"解雇された職人が未明に餡を練る" 第20話
背筋を真っ直ぐに伸ばし、いつもの凛とした「柳堂の女将」の顔だった。
そして、その帳机の脇の壁には、枚のが堂々と貼りされていた。
『柳堂 閉のおらせ 創業周の本をもちまして、当はすべての営業を終いたします』
列の先にいた茶葉の主が、その張りを見て息を呑んだ。 そして、帳の奥――作業から、来ての菓子折を運んできた物を見て、さらに目を丸くした。
「佐野さん……!?」
藤子さんは、満面の笑みで「ね」の箱を帳へと渡した。
「おはようございます、ご主。らくお待たせしました」
「おさん……クビになったんじゃなかったのかい!? それに、健太くん、その腕……」
「お恥ずかしいところをお見せしました」
作業の引き戸の脇から、健太さんが歩にて、々とをげた。
「昨夜、僕が際でをしてしまいまして。の皆様にはご配をおかけしました。……そして、僕の力のせいで、周をもってを畳むことになりました。本当に、申し訳ありません」
健太さんの言葉は、はっきりとしていた。恥じ入るでもなく、卑屈になるでもなく、ただ自分の選んだ現実を、誠実にの々に伝える声だった。
客たちは、言葉を失って張りと、子さんと、藤子さんと、健太さんを交互に見つめていた。 やがて、茶葉の主が、ふうっとい息を吐きした。
広告
「……そうかい。畳むのかい」
主は財布から千円札を取りし、机のに置いた。
「寂しくなるねえ。でも……奥様、よくここまででやってきたよ。健太くんも、派な腕の怪だ。逃げずに最まで鍋のにった証拠だよ。……箱、包んでおくれ。ありがたくいただくよ」
「ありがとうございます」
子さんがくをげ、丁寧に菓子折を包んで渡した。
そのあとの数は、まるでのように過ぎていった。 用された箱の特注菓子は、もしないうちに完売した。 だが、客は途絶えなかった。 「噂を聞いてんできた」「最に奥様の顔を見に来た」と、所の々が次々と訪れ、空っぽになったショーケースので、い話を語りっていった。
誰も子さんを責めなかった。 誰も健太さんを役たずとなじらなかった。 「お疲れ様でした」「い、美しいお菓子をありがとう」 その温かい言葉が注がれるたびに、子さんは何度も、何度もをげ、その目から涙を零していた。
午。 最のお客様を送りし、表の簾をろした。
静まり返った内で、はがりの座敷に腰をろした。 机のには、自分たちのために残しておいた最のつの「ね」と、淹れたての温かい緑茶。
「美咲さん、お茶をありがとう」
子さんがお茶を啜り、ふうと息をついた。
広告
その顔には、彼女の眉に刻まれていたい皺が、綺麗に消えっていた。
「……健太。には、仙台へ戻りなさい」
子さんが静かに言った。
「腕が治るまでは、無理をしちゃいけないよ。でも、向こうの会社にをげて、もう度雇ってもらえないか聞いてごらん。……おの居所は、あのにあるんだから」
健太さんは、自分の包帯の巻かれた腕を見つめ、それから力く頷いた。
「うん。……当たって砕けてみるよ。駄目なら、別の物流会社を探す。俺、やっぱりトラックがるのを見るのが好きなんだ」
「ああ。それがいい」
子さんは微笑み、そして隣に座る藤子さんを見た。
「佐野さん。……退職、し待っておくれよ。の設備を理して、の算段がついたら、ちゃんとした額を振り込むからね」
「何言ってるんですか、奥様」
藤子さんは笑いながら、自分の菓子をに運んだ。
「退職なんて、ある分だけで分ですよ。それより、私にしばらくその厨を使わせてくださいよ。所の子どもたち集めて、お菓子教でもやろうかしら。賃料くらいは払いますから」
「ふん、誰が取るかい。使い倒して油で汚れた厨だよ。好きなだけ使いなさい」
が顔を見わせて、クスリと笑いった。
その景を見つめながら、私は自分の胸の奥が、温かいで満たされていくのをじていた。
業が終わることは、破滅ではなかった。 誰もが自分のを取り戻すための、痛みを伴う、しかし必然の「脱皮」
広告
おすすめ作品
-
完結第19話
母の葬儀を拒んだ叔父と、消えた教育資金350万円
母を突然失った18歳のまほは、葬儀の方法すら分からず父方の本家へ助けを求める。しかし叔父・正尾は「最後まで自分たちだけでやれ」と突き放し、亡き母まで恩知らずだと罵った。 それから15年、まほは苦学の末にIT企業を立ち上げ、約300人を率いる社長へ成長する。そこへ会社が傾いた正尾が現れ、自分の息子・優と娘・沙耶を「親戚だから」と縁故採用するよう要求。だがまほは「親戚枠も縁故枠もない」と公平な選考を突きつける。 やがて従兄妹が本家の納戸から発見したのは、母が祖父母へ何年も仕送りを続けていた証拠と、父がまほの大学進学のために残した約350万円の信託預金だった。しかも、その金は叔父の会社口座へ流れていた。 15年間母を悪者にしてきた叔父の嘘が、ついに物証によって崩れ始める――。親子関係|金銭問題2.8万字5 270 -
完結第10話
クラウドが暴いた午前一時の密会
