不孝|修羅場4.2万字5 3 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 263 -
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 6780 -
完結第24話
銀2両で売られた盲目の花嫁
不作の年、盲目の竜児は、弟の嫁取り資金を欲しがる継母によって、恐ろしいと噂される山の猟師・陸炎山へ半ば売られるように嫁がされる。 ところが待っていたのは暴力ではなく、彼女を娘のように迎える姑と、「安心して暮らせるまで絶対に触れない」と約束する不器用で優しい夫だった。 薬屋で働いた経験を持つ竜児は、失明していても薬草を見分ける知識を生かし、炎山の狩りと力を合わせて貧しい一家の暮らしを立て直していく。 やがて名医から「治療できる可能性がある」と告げられ、失っていた視力にも希望が差し始める。 しかし陸家が豊かになるほど、金を狙う継母や炎山の過去に関わる女まで現れ、竜児の新しい家族と幸せを脅かし始める――。嫁姑|親子関係3.5万字5 362 -
完結第11話
出世ゴルフの朝、沈黙した妻
「一生話しかけるな。口を開いたら即離婚だ」 そう怒鳴り散らし寝室に鍵をかけた夫。翌朝、出世が懸かった役員ゴルフの起床予定から2時間半が過ぎていた。真琴は夫の言いつけを忠実に守り、一切声を出さず「起きる時間だよー」とLINEを1通だけ送信する。 午前7時15分、泡を吹いてパニックで飛び出していく夫。だが、彼が置き忘れた鍵で書斎を開けた真琴は息を呑む。そこにあったのは、3400万円に及ぶ不正なリベート記録と、真琴の実印を悪用して設立されたペーパーカンパニーの書類だった。 夫の恐るべき企みを知った真琴は、冷たく微笑み受話器を取る。「もしもし、弁護士先生――」夫婦|真実1.7万字5 752 -
完結第27話
月5000円を貯めて泊まった旅館で、妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り23万円の配送ドライバー・かずやは、毎月5000円を5年間貯め、妻・彩佳と10歳の娘・ゆいを初めての家族旅行へ連れていく。ところが山奥の旅館へ着いた瞬間、出迎えた老紳士は彩佳に深々と頭を下げ、「お嬢様、お帰りなさいませ」と告げた。 実は彩佳は、創業150年を超える老舗旅館の一人娘だった。 かつて父の勧めで結婚した夫は旅館の信用と財産を利用しようとし、離婚して幼いゆいを連れ戻った彩佳に対しても、父は娘の苦しみより「旅館の評判」を優先した。 それ以来、実家を離れ質素に生きてきた彼女は、5年越しの旅行を機にようやく過去と向き合う決意をする。突然明かされた妻の素性に戸惑うかずやだったが、「俺が家族になりたかったのは彩佳とゆいだ」と伝える。 そしてこの旅は、長く閉ざされていた親子3代の関係を大きく動かしていく――。夫婦|第二の人生|修羅場4.1万字5 1210 -
完結第19話
娘を冷凍倉庫に閉じ込めた男は、父の正体を知らない
銀行支店長のキム・ドフンは、妻を亡くして以来、高校生の娘ミンジを男手1つで育ててきた。争いを避け、どんな屈辱にも耐える平凡な父親――それが娘の知る姿だった。 しかしミンジは、権力者チュ会長の娘・ヘリから長期間いじめを受け、ついに夜の学校へおびき出され、瀕死の重傷を負わされる。父が手がかりを追い詰めた瞬間、彼の体に刻まれた無数の銃創と傷跡が露わになる。実はドフンは、北朝鮮から亡命後、韓国情報機関で数々の極秘任務を成功させた伝説の特殊工作員だった。 娘を守るため封印していた力を解放した彼は、裏社会を1人で追跡。しかしミンジはまだ生きたまま連れ去られ、やがて氷点下30度の冷凍コンテナへ閉じ込められてしまう。 しかも父娘を追うのは犯罪組織だけではない。ドフンの生存を知った北朝鮮からも、兄の仇を討つ最強の工作員が送り込まれていた――。親子関係2.9万字5 115 -
完結第19話
10年間外に出ていない妹が妊娠、母は病院を拒んだ
10年間も寝たきりの妹・知恵の腹部が、ある日わずかに膨らんでいることに気づいた和美。妊娠検査薬はすべて陽性だったが、父親を尋ねても知恵は「彼が誰か知ったら家族が壊れる」と口を閉ざす。 妹の命を守ろうと中絶を決意した和美は、やがて自分自身の記憶にも不自然な空白があることに気づく。そして母を問い詰めた末、2年前、和美が権力者から襲われかけて抵抗し、刑務所へ追い込まれていた過去が判明。さらに、知恵は姉を救うため、自らその一族との取引を受け入れていたのだった。 和美が「自分が妹を守ってきた」と信じていた10年間。しかし本当に人生を犠牲にして姉を守り続けていたのは知恵の方だった。そして今、彼女のお腹に宿った子の父親こそ、封印されていた過去へ繋がる人物だった――。親子関係|修羅場|不倫2.9万字5 859 -
完結第11話
遺体の上で眠り続けた十四年
「飲めよ、お前は永遠に俺のものだ」 毎年一月十七日の深夜二時、エリート弁護士の夫は一階の畳にウイスキーを注ぎ続けた。 再婚した由香里は、その和室の真上にある寝室で、得体の知れない悪夢に怯え十四年を過ごしてきた。 かつて震災の混乱の中、一カラットのダイヤの婚約指輪と共に忽然と消えた前婚約者。老朽化した別荘の床板が剥がされた瞬間、土中から十四年封じられていた「証拠」が姿を現す。 同時刻、ホスピスの老人が震える手で受話器を取り、警察へ告げた。 「お二人が店を出たのは、十七日の夜ではありません」 夫が十四年間、その真下へ注ぎ続けていた狂気の正体とは――。真実|行方不明1.6万字5 122