"社長夫人と平社員の妻" 第12話
夫は世しなかった。 役職にも就かず、これからも現で汗を流す、ただの般社員のままだ。 けれど――その夫の誠実な目が、正を見抜き、父が命懸けで遺した会社を、真ので守り抜いたのだ。
社をたところで、私はの澄み切った空を見げた。 乾いたが吹き抜け、庭のツツジの植え込みがサラサラと揺れる。
「……お父さん。会社は、ちゃんと守ったわよ」
声にして呟くと、たいが度だけ私の頬を優しく撫でて、通り過ぎていった。
それからしばらくのが流れたの初め、子供の学の保護者会で、かつて麗華の取り巻きのだった母親から、藤崎夫婦のそのの消息をにする会があった。
方の見らぬへ引っ越したあとも、体制の会社から邦彦に対する千万円の損害賠償請求は、厳格に続いているという。 社という社会位も、広々とした社宅も、かけて築いた脈も、彼らはすべて放した。 般の再就職先で得られる細々とした与では、かかっても到底完済できない巨額の負債が、あのの活のに、今も鉛のようにくのしかかり続けているのだ。
先代が血を注いで築いた会社で、のを湯のように使い、好き勝に振るうことができた贅沢な々など、もう世界のどこを探しても残っていない。
広告
麗華は、しい引っ越し先でも、域のコミュニティや学の保護者の輪に入り込もうと必になっているらしい。 初対面の々に対し、「昔はきな会社の社夫だった」「ファーストクラスで旅へった」と、過の栄華を必に語って聞かせているのだという。 だが、現のなりや慎ましいアパート暮らしを見れば、周囲の反応がややかな苦笑と同に終わるのは当然のことだった。誰として、彼女を敬う者などいない。
かつてのように、を見し、奴隷と呼んで嘲笑っていられたあの所は、もう度と彼女のに戻ってくることはないのだ。
自分が体、誰に対して、何をったのか。 あのは、自分の破滅の本当の引きが何であったのかを、最まで理解していなかったのかもしれない。
けれど、を踏みにじって笑ったが、今、奈落の底にっているという現実。 それは誰かが個なみで報復を与えたからではない。 自ら撒き散らした悪と傲が、因果応報という当たりの法則に従って、自らの首を絞めただけに過ぎないのだ。
私はその噂話を、ただ静かに、相槌を打つこともなく聞き終えた。 私のには、復讐を遂げたびも、れな者への憐憫も、何つ残っていなかった。
曜の朝。 カーテンをけ放つと、の柔らかな差しが、ベランダのコンクリートをく照らししていた。
広告
季節は巡り、朝顔の青いはとうにその役目を終え、茶く実った無数の種を宿した細い蔓が、支柱にしっかりと巻きついている。 ベランダでは、夫と娘が並んでしゃがみ込み、乾燥した実をつずつ丁寧に指先で割って、黒い種を集める作業をしていた。
「お父さん、見て! つの実から、種が個もてきたよ!」 「おお、収穫だな。来のは、今よりもっとたくさんのが咲くぞ」
娘が誇らしげにのひらを広げて見せると、夫の作業着の袖を引っ張った。 夫もまた、娘とまったく同じ形の目尻をげて、くしゃりと笑いかける。
私は台所で湯気のつやかんにを止め、しれたガラス戸越しに、そのつのおしい背を静かに眺めていた。
父が残してくれた会社は、実直で誠実なしい経営陣のもとで、再び静かに、正しく回り始めている。 夫はこれまでと何つ変わることなく、毎朝、油の染みた作業着に袖を通し、「ってくる」と笑って現へと向かっていく。
あの、あの宴会で起きた悪のような来事のことを、こののでにする者は、もう誰もいない。
「お茶が入ったわよ」
私が声をかけると、ベランダのが同にこちらを振り返り、満面の笑みを浮かべた。
飾り気のない、どこにでもある慎ましい暮らし。 けれど――この温かな朝のと、の笑顔こそが、私が命を賭して守りたかった、かけがえのない宝物なのだ。
そして今、それは何つ傷つくことなく、確かにここにり続けている。
広告
おすすめ作品
-
