"社長夫人と平社員の妻" 第5話
父がくなってから、度も封を切らずに保管していたものだ。 に入っている株券の保管証と名簿の写し。そこに記された数字は、この会社の全発株式の実に「割」。
私は、父からすべての遺産を相続した、この会社の「株主」だった。 臨株主総会を招集し、その議決権を使すれば、社をそののうちに解任することなど、私で容易に実できたのだ。
「俺の元の控えも、すべて揃ってる」 夫がビジネスバッグから黒いファイルを取りし、から領収と伝票のコピーの束を、封筒の隣に並べた。
先代がくなった、の功績を考慮されて社の子に座ったのが、麗華の夫である藤崎邦彦だった。 だが、社に就任したそのから、邦彦は会社の資産を私利私欲のためにかし始めた。 実態のない幽霊会社への謎の業務委託費、架空のコンサルティング料、増しされた仕入れ請求――。 現の製造ラインと資材管理を担当していた夫の目は、その正の数々を、枚たりとも見逃していなかったのだ。
「の入記録とも突きわせた。数字も、付も、契約の偽造の痕跡も、言い逃れは絶対にできない」 夫が資料の束を指先で叩いた。 「あなた……それでも私、ずっとかずにいたのよ。父が命を削って育てた会社だから、を塗りたくなかった。
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『これなら度だけなら』とえる、踏みとどまるを待っていたの」 「その度が、今だったんだな」 「ええ。髪を掴まれたあの瞬、私の背が完全に押されたの。もう、待たないわ。証拠も、株も、私たちののにある。総会をいて、あのを社の子から引きずりろすわ」 「ああ。俺も、最までおの隣にいる」
翌朝、父の代から以にわたって会社の顧問を務めてきたベテラン弁護士に、自宅までを運んでもらった。 居のテーブルに広げられた伝票の束に、弁護士は静かに老鏡を当てた。
「……これを見ていただけますか。主が現で控えていた記録です」 弁護士は付と額の並びを追うにつれ、顔を険しくしていった。そして、最までめくり終えると、鏡をし、いため息をついた。 「先代がきておられたら、決してこのような惨状にはならなかったでしょうな」 「株主総会をき、社の解任議案を諮りたいのです」 私が告げると、弁護士はく頷いた。 「議決権の割を保しておられる遥さんのお名であれば、会社法第百条に基づき、いつでも単独で総会の招集を請求できます。請求がなされれば、取締役会は招集続きを拒否することはできません」 「通は、どこまで届きますか?」 「招集通は、すべての役員および全株主へ送付されます。
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請求には、議題である『代表取締役社藤崎邦彦解任の件』と、請求であるあなたのお名が、字句そのまま記載されます」 「構いません。私の名でしてください。……総会までは、どれくらいかかりますか?」 「請求から週以内のを、総会期として指定することになります。直ちに続きに入りましょう」
私の名で正式に作成された臨株主総会招集請求。 そこには、議案として『代表取締役社解任の件』、そして請求者として『遥』の文字が、墨黒々と刻み込まれた。
それから数の、肌寒い夜のことだった。 夕の洗い物を終え、台所の照を落とした、壁の掛け計はすでに夜のを回っていた。 表のたい夜の音に混じって、ピンポーン、と玄関のチャイムが激しく鳴り響いた。
インターホンのモニターを覗くと、そこには青ざめた顔でち尽くす藤崎邦彦の姿があった。そしてその隣には、夫に無理やり腕を引っ張られ、コートの襟を掻き抱いて震えている麗華がいた。
玄関の扉をけると、気が元をすり抜けていく。 邦彦は、私の名が記されたあの招集請求の用を両で握りしめ、幽霊のように蒼な顔を歪めていた。
「夜分に……夜分に突然、申し訳ございません!」 邦彦の声は、みっともないほど震えていた。を持つ指先が、刻みにガタガタと音をてている。
「この……この請求を受け取りました。差は遥さん……うちの製造ラインにいる健君の奥様だと、すぐに分かりました……」
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