"薬を忘れて戻ると、「歩けない」夫が立っていた" 第13話
インクが乾くのを見つめながら、佐織はので、あのすりガラスの向こうで軽に歩いていた夫の姿を、完全に過の記憶の彼方へと葬りった。
12の初旬、どんよりとした曇りの空の、佐織はかつて健太と暮らした郊のマンションのにっていた。
今は、マンションの引き渡しに向けた財具の搬だった。荷物の半は専の引き取り業者がすでに運びしており、がらんとしたリビングには、たいの隙が吹き抜けていた。
佐織が最の確認を終えて玄関へ向かうと、エントランスのにまった台の型落ちの軽自から、見覚えのあるがりてきた。
義母の数枝だった。
わずかヶのに、彼女の姿は見るもなくやつれ果てていた。髪が気に増え、背はさく丸まり、かつて佐織を値踏みするように見つめていたあの尊な差しは、怯えと疲労に濁っていた。
「……佐織さん」
数枝は掠れた声で呼びかけ、おぼつかない取りで歩み寄ってきた。
「お義母様。何か忘れ物でしょうか。ここにある財は、に基づきすべて処分または買い取り業者に引き渡すことになっていますが」
佐織のを交えない徹な声に、数枝はびくりと肩を竦ませ、両をで揉みしだいた。
「ち、違うのよ……健太の、健太の荷物のに……どうしても探してほしいものがあって……」
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「健太さんの私物は、弁護士を通じて留置施設へ送る段ボール箱分を除き、すべて契約通り処分業者に渡しました。リストはそちらの代理にも送付済みです」
「そ、そんな……! 健太が事にしていた計やゴルフバッグまで……! しは元に残してくれたっていいじゃないの!」
数枝の声に、かつての勝な甘えが微かに滲みた。
佐織は静かに線を向け、歩踏みした。
「お義母様、まだご理解されていないのですか? 健太さんが犯した背任と詐欺によって、会社が被った被害総額は千万円を超えているのですよ。あなたがを担保にしてかき集めたなど、その部の弁済に消えただけです。私物はすべて換価され、賠償の部に充てられるのが当然の法続きです」
数枝は息を呑み、力なく唇を震わせた。
「あの子……留置ので、毎泣いているのよ。『佐織に会いたい』『佐織に謝りたい』って……面会に来てくれと、弁護士の先にすがりついて……」
「会う理由はありません」佐織は即座に言い放った。「彼が泣いているのは、私に申し訳ないからではありません。自由を奪われ、自分の都のいい活が崩壊したことを嘆いているだけです。もし本当に反省しているのなら、法廷で自らの罪をすべて認め、科された刑罰を黙って受けるべきです」
数枝はそのに崩れ落ちるように膝をつき、アスファルトにをついた。
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「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……! 私が……私が健太を駄目にしてしまったのね……! お願いだから、あの子を許してやって……!」
たい面に額を擦り付けて号泣する老女を見ろしながら、佐織のには、憎しみもれみも湧いてこなかった。
ただ、乾いたが吹き抜けていくような、圧倒な虚無があるだけだった。
「お義母様、ちがってください。所の目があります」
佐織はを貸すことなく、静かに告げた。
「私はもう、あなた方の族ではありません。今限りで、度とお会いすることはありません。……どうぞ、ご自分のお体だけはお事になさってください」
佐織は踵を返し、迎えに待たせていたタクシーのドアをけた。
背から数枝のすすり泣く声が追いかけてきたが、佐織は度も振り返ることはなかった。
がりし、バックミラーのでさくなっていくマンションの姿を見つめながら、佐織はく、息を吸い込んだ。
助席の窓をけると、凛としたの気が頬を打った。それは凍えるようにたかったが、どこまでも清純で、淀みのない自由の匂いがしていた。
がけ、1の澄み切った青空が広がる曜の午。
佐織は、都内の町にしく借りた1LDKのアパートのダイニングで、淹れたての煎りコーヒーを片に窓のを眺めていた。
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