"恩人弁護士の不可解な書類" 第12話
指先が凍りついたようにかない。 臓が肋骨の内側を乱暴に叩き、喉の奥がきゅうと締まる。
『またのまいみたいに、ネットに名を晒されてきていけなくなってもいいのか?』
あのヶの獄が、瞬で蘇る。 夜のチャイム、郵便受けに突っ込まれたゴミ、ドアスコープの向こうでスマホを構える見らぬ男の。 呼吸が浅くなり、界の端がわずかにく霞んだ。
「……矢野さん?」
机の向こうでをげていた榎本が、私の異変に気づいて顔をげた。 私の顔を見て、その表が険しくなる。
「どうしました。誰からの連絡ですか」
私は無言のまま、震えるで画面を榎本に向けた。 榎本はちがり、机越しに私のスマホを覗き込んだ。 文面を追う彼の瞳が、急速に徹なを帯びていく。 眉の皺がく刻まれ、首筋の血管が青く浮きがった。
「藤堂……」
榎本のから、く絞りすような声が漏れた。
「奴め、もう嗅ぎつけたのか。裁判所の閲覧記録か、それとも郁恵のアパートに張り込みでも……」
「見張られてるんです」
私の声は、けないほど震えていた。
「私、さっき梨さんのアパートにきました。裁にもきました。全部見られてたんです。榎本先……私、またあの活に戻るんですか? 仕事を失って、アパートを追いされて、部のかりもつけられないで震える活に……」
広告
恐怖が涙となって溢れそうになるのを、私は奥歯を噛みしめて押し留めた。 泣いてはいけない。ここで取り乱したら、私はまた誰かの庇護を求めるだけの無力なに戻ってしまう。
榎本は私のに回り込み、痛ましげな表で私の肩にを置こうとした。 だが、そのが触れる直、私は無識に半歩ずさり、そのを拒絶していた。
榎本のが、宙で止まった。
気まずい沈黙が流れる。 榎本の瞳に、鋭い痛みがった。 彼は自分が今、私にとって「ただの方」ではなく、「線を越えて私を危険に晒した張本」であることを、改めて突きつけられたのだ。
「……すみません」
榎本は静かにを引っ込めた。
「矢野さん。あなたのはもっともです。このメッセージはな脅迫です。警察に被害届をし、弁護士会を通じて藤堂に警告を送ります。あなたにこれ以の危害が及ばないよう、私が盾になりますから」
「盾になる?」
乾いた言葉が、私のからこぼれ落ちた。
「先、さっき言いましたよね。『梨さんを助けるために、私の力が必だ』って。でも、藤堂専務は私を狙っています。私が先の言う通りに証になったら、会社は私を徹底に潰しに来る。先は盾になると言いますが、実際にネットで名を晒され、を歩けなくなるのは……私なんですよ」
榎本は唇を噛みしめ、何も言えなくなった。
広告
「私を救ってくれたことは、謝しています。佐伯の画を消してくれたこと、本当に嬉しかった。でも……先は結局、私を梨さんを救うための具にしたんじゃないですか」
「矢野さん、それは……」
「今は、帰ります」
私はテーブルのの類を乱暴にカバンに詰め込んだ。 これ以この部にいたら、救ってくれた恩と、裏切られたりの狭で、が壊れてしまいそうだった。
「待ってください、矢野さん! で抱え込まないでください。藤堂は危険です。何をしてくるか分からない!」
背からの榎本の制止を振り切り、私は事務所のアルミドアを押しけた。 階段を駆けりる元が覚束ない。 神保町のたいにびすと、夕暮れのを吹き抜ける枯らしが、照った私の頬を容赦なく打ち据えた。
私はスマホの源を切った。 液晶が暗転し、自分のみすぼらしい顔が映り込む。
誰も信じられない。 藤堂は私を脅し、榎本先は私を利用した。 世のの誰もが、自分の目のためにのをすり潰していく。
だが――。 胸の底で、さく燃えがる炎があった。
私は本当に、ただ脅えて逃げ回るだけのなのだろうか。 あの満員で突きばされたも、会社を理尽に解雇されたも、私はずっと「被害者」として泣いているだけだった。 だから、佐伯のような男に面半分で消費され、藤堂のような男にゴミのように捨てられ、榎本先のようなにすら「守るべき無力な」
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 6783 -
完結第23話
奪われた手柄と残された受領印
「開発担当の名前、成瀬君に変えておいたから」三ヶ月不眠不休で作った新システムの企画書から、友春の名前は消されていた。机の下で手を重ねる後輩と、冷たく婚約破棄を告げる霞。すべてを奪われ雨の夜に倒れた友春は、なぜか「あの会議の前日」に目を覚ます。 二度と他人の踏み台にはならない――友春は綿密な引き継ぎと受領印だけを残し、即日退職を叩きつけて姿を消した。 迎えた本番発表会、後輩が「見栄え」のために独断で削除した安全装置が、大観衆の前で最悪の暴走を始める。「頼む、戻って直してくれ!」すがる元上司に、友春が突きつけた言葉とは――。職場逆転|真相3.4万字5 202 -
完結第14話
黒い着物の女と三十台の車列
「お前んちヤクザだっけ? 今すぐ呼んでみろよ!」 同窓会の会場でグラスの酒を着物に浴びせられ、同級生たちから嘲笑を浴びる蒼井。十年前の壮絶ないじめと同じ冷酷な視線に囲まれる中、彼女は静かにスマートフォンを取り出した。 「いいですよ。呼びますね」 五分後、会場前の通りを三十台の黒塗り高級車が埋め尽くし、黒スーツの男たちが一斉に平伏する。「若頭、お迎えに参りました」 血の気を引かせた男の前に、蒼井が取り出した一つの桐の箱。十年前の雨の日に交わされた「一万円の恩」と、隠された母子の秘密が明かされようとしたその瞬間――。怒り2.1万字5 922 -
