"レジ打ちの妻は恥ずかしい" 第11話
父の声の向こうで、けたたましい救急のサイレンの音がかすかに混ざっていた。
『アポもなしにいきなり乗り込んできてな……「お宅のお嬢さんの躾はどうなっているのか」「スーパーのレジ打ちのような恥ずかしい仕事を辞めさせないなら、持参として百万円包むのが礼儀だ」って……! お母さんを散々鳴りつけて、玄関先で……! お母さん、血圧がねがって、そのまま識を失って倒れちまったんだ……!』
私のから、力が抜けていくのが分かった。
スーパーで恥をかかされた悦子は、そので幹線にび乗り、私の静岡の実にまで乗り込んでいたのだ。 自分の傷つけられたプライドをらすためだけに、何の関係もない、実直に暮らしている私の両親のもとへ押しかけ、毒を撒き散らしたのだ。
『千……先が、今夜がかもしれないって……頼むから、く来てくれ……!』
父の泣き崩れる声が、の奥で途切れた。
私はゆっくりと、スマートフォンをからした。 目のでは、翔平が怯えたような、けれどどこか苛ったような顔で私を見つめていた。
「おい、千……誰からだ? 母さん、実にったのか……?」
私は翔平を見なかった。 線をに落としたまま、静かにバッグをに取り、財布と保険証の入ったポーチを確かめた。
私の瞳の奥で、それまで燃えていたりの炎が、音もなく消えった。
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に残ったのは、絶対零度の、漆黒の決だけだった。
私を傷つけることは許した。 私の仕事を侮辱されたことも、耐えてきた。 けれど――このたちは、私の最も切な族の命まで、その汚れた見栄の贄にしようとした。
「……翔平」
私の声には、何のの揺らぎもなかった。まるで、氷のを流れるのようにたく、静かだった。
「お母さんに伝えておいて」
私は玄関へ向かい、ドアノブにをかけた。
「絶対に、許さないから」
夜のたい空気のへと、私は駆けした。 もう度と、この部へ戻ることはない。 私の尊厳をかけた、本当の戦いが始まろうとしていた。
幹線にび乗り、静岡駅に着いたのは夜を過ぎていた。
改札をてタクシーを拾い、夜のに沈む郊の民病院へとをらせる。 窓を流れる灯のが、私の瞳のを無質に滑っていった。指先は氷のようにたくなっていたが、胸の奥底だけが、奇妙なほど静かに、く研ぎ澄まされていた。
救急来の自ドアを抜けると、消毒液のツンとした匂いと、夜の病院特のくい空気が全を包み込んだ。
「お父さん!」
待のプラスチックの子に、さく縮こまるように座っていた父が、私の声にハッと顔をげた。 作業着のに急いで羽織ったであろう、着古したフリース。
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髪の混じったを両で抱え込んでいた父は、私を見るなり、その目からボロボロと涙をこぼした。
「千……来てくれたか……」
たった数で、父はも老いてしまったように見えた。 定まで町のさな属加で油にまみれて働き、真面目だけを絵に描いたような父のが、刻みに震えていた。
「お母さんは!? お母さんはどうなったの!?」
「今は……点滴を打ってもらって、病で眠ってる。さっき先から説があった……急性血圧発作だそうだ。が百を超えていて、は脳血を起こしかけていたらしい……。幸い、点滴で血圧ががってきて、峠は越えたって……」
父の声はかすれ、途切れ途切れだった。 私は壁に背を預け、震える息をく吐きした。 最悪の事態だけは免れた。その事実だけに、かろうじての力を保つことができた。
「お父さん、何があったの。全部話して」
父は膝ので固く拳を握りしめ、ぽつり、ぽつりと、あのの夕方に起きた悪を語り始めた。
夕方過ぎ、仕事を終えた父が庭の入れをしていた、けたたましいタクシーのブレーキ音がのに響いたという。 りてきたのは、派なコートにを包んだ悦子だった。 アポもなしに突然現れた悦子は、迎えた両親に対して挨拶もそこそこに、で玄関先に踏み込んできた。
『お宅の千さんの躾はどうなっているんですか!』
番、所に響き渡るような声で悦子は叫んだという。
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