"薬を忘れて戻ると、「歩けない」夫が立っていた" 第6話
寝のドアがき、健太がおずおずと姿を現した。
昨夜の激昂の余韻か、目のには濃い隈が浮かび、表は張っていた。テーブルのに自分の分の朝がないのを見て、健太はひどく狼狽したように線を彷徨わせた。
「あの……佐織、俺のコーヒーは……」
「お湯ならポットに沸いているわ。インスタントのはの棚よ」
佐織は線をマグカップからすことなく、淡々と答えた。
健太は喉の奥で何かをみ込むと、おぼつかない取りでキッチンへ向かった。棚からカップを取りし、スプーンでを掬う作のすべてがぎこちない。これまでいかに活のすべてを妻に依し、王様のように振るっていたかが如実に表れていた。
玄関へ向かい、革靴を履こうとした健太のきが止まった。
腰を屈めるのが辛いのか、顔をしかめてチラチラとこちらを窺ってくる。以の佐織なら、その表を見た瞬に駆け寄り、靴べらを差しして背を支えていただろう。
「……本当に腰が痛くて屈めないのなら、伝うけれど。どうする?」
佐織が徹な声で問いかけると、健太はビクッと肩をねがらせた。
「い、いや……丈夫だ。自分で履ける」
健太は壁にをつき、ゆっくりと腰を落として、自力で靴紐を結んだ。はかかったが、能な作では決してなかったのだ。
広告
『痛い』というポーズを取れば、誰かが先回りしてすべてを片付けてくれる——その甘美な特権が剥奪された瞬だった。
健太が逃げるようにをてった、佐織は勤の支度をえながら、自宅の固定話の留守番話に件の録音が入っていることに気づいた。
再ボタンを押すと、く落ち着いた男性の声が流れた。
『株式会社トーワ・ソリューションの事部、松永と申します。健太様の休職のご様子について、し確認させていただきたい事項がございましてご連絡いたしました。能であれば、奥様から折り返しをいただけますと幸いです』
トーワ・ソリューションは、健太が勤めている堅のIT器商社だった。
会社の事部が、本の携帯ではなく自宅の固定話に、それも妻宛てに連絡を入れてくる。それは、会社側が健太の休職に対して何らかの疑を抱き始めていることをしていた。
佐織は呼吸をし、指定された番号へダイヤルした。
「お話代わりました、事部の松永です。奥様、お忙しいところ恐れ入ります」
「いえ、主の件で何か問題でもございましたでしょうか」
松永は慎に言葉を選びながら、本題を切りしてきた。
「実は……健太様から提されている休職延の診断について、産業医を交えて確認をっているのですが、先週、部の方からし気になる報提供がございましてね。
広告
健太様が都内の商業施設で、介助なしで元気に歩されている姿を見かけたという内容でした」
佐織の臓が激しく脈打った。すでに会社のにまで入っていたのだ。
「当社としても、社員の健康状態を正しく把握し、適切な復職支援をいたいと考えております。奥様から見て、健太様のご自宅でのご様子はいかがでしょうか。常活において、介助はどの程度必とされている状態ですか」
真実を隠して夫を庇うことは容易だった。「まだがかかります」と言答えれば、当面の追及は逃れられたかもしれない。
しかし、佐織は嘘をねることを拒絶した。夫の正に加担することは、巡り巡って自分自のをも破滅へ連れにすることをしていた。
「……松永様、正直にお話しいたします」佐織は静かに告げた。「主は、3週の診察の段階で、医師から内での自由歩の許を得ておりました。私自、先週末に主が介助なしで普通に歩いている姿を目撃しております」
話の松永が、息を呑む気配が伝わってきた。
「……様でございますか。奥様、勇気あるご証言をありがとうございます。実は、健太様が関与している疑いのある別の案件についても調査をめておりまして……いうちに、正式な面談のを設けさせていただくことになるかといます」
話を切った、佐織は膝のに置いた両をく握りしめた。
広告
おすすめ作品
-
完結第26話
特上寿司と、消えた妻の半年
3月31日22時、激務を終えて帰宅した私の席にあったのは、冷え切った白米一杯だけだった。目の前で1万8900円の特上寿司を頬張る夫と義母は、「反省したらおかずをあげる」と大笑いする。家計の大半を私が支えているにもかかわらず、9ヶ月間も「罰」として食事を奪われ、夫は横で嘲笑っていた。だが二人は知らない。私が半年かけて集めた出前明細の履歴と、義母が隠し持っていた一枚の申告書の存在を。「じゃあ、外で食べてきます」――二度と振り返らずにドアを閉めた夜、経理の私が仕掛けた冷徹な清算が幕を開ける。嫁姑|夫婦4.0万字5 418 -