完結第30話
宅配便を盗んだ隣家の息子と、箱から飛び出した蚊
ペットショップ店長のテツは、最近、自宅の宅配ボックスから荷物が何度も消えていることに気づく。犯人は隣家の少年・カズだったが、その背後にはPTA役員を務める母・チアキがいた。 テツが防犯カメラを設置すると、チアキが息子に荷物を持ち去らせている決定的な映像を確保。問い詰められた彼女は「近所同士の助け合い」と開き直り、逆に被害者を傷害罪で訴えると脅してきた。 しかし映像がPTAと警察へ渡ったことで事態は一変する。さらに調査が進むと、チアキは他のママ友の私物まで盗み、フリマアプリで転売していた常習犯だったことが発覚。 PTA役員の地位も家族からの信用も崩れ去る中、これまで「地域の平和を乱すな」と他人を責めてきた彼女自身が、地域で最も大きな問題だったことを突きつけられていく――。日常ホラー|怒り4.6万字5 1684 -
完結第11話
妊婦を狙う老人と十一月の凶刃
「妊婦は立て!奇形が産まれるぞ!」 早朝の電車内、妊婦を怒鳴りつける老人に激昂し、詰め寄ってホームへ追い払った会社員の成瀬涼。だが座席の下に落ちていた老人の定期券の裏には、戦慄のメモが挟まれていた。 『十一月十七日 東都産婦人科 産ませるな 絶対に殺す』 日付は明後日。七年前に母を自死で失った涼は、その朝、病院の物陰で張り込む。午前九時十五分、現れた老人のポケットから閃いた一本の果物ナイフ。 電柱へ組み伏せた涼の背後から、駆け寄った妊婦の悲鳴が響く。 「お義父さん……!?」 老人が隠し続けた、血塗られた過去とは。怒り|真相1.7万字5 1088 -
完結第27話
毒蛇から社長を救った男を笑った人事部長
「元自衛官の筋肉バカが東大卒だと嘘をつくな」――六本木のIT企業の面接で、主人公は人事部長・郷田に履歴書を床へ投げ捨てられた。 だが彼は、ただの求職者ではない。採用不正を暴くため正体を隠して潜入していた元特殊作戦群の自衛官であり、裏では巨大企業グループを率いる人物だった。調査を進めると、郷田と甥の健太が縁故採用と裏金工作を繰り返し、不正資金は約3億5000万円に達していることが判明する。 さらに2人は、親会社の名を騙って正義感の強い美咲社長を失脚させようとしていた。しかも美咲は2年前、山中で自分を救った名も知らぬ自衛官を探し続けていた。その救命者こそ、今「筋肉バカ」と嘲笑されている男だったのだ。そして決戦の日、美咲が差し出した古い認識票に刻まれていたのは、数兆円を動かす神道グループ頂点の紋章だった――。職場逆転|人生逆転4.1万字5 1218 -
完結第18話
余命半年と嘘をつき、愛人と隠し子を選んだ夫
「俺はあと半年しか生きられない」――夫・健一から突然、肺がんによる余命宣告を告げられた恵子。しかしその夜、1人で人生を考えたいと言って出かけた夫は、隣町のスナックで若い女性・みほと会っていた。 幼馴染・香織が録音した会話から、健一が既婚者であることを隠してみほと関係を持ち、存在しない「軽井沢の豪邸」で一緒に暮らそうとしていることまで判明する。さらに健一は、妊娠中のみほとの子を「隠し子」と認め、「遺産は愛人と子供に渡すから、お前は我慢しろ」と恵子へ言い放つ。 だが恵子は夫の病気そのものを疑い始める。やがて健一が“証拠”として見せた診断書に、決定的な綻びが見つかる――。怒り|不倫2.7万字5 3490 -
完結第35話
七通の退職届と八十件の着信
父の葬儀の翌日、新社長となった私の前に並べられた七通の退職届。勤続三十四年の工場長は「ベトナム人と頑張れよ」と日本人職人全員を引き連れて会社を捨てた。機械の知識ゼロの私に残されたのは、残留したベトナム人三人と言葉を失うほどの短納期。だが五日後、私の携帯にその工場長から届いた着信は、実に八十件――。腕利きを誇った男が、なぜ無様に縋り付いてきたのか? その謎は、男が肌身離さず持つ「黒い手帳」と、父が遺した一冊の分厚い綴りに隠されていた。「……出ないわ」私は震え続けるスマートフォンの拒否ボタンに指を置いた。職場逆転|人生逆転5.3万字5 975 -
完結第11話
貧乏老人を嘲笑った行員の末路
「あんな貧乏臭い爺い、適当にあしらっとけばいいのに」ボストンバッグを抱えた老人に、新入行員は嘲笑の声を浴びせ、エリート課長代理は別の窓口へ強制的に追い返した。母親の入院費のため百万を引き出しに来ただけの、よれよれのジャケットを着た年寄り――。だが、彼こそが全日本経済の裏を牛耳るクオンホールディングスの会長・久音次郎その人だった。侮辱に耐えかねた新人の篠崎水希が一人で抗議する中、老人が静かに古びたバッグの金具を閉じた瞬間、端末の画面で一千万円、一億円と出金通知の数字が狂ったように跳ね上がり始めた。絶望の淵に立たされた傲慢な行員たちの運命を決定づける、驚愕の審判の行方は――。職場逆転|修羅場1.6万字5 2029 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 2103