"退職金と三百万円の借金" 第7話
「ち、違います! そんなじゃ……!」
「番くで男さんの仕事を見ていたのは、あなたでしょう! あのがどれだけ帳簿の円にまで厳しく、どれだけ現の責任を背負い込んでいたか、あなたが番っているはずじゃないの!」
佐野の肩が激しく波打った。彼は青ざめた顔を歪め、何かを言いかけ、そして耐えかねたように唇を噛んだ。
その尋常ではない揺を見て、私の直が確信に変わった。
佐野は、何かをっている。
夫を疑うような見苦しい嘘をついてまで、この類の追及を止めさせようとしている。
「佐野君。あなたに嘘をつかせるほどの何かが、あののにあったのね」
私がく問い詰めた瞬だった。
佐野の胸ポケットで、内線用の子がけたたましく鳴り響いた。
佐野は救われたような顔をして端末を取りし、画面を見た瞬、さらに表を張らせた。
「……はい、物流の佐野です。……え? 今ですか? ……わかりました、すぐにお伝えします」
通話を切った佐野は、恐る恐る私を見げた。
「林さん……川常務がお呼びです。本社の役員応接で、林さんが来られるのを待っていらっしゃいます」
本社の最階、役員フロアの空気は、物流の現とは別世界のように静まり返っていた。
毛のい絨毯に靴音を吸い込まれながら、私は秘に案内されて役員応接へと入った。
広告
なマホガニーのテーブルの向こう、革張りのソファに、川常務がで座っていた。
「急に呼びしてすまないね、静枝さん。まあ、座りなさい」
川常務はちがり、自ら湯呑みに級な玉を注いで私のに置いた。昨の廊で見せた揺はすっかり消えり、そこには品の台骨を支えてきた幹部の、堂々とした威厳が戻っていた。
「佐野のところへったそうだね」
常務は向かいのソファにく腰をろし、静かに切りした。
「浦から報告を受けたよ。君が退職類へのサインを拒否し、調査を求していると。……静枝さん、君の気持ちはよくわかる。青の霹靂だったろう。るのも無理はない」
「常務。私はただ、事実をりたいだけです」
私は差しされた茶にはをつけず、背筋を伸ばして言った。
「私が借りてもいない百万円が、なぜ私の名義で処理されているのか。昨は驚きのあまり取り乱してしまいましたが、晩考えて、やはり納得がいきません。誰が私の印鑑を持ちし、サインを偽造したのか。会社として、正式に調査委員会をちげてください」
私の言葉を、川常務は目を閉じて黙って聞いていた。
やがて、く、いため息をつきながら目をけた。
「調査委員会など、ちげる必はない」
「……どういうことですか?」
広告
川常務は、スーツの内ポケットから冊の真しい切帳と、黒い万を取りした。
そして、机のでさらさらと流れるような致で数字をき込み、ピリリと音をてて枚の切を切りした。
それを、私の目のへと滑らせてきた。
そこには、鮮やかな青いインクで、こう記されていた。
『参百萬円也』
振は、川勉。個の当座切だった。
「……常務、これは何ですか」
私の声が震えた。
「これで、事の帳簿を相殺しなさい」
川常務は、まるで見守る親のような、痛切な差しで私を見つめた。
「この百万円は、私が個にす。君が返済する必はない。これをそのまま浦に渡し、退職から相殺されたことにすれば、君の退職千百万円は全額、円も減らされることなく満額支される。君のの輝かしい功績に、傷がつくこともない」
「なぜ……」
私の全から、さあっと血の気が引いていった。
「なぜ、常務が私のために百万円ものを払うのですか? 私と常務のに、そんな義理も貸し借りもないはずです!」
「君と男君には、言葉では言い尽くせないほどの恩があるからだよ」
川常務はを乗りし、懇願するように声をくした。
「男君は、私の腕だった。私の際を何度も現で庇い、支えてくれた、弟のような男だ。
そして君もまた、愚痴つ言わずこの会社を支えてくれた。その君が定を迎えるに、古い伝票の備のせいでを塗られるなど、私には耐えられないんだよ。
広告
おすすめ作品
-
完結第28話
父の治療費70万円を拒んだ夫と、葬儀で開いた黒い封筒
父の治療費70万円を「俺には関係ない」と拒んだ夫・浩一。しかもその裏で愛人との旅行を予約していた彼は、美咲に離婚を突きつけながら、「離婚後も母さんの介護は続けろ」と要求する。5年間、美咲が義母のために支払った金額は2280万円を超えていた。 だが浩一たちは知らなかった。地方の医師だと思っていた美咲の父が、全国に介護・医療事業を展開する巨大企業の創業者で、株式63%を管理する信託の受益者が美咲だったことを。 さらに義弟・修二が美咲名義の委任状を偽造し、密かに口座を調べていた事実まで発覚。 そして1ヶ月後、父の葬儀に現れた浩一は、なおも「母さんの介護に戻れ」と命じる。美咲は親族全員の前で、父が遺した黒い封筒を静かに開いた――。夫婦|親不孝|修羅場4.2万字5 3 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 265 -
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 6783 -
完結第27話
