"恩人弁護士の不可解な書類" 第17話
緊張で胃が痛む。だが、議と取りは軽かった。
階段をがりきり、事務所のドアノブにをかけた。 ノックをしようとした瞬、ドアの向こうから、榎本の切迫した声が漏れ聞こえてきた。
「……それは、本気ですか」
話の相と話しているようだった。 私はわずを止め、息を潜めた。
「梨郁恵の治療費と損害賠償、わせて千百万円……即の括支払い……。ええ、額としては、こちらの請求をほぼ満額認める内容です」
千百万円。 破格の解だった。 藤堂側は、裁判での全面対決を恐れ、で全てを握り潰そうとしているのだ。
だが、榎本の次の言葉に、私の臓が凍りついた。
「……条件を、もう度確認させてください。『矢野真に関するすべての提類および証拠の完全撤回』、そして『矢野真の関与に関する切の守秘義務条項』ですね……。もしこれに応じなければ、解は決裂し、から矢野個に対する横領の刑事告訴と、損害賠償請求訴訟を同に起こすと……?」
榎本の声が、苦悩でかすれていた。
「待ってください……郁恵の今の精神状態では、期の裁判には耐えられない。千百万円があれば、あの子は治療に専できる。でも……それでは矢野さんが……!」
話の向こうの言葉を聞きながら、榎本のがデスクを激しく叩く音が聞こえた。
「……し、をください。
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期の始までに、回答します」
通話が切れる音がした。
私は、息を詰まらせたまま、ドアのすりガラスの向こうを凝した。
暗い内で、榎本が机に突っ伏していた。 その元には、FAXで送られてきたばかりとおぼしき、数枚の解協定の面があった。 そしてその横には、梨郁恵のアパートから預かってきたのであろう、病院からの額な未払い医療費の督促状の束が置かれていた。
榎本のが、震えながら万を握りしめていた。
千百万円で、妹のように育った梨郁恵の命を救うか。 それとも、私との約束を守り、沼の法廷闘争へ突入して私を危険に晒すか。
榎本の背が、激しく揺れていた。 万のペン先が、解の署名欄ので、カタカタと音をてて彷徨っている。
私がドアノブを回した、カチャリと静かな属音が夜の廊に響いた。
榎本が、弾かれたように顔をげた。 その瞳には、隠しきれない揺と、罪悪に歪んだ絶望のが、ありありと浮かんでいた。
ドアノブを回した私の元で、さな属音がたく響いた。
暗がりので、榎本先が弾かれたように顔をげた。 デスクのに広げられた類を、咄嗟に腕で隠そうとする。 そのきが、かえってそこに置かれたもののを雄弁に物語っていた。
「……矢野さん」
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榎本先の声は、かすれきっていた。 机の端には、病院からの督促状と、相方弁護士から送られてきたばかりの『解協定』のファックスが置かれていた。
千百万円の解決。 その代償として求されているのは、私のと証言を完全に抹消し、に葬ること。
私はドアを背にしてち、静かに息をえた。 臓は鐘を打っていたが、議との震えは止まっていた。
「聞こえていました、先」
榎本先の瞳が、痛ましげに揺れた。 彼は広げた類からゆっくりとを退けた。 万を握りしめていた指先が、く張っている。
「……郁恵の母親から、夕方に話があったんです」
榎本先は、机のの督促状に目を落としたまま、絞りすように言った。
「郁恵が、また病院のトイレで過呼吸を起こして倒れたと。主治医からは、これ以の環境ストレスが続けば、完全な回復は望めないと言われました。薬の量も、もう限界まできています。このまま本訴訟に移して半もも引きずれば……あの子のは、本当に壊れてしまうかもしれない」
「だから、藤堂専務の条件を呑もうとしたんですか」
私の問いに、榎本先は答えられなかった。 机に置かれた解のさが、暗い事務所ので毒のように浮かびがっている。
「相は狡猾です」
榎本先は乾いた唇を震わせた。
「千百万円を満額支払う代わりに、あなたに関する証拠を全て引っ込めろと言ってきた。もし拒否すれば、の朝番で、あなたを業務横領で京検に告訴すると。
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