"十年前に死んでいた夫" 第19話
私は机のの骨壺を見つめた。 政の続きがめば、やがて彼は「輪敬」として、この国の帳簿に記録されるだろう。 数ぶりに、彼は自分の名を取り戻すのだ。
だが、私ののには、どうしても解けない最の結び目が残っていた。
志保さんがくなっていたことをらなかったとしても。 自分がどれほどい罪を背負っていたとしても。 なぜ彼は、ぬその瞬まで、私に真実を打ちけてくれなかったのか。
の未のことが、鮮に蘇る。 激しい呼吸困難に陥り、チアノーゼで唇をに染めながら、彼は私の腕ので震えていた。 私が半狂乱になって救急を呼ぼうとちがった、彼は残された最の力で私の首を掴んだのだ。 骨が軋むほどのい力だった。
『呼んじゃいけない……』 途切れ途切れの、掠れた声だった。 『救急は……駄目だ……』
『何を言ってるの! 息ができてないのよ! んじゃうのよ!』
私が叫ぶと、彼はしそうに、まるで駄々をこねる子供を宥めるような目で、私を見げた。 そして、首を横に振ったのだ。
『このままでいい……。私は……佐伯孝之として、なせてくれ……』
それが、彼の最の言葉だった。 その直、彼のから力が抜け、私の膝ので、度とかなくなった。
なぜ、「佐伯孝之」のままにたがったのか。 輪敬という名を捨てたかったから? 罪から逃げたかったから? 違う。
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あののき方は、そんな浅なものではなかったはずだ。
私はちがり、夫が遺した提げ鞄を再び引き寄せた。 は先ほど全て改めたはずだった。 古い老鏡、爪切り、鉛、そしてさな製の具箱。
具箱のフタをけた。 には、彼が内職で使っていた刃先が数ミリしかない極の彫刻刀や、計の裏蓋をけるための真鍮のヘラが、油を引いた布に包まれて並んでいる。 刃物はどれも、完璧に研ぎ澄まされていた。 彼がどれほど丁寧に、々の仕事に向きっていたかが分かる。
私は具箱の底板に触れた。 指先に、かすかな違があった。 底板の隅に、さな真鍮の釘が本、浮いている。
息を殺し、ヘラの先をその隙に差し込んだ。 テコの原理でゆっくりと押しげると、パキリとさな乾いた音がして、いベニヤの底板がれた。
底になっていた。
底板のから現れたのは、何にもさく折り畳まれた、枚のいだった。 薬局の薬包のような、ざらざらとしたい。 そこには、鉛で、震えるような細い文字がびっしりとき連ねられていた。
跡は、違いなく夫のものだった。 だが、その文字はひどく乱れていた。 くなる数、私が所のスーパーへ買いしにかけていた、わずかなにかれたものに違いなかった。
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私は震える指で、そのを広げた。
『久恵さんへ』
最初のを読んだ瞬、界が滲んだ。
『勝なき置きを残すことを許してください。 私の体は、もうく持ちそうにありません。毎晩、胸の奥でたいが膨らんでいくような覚があり、おそらくこのを越すことはできないでしょう。
久恵さん。 、名もなきのような私を、温かいご飯と清潔な毛布で包んでくれて、本当にありがとう。 あなたの作ってくれる噌汁をむたび、あなたの洗ってくれたシャツを着るたび、私は自分がであることをいすことができました。
私は、神仏の許しを乞う資格のないです。 、私の軽率な判断と未熟さのせいで、の尊い命の未来を永に奪ってしまいました。 私はその罪から逃げるために名を捨てたのではありません。 輪敬というがこの世から消えることだけが、私が被害者の方々に差しせる、最限の誠だと信じていたからです。
佐伯という青の名を借りたのは、偶然でした。 寄りのない彼を見送り、残された診察券をにした、私は「この名のに隠れて、ただを送り続ける械になろう」と決めました。 そこに自分のなど、度とあってはならないとっていました。
けれど、私はあなたに会ってしまった。
寂しそうに笑うあなたを見て、放っておくことができなかった。
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