月5000円を貯めて泊まった旅館で、妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り23万円の配送ドライバー・かずやは、毎月5000円を5年間貯め、妻・彩佳と10歳の娘・ゆいを初めての家族旅行へ連れていく。ところが山奥の旅館へ着いた瞬間、出迎えた老紳士は彩佳に深々と頭を下げ、「お嬢様、お帰りなさいませ」と告げた。 実は彩佳は、創業150年を超える老舗旅館の一人娘だった。 かつて父の勧めで結婚した夫は旅館の信用と財産を利用しようとし、離婚して幼いゆいを連れ戻った彩佳に対しても、父は娘の苦しみより「旅館の評判」を優先した。 それ以来、実家を離れ質素に生きてきた彼女は、5年越しの旅行を機にようやく過去と向き合う決意をする。突然明かされた妻の素性に戸惑うかずやだったが、「俺が家族になりたかったのは彩佳とゆいだ」と伝える。 そしてこの旅は、長く閉ざされていた親子3代の関係を大きく動かしていく――。夫婦|第二の人生|修羅場4.1万字5 1210 -
完結第14話
黒い着物の女と三十台の車列
「お前んちヤクザだっけ? 今すぐ呼んでみろよ!」 同窓会の会場でグラスの酒を着物に浴びせられ、同級生たちから嘲笑を浴びる蒼井。十年前の壮絶ないじめと同じ冷酷な視線に囲まれる中、彼女は静かにスマートフォンを取り出した。 「いいですよ。呼びますね」 五分後、会場前の通りを三十台の黒塗り高級車が埋め尽くし、黒スーツの男たちが一斉に平伏する。「若頭、お迎えに参りました」 血の気を引かせた男の前に、蒼井が取り出した一つの桐の箱。十年前の雨の日に交わされた「一万円の恩」と、隠された母子の秘密が明かされようとしたその瞬間――。怒り2.1万字5 922 -
完結第30話
宅配便を盗んだ隣家の息子と、箱から飛び出した蚊
ペットショップ店長のテツは、最近、自宅の宅配ボックスから荷物が何度も消えていることに気づく。犯人は隣家の少年・カズだったが、その背後にはPTA役員を務める母・チアキがいた。 テツが防犯カメラを設置すると、チアキが息子に荷物を持ち去らせている決定的な映像を確保。問い詰められた彼女は「近所同士の助け合い」と開き直り、逆に被害者を傷害罪で訴えると脅してきた。 しかし映像がPTAと警察へ渡ったことで事態は一変する。さらに調査が進むと、チアキは他のママ友の私物まで盗み、フリマアプリで転売していた常習犯だったことが発覚。 PTA役員の地位も家族からの信用も崩れ去る中、これまで「地域の平和を乱すな」と他人を責めてきた彼女自身が、地域で最も大きな問題だったことを突きつけられていく――。日常ホラー|怒り4.6万字5 1684 -
完結第11話
妊婦を狙う老人と十一月の凶刃
「妊婦は立て!奇形が産まれるぞ!」 早朝の電車内、妊婦を怒鳴りつける老人に激昂し、詰め寄ってホームへ追い払った会社員の成瀬涼。だが座席の下に落ちていた老人の定期券の裏には、戦慄のメモが挟まれていた。 『十一月十七日 東都産婦人科 産ませるな 絶対に殺す』 日付は明後日。七年前に母を自死で失った涼は、その朝、病院の物陰で張り込む。午前九時十五分、現れた老人のポケットから閃いた一本の果物ナイフ。 電柱へ組み伏せた涼の背後から、駆け寄った妊婦の悲鳴が響く。 「お義父さん……!?」 老人が隠し続けた、血塗られた過去とは。怒り|真相1.7万字5 1088 -
完結第19話
10年間外に出ていない妹が妊娠、母は病院を拒んだ
10年間も寝たきりの妹・知恵の腹部が、ある日わずかに膨らんでいることに気づいた和美。妊娠検査薬はすべて陽性だったが、父親を尋ねても知恵は「彼が誰か知ったら家族が壊れる」と口を閉ざす。 妹の命を守ろうと中絶を決意した和美は、やがて自分自身の記憶にも不自然な空白があることに気づく。そして母を問い詰めた末、2年前、和美が権力者から襲われかけて抵抗し、刑務所へ追い込まれていた過去が判明。さらに、知恵は姉を救うため、自らその一族との取引を受け入れていたのだった。 和美が「自分が妹を守ってきた」と信じていた10年間。しかし本当に人生を犠牲にして姉を守り続けていたのは知恵の方だった。そして今、彼女のお腹に宿った子の父親こそ、封印されていた過去へ繋がる人物だった――。親子関係|修羅場|不倫2.9万字5 859 -
完結第14話
40度の熱で倒れた娘と、校門前の黒い高級車
40度を超える高熱で倒れた20歳の女子大生・桜。大学病院へ運ばれた彼女の身体から、医師は腰に広がる不自然なあざと、暴行を疑わせる損傷を発見する。 やがて桜は「脅迫されました」と涙ながらに告白。前夜、彼女を高級車に乗せた男は、金と人脈を持つ有名実業家・佐々木だった。 佐々木は奨学金や仕事の援助を装って近づき、拒絶すれば学生生活を壊すと脅していた。 さらに病院へ口封じの男たちまで送り込まれ、桜の携帯には脅迫メールや写真が残されていることが判明する。 そして捜査の最中、佐々木の車と関係する別の女子学生が失踪。自分だけの事件ではないと知った桜は、恐怖に震えながらも「もう沈黙しません」と証言を決意する――。真実|修羅場2.1万字5 1954