"一度も抱かれなかった娘" 第8話
度とこの件でがに関わるなと、面で誓約させてやる。
そう決しながら、私はスマートフォンの画面を握りしめ、浅い眠りに落ちた。
翌朝、咲良を保育園へ送り届けたで、私は駅の喫茶に入った。 午を回り、産科の般来が始まるを待って、緑町総病院へ話をかけた。
『はい、緑町総病院、産科来でございます』 「助産師の望さんをお願いします。昨伺った、相原です」
私のえ切った声に、話の護師は瞬息を呑み、「々お待ちください」と保留音に切り替えた。 数秒、昨と同じ、あの落ち着き払った声が受話器から流れてきた。
『お話代わりました。望です。相原様、昨はお疲れ様でした。何か類に備でもございましたか』
その平然とした物言いに、私の血管が逆流するようなりを覚えた。
「望さん、あなたに厳に抗議するために話しました」 私は周囲に聞こえないよう、押し殺した声で告げた。 「昨あなたが私に渡したものは、がの平穏を著しく害しています。娘が……咲良が、あのハンカチを見ました。余計な揺を与えられたんです」
『……咲良ちゃんが、ご覧になったのですね』 望の声には、驚きも揺もなかった。ただ、静かに事態を受け止めるようながあった。
「ええ、そうです! 妻が失踪したという事実だけで、私たちはこの、分に苦しんできました。
広告
男つでどれだけ苦労して娘を育ててきたか、あなたに分かりますか? それを今さら、過の類を持ちしてきて、母親の未練を匂わせるような真似をして……何の嫌がらせですか」
『嫌がらせなどではありません』 望は、を荒らげることなく、極めて瞭に答えた。 『昨も申しげましたが、あれは院内の規定に基づく正式な保管物の返却です。そして、何より……』
「何より、何です?」
『のあの夜、私たち医療従事者が目撃した事実と、相原様が警察にお話しになった内容とのに、あまりにもきな乖があったからです。私たちは当、警察の事聴取に対し、業務の守秘義務と相原様からのい請により、ち入った証言を控える形になってしまいました。ですが、あの類が保管庫からてきたとき、当の記録を改めて確認いたしました。このまま黙って破棄することは、私たちの職責としても、のとしてもできないと判断したのです』
「職責? ただの自己満だろう!」 私はテーブルを指先でく叩いた。 「いいですか、望さん。警察はすでにに捜査を終えているんです。事件性はないと判断されたんです。部者のあなたが、今さら蒸し返すことじゃない! 病院に直訴してもいいんですよ。個報の管理体制と、患者遺族への精神苦痛について、弁護士をてて訴訟を起こすことだってできるんだ!」
広告
私が激昂して脅しをかけても、望助産師の態度は微だにしなかった。 受話器の向こうで、彼女がく息を吸い込む音が聞こえた。
『相原様。訴訟を起こされるのであれば、当院としては法廷で当の全ての護記録を示するまでです』
その徹な宣告に、私の息が止まった。
『護記録には、詳細なタイムラインが残されております』 望の声が、く、く、私の鼓膜を震わせる。 『、午分。あなたが奥様を病へ押し戻し、母子同の拒否にサインをされた。午過ぎのことです。奥様は、産のい貧血で倒れそうになりながら、うようにして再びナースステーションのまで来られました』
「……な……」
『奥様は、靴も履いていらっしゃいませんでした。点滴の針を自分で引き抜き、腕から血を流しながら、廊に膝をついて泣いていらっしゃいました』 望の語りは、まるでそのにの景を再現するように鮮だった。 『「お願いです」と、奥様は両をわせて私たちに懇願されました。「度でいいから、あの子のにおいを嗅がせてください。顔を見るだけでいいんです。連れてけとは言いません。度だけ抱かせてくれたら、私、諦めてでていきますから」と』
ので、スマートフォンが軋んだ。 らなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 0 -
完結第24話
妻の手術翌朝、七通の解約通知
妻が胆嚢ポリープの手術で入院した日、私は仕事を優先し「自分で処理しろ」と見舞いを断った。だが翌朝、私の携帯にマンションの駐車場、クレジットカード、父のデイサービスを含む七通の解約通知が立て続けに届く。カードは店頭で弾かれ、ビルのゲート前で立ち往生した私は、妻の報復を確信して病室のドアを乱暴に開けた。点滴に繋がれた妻は、今すぐ元に戻せと詰め寄る私の目の前で、スマートフォンの画面を静かに伏せた。怒り|夫婦|介護|修羅場3.7万字5 0 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 0 -
完結第25話
義母の合鍵が入らない
結婚五年目、情緒不安定を理由に義母に家の合鍵を預けさせられた。夫は母を庇い、私に我慢を重ねるよう笑って求めた。義母の無断侵入は続き、私の大切な机まで雨のベランダへ放り出されたが、私は一度も怒鳴らなかった。一ヶ月後、いつものように合鍵で入ろうとした義母の前に現れたのは、鍵穴すら存在しない最新の電子錠だった。激怒して電話をかけてきた義母に対し、今まで母に逆らったことのなかった夫が「僕が鍵を変えた」と告げた。嫁姑|夫婦|親子関係|修羅場3.8万字5 0 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 0 -
完結第18話
診察室に入れなかった私
妊娠七ヶ月、甲斐甲斐しく尽くす夫の言葉に従い、私は毎回待合室で温かい茶を飲んで待っていた。「異常なし」と笑う夫を疑ったことはない。だが夫が仕事で不在となり、初めて一人で診察室に入ると、医師は冷徹な面持ちで私を見据えた。向けられたパソコンの画面には、私が頑なに治療を拒み、夫が必死に説得したという記録が三回連続で並んでいた。その三回とも、私は一度も診察室に足を踏み入れていない。裡切られた|夫