「23時には行く」 40度近い高熱で生後3ヶ月の息子と救急搬送された私を置き去りにし、夫は電話を20回鳴らしても無視し続けた。 眩しすぎる処置室で泣き叫ぶ我が子。深夜2時、現れない夫の代わりに訪れた児童相談所の車へ、私は震える手で息子を託した。 深夜3時40分、酒と女の香水を漂わせて現れた夫は「接待だ、児相なんて大袈裟だ!」と逆上。 だがその時、家族共有クラウドに次々と同期されたのは、21時15分の花火、そして深夜1時50分のホテルで浴衣姿の後輩社員と笑い合う自撮り写真だった――。 私は冷え切った指先で、弁護士へ一本の電話をかけた。夫婦|親子関係1.5万字5 264 -
完結第11話
豪邸を奪う義母と一枚の公正証書
「今日から同居ね。この一番大きな部屋でいいわよ」 庭付き一戸建てを購入した翌朝、引っ越し業者を引き連れた元義母が土足で新居に乗り込んできた。 中卒の元専業主婦と見下され、「不倫女」と理不尽に罵倒されるユイ。だが義母は知らなかった。その家はユイが自力で買い取ったもので、夫とは半年前に離婚済みだったことを。 「慰謝料代わりにこの家を寄越しなさい!」 逆上する義母の前に、ユイは一枚の「公正証書」を突きつける。 ある「不審なメモ」から暴かれた、夫と実の妹によるおぞましい裏切りとは――。 「この名前、誰だか分かりますか?」嫁姑|修羅場1.6万字5 447 -
完結第14話
余命3か月と嘘をついた夫は、離婚後の3000億円を知らない
夫・翔太から「すい臓がん末期で余命3か月」と告げられ、突然離婚を求められたゆい。だが診断書は偽物で、翔太には2年以上関係を続ける愛人・リナがいた。 ゆいは騙されたふりをして離婚に応じる。なぜなら父が残した信託には、婚姻関係が解消された瞬間、3000億円の一族資産が彼女へ移る条件が設定されていたからだ。 さらに翔太には会社資金約5000万円の横領まで発覚する。 莫大な資産を手にしたゆいは、父の顧問弁護士ハルトと共に元夫とその一族へ反撃を開始。ところが調査の果てに、翔太がゆいへ近づいた本当の理由が、20年以上前から続く両家の復讐にあったことを知る。 金と裏切りだけでは終わらない、父世代から仕組まれていた巨大な秘密が姿を現していく――。夫婦|修羅場|不倫2.2万字5 177 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 332 -
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 7037 -
完結第24話
銀2両で売られた盲目の花嫁
不作の年、盲目の竜児は、弟の嫁取り資金を欲しがる継母によって、恐ろしいと噂される山の猟師・陸炎山へ半ば売られるように嫁がされる。 ところが待っていたのは暴力ではなく、彼女を娘のように迎える姑と、「安心して暮らせるまで絶対に触れない」と約束する不器用で優しい夫だった。 薬屋で働いた経験を持つ竜児は、失明していても薬草を見分ける知識を生かし、炎山の狩りと力を合わせて貧しい一家の暮らしを立て直していく。 やがて名医から「治療できる可能性がある」と告げられ、失っていた視力にも希望が差し始める。 しかし陸家が豊かになるほど、金を狙う継母や炎山の過去に関わる女まで現れ、竜児の新しい家族と幸せを脅かし始める――。嫁姑|親子関係3.5万字5 374 -
完結第27話
月5000円を貯めて泊まった旅館で、妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り23万円の配送ドライバー・かずやは、毎月5000円を5年間貯め、妻・彩佳と10歳の娘・ゆいを初めての家族旅行へ連れていく。ところが山奥の旅館へ着いた瞬間、出迎えた老紳士は彩佳に深々と頭を下げ、「お嬢様、お帰りなさいませ」と告げた。 実は彩佳は、創業150年を超える老舗旅館の一人娘だった。 かつて父の勧めで結婚した夫は旅館の信用と財産を利用しようとし、離婚して幼いゆいを連れ戻った彩佳に対しても、父は娘の苦しみより「旅館の評判」を優先した。 それ以来、実家を離れ質素に生きてきた彼女は、5年越しの旅行を機にようやく過去と向き合う決意をする。突然明かされた妻の素性に戸惑うかずやだったが、「俺が家族になりたかったのは彩佳とゆいだ」と伝える。 そしてこの旅は、長く閉ざされていた親子3代の関係を大きく動かしていく――。夫婦|第二の人生|修羅場4.1万字5 1229 -
完結第19話
娘を冷凍倉庫に閉じ込めた男は、父の正体を知らない
銀行支店長のキム・ドフンは、妻を亡くして以来、高校生の娘ミンジを男手1つで育ててきた。争いを避け、どんな屈辱にも耐える平凡な父親――それが娘の知る姿だった。 しかしミンジは、権力者チュ会長の娘・ヘリから長期間いじめを受け、ついに夜の学校へおびき出され、瀕死の重傷を負わされる。父が手がかりを追い詰めた瞬間、彼の体に刻まれた無数の銃創と傷跡が露わになる。実はドフンは、北朝鮮から亡命後、韓国情報機関で数々の極秘任務を成功させた伝説の特殊工作員だった。 娘を守るため封印していた力を解放した彼は、裏社会を1人で追跡。しかしミンジはまだ生きたまま連れ去られ、やがて氷点下30度の冷凍コンテナへ閉じ込められてしまう。 しかも父娘を追うのは犯罪組織だけではない。ドフンの生存を知った北朝鮮からも、兄の仇を討つ最強の工作員が送り込まれていた――。親子関係2.9万字5 125