完結第22話
側溝の底のGPS
六年前に娘を事故で亡くし、近所から「不注意な母親」と後ろ指を指されながら暮らしてきた私。ある朝、向かいの名士宅との境界にある側溝の泥から、泥まみれの「娘の見守りGPS」を掘り出した。壊れた端末のログを開くと、六年間、豪雨の深夜になるたび、向かいの家のWi-Fiと通信を繰り返していた。問い詰めた夫が無言で開けた物置には、壁一面に貼られた隣家の行動記録と、五年間密かに改造されていた配管図面があった。ミステリー|因果応報|裡切られた|真相3.3万字5 22 -
完結第11話
五十万円の便利妻
義父の四十九日を終えた日曜の朝、商社の係長へ昇進した夫から緑の離婚届を突きつけられた。「腰を壊したお前は出世の邪魔。手切れ金50万で出て行け」。4年間、排泄の世話まで一人で背負い続けた私を、夫は「無償の介護要員」として切り捨てたのだ。愛人とタワマンへ移る気満々の夫。だが、冷え切った私の手元には、四年間の一切を記した【介護日誌】と、義母から託された反撃の鍵が握られていた。因果応報|裡切られた|介護|金銭問題|不倫1.7万字5 14 -
完結第22話
恩人弁護士の不可解な書類
満員電車の切り取り動画で炎上し、派遣先を不当解雇された私を、着手金ゼロで救ってくれたのは小さな事務所の弁護士だった。彼の尽力で示談を勝ち取り日常を取り戻した二ヶ月後、私は元上司のパワハラを訴えた見知らぬ後輩の裁判資料を目にする。そこには、私が弁護士の相談室で泣きながら話したはずの告白が、そのまま証拠として並んでいた。震える手で開いたその裁判記録の送達先には、私を救った恩人弁護士の事務所名が記されていた。職場逆転|因果応報|裡切られた|怒り3.4万字5 228 -
完結第10話
月給22万円の「給料泥棒」と50億円のAI
「首にしとくから一生寝とけ。高卒の給料泥棒が」――交通事故で全身に重傷を負い、病室に運ばれた私・み月りんへ届いたのは、8年間耐えてきた上司・気藤からの非情なメッセージだった。難病の母の治療費を払うため、月給22万円でも「無能」と罵られながら働き続けてきた私。だが会社の誰も知らなかった。顧客管理、会計、在庫を結ぶ基幹システムを一人で設計し、独自AIを開発、20件以上の特許まで持つ本当の実力を。しかも気藤は、その成果を自分の手柄として奪い続けていた。もう十分だ。私は病室から「本日付けで退職します」とだけ返信し、会社との連絡をすべて断つ。翌朝、社内の全システムが機能しなくなり、誰一人として復旧できない事態に。そこで初めて会社は、自分たちが“給料泥棒”と嘲った女性が何を支えていたのかを思い知ることになる――。職場逆転1.6万字5 1272 -
完結第14話
年商一兆円の父にワインをかけた婚約者
創業家の御曹司との顔合わせ当日。ボロ車で駆けつけた私の父を見た義母は、「貧乏人の娘が」と父の頭から赤ワインを浴びせかけた。婚約者も冷笑し、父を詐欺師呼ばわりしてロビーで土下座を迫る始末。 だが、父は一言も取り乱さず、静かにワインを拭った。 「この縁談はなかったことに」 指輪を投げ返し、父の向かった先は日本中が恐れる巨大財閥の最上階。傲慢な親子が信じていた“金と権力のルール”で、静かな断罪劇が幕を開ける。因果応報|人生逆転|金銭問題|修羅場2.1万字5 40 -
完結第12話
午前五時の朝餉
母・加奈子を理不尽に追い出して七日目の朝。二重ロックで施錠されたはずの台所で、炊飯器のランプが黄色く灯っていた。「保温:28分」。蓋を開けると、湯気を立てる筍ご飯と、包丁立てから消えた一番重い三徳包丁。電源を抜いても、暗証番号を変えても、毎朝午前五時に届き続ける温かい米。やがて米の底から現れた“ある金属片”を境に、父と祖母の顔から血の気が引いていく。母はどこから入り、この家で何を見つめているのか。因果応報|嫁姑|真実|修羅場1.8万字5 857