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 609 -
完結第16話
十字の紙片と売られた生家
「母さん、老人ホームに入れ。この家も売る」息子夫婦はカナダ移住を前に、相場の半値以下の査定書と山奥の隔離施設のパンフレットを突きつけてきた。共働きで多忙な彼らに代わり、十年間孫娘を育て上げ、遺産から数百万円を用立ててきた私への仕打ちがこれだった。絶望に沈む私の手に、高校生の孫娘が震えながら押し込んだのは、固く折られた「十文字のチラシの紙片」。「明日の朝までに、実印と通帳は絶対に渡さないで」。深夜二時、一人で開いたその紙には、全てを覆す戦慄の計画が記されていた。私は仏壇の隠し金庫に手を伸ばし――。祖父母と孫|介護2.4万字5 426 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 199 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 2748 -
完結第14話
月二十五万を貪る偽装役員一家の転落
外資系コンサルティングファームで働く小笠原萌子は、お見合いで大手企業勤務のエリート・東野広夢と結婚した。しかし新婚早々、夫の経歴が全て嘘で、定職すら就いていない無職だと発覚する。さらに広夢は「大企業の役員に抜擢された」と両親に大嘘を吹き込み、見栄を張る義父母は都心のタワマン家賃二十五万円や、百万円の旅行代を萌子の給料から平然と搾取し始めた。夫の度重なる深夜帰宅に不審を抱いた萌子が財布を探ると、そこには見知らぬ甘い香りと、黒地に金箔押しされた高級シティホテルの会員カードが。探偵の分厚い報告書によって夫のキャバクラ通いと裏切りが露呈したとき、萌子は離婚を決意する。だが、金の蛇口を止められた元夫と義家族の強欲は暴走し、SNSでの悪質なデマ拡散、そして新居への土足侵入へとエスカレートしていく。すべてを奪おうとする寄生虫たちに、萌子が下す冷徹な鉄槌とは――。嫁姑|夫婦2.4万字5 695 -
完結第11話
「子どもを産めない」と捨てられた妻の逆転
結婚前は優しく誠実だった夫・誠。 しかし結婚後、彼の本性は少しずつ姿を現していった。 子どもを望めない妻を「役立たず」と罵り、家では暴言を浴びせながら、自分は若い女性との時間を楽しむ。 かな子は「自分が悪いのだ」と耐え続け、愛した人との生活を守ろうとしていた。 だが、ある夜、夫の裏切りを示す決定的な証拠を見つける。 そして離婚を決意したかな子のもとに、長年知らされていなかった父からの連絡が届く。 そこで明かされたのは、彼女自身も知らなかった巨大な財産と、人生をやり直すための力だった。 すべてを失ったと思っていた妻が、実は何も持たない弱者ではなかったと知った時――。 誠の傲慢な要求と、隠されていた真実が次々と崩れ始める。 愛だと信じた結婚の終わりから、かな子の本当の人生が始まる。夫婦|第二の人生|不倫1.6万字5 397 -
完結第32話
不妊を理由に別れた元妻が、機内で双子を抱いていた
5年前、妻・小百合に「ほぼ不妊」という診断が下された瞬間、俺は後継ぎを求める父の言葉に従い、彼女へ離婚届を突きつけた。あの選択は正しかった――そう信じて生きてきた俺の前に、ファーストクラスで小百合と、自分に瓜二つの幼い双子が現れる。 真相を追ううち、俺は恐ろしい事実に辿り着く。不妊診断そのものが偽りであり、小百合は両親まで脅され、何も言えないまま俺の前から消えていた。そして、その全てを裏で仕組んだのは、俺が誰より尊敬してきた父だった。 さらに、本当に問題を抱えていたのは小百合ではなく俺自身で、双子は離婚直前に宿った俺の子供だと判明する。 妻を捨て、子供たちの5年間まで奪ってしまった俺は、もう父の作った「正しい人生」に従うつもりはない。失った家族と向き合い、父が守り続けてきた巨大な権力と秘密に、自分の手で決着をつけると決めた――。夫婦|熟年離婚4.9万字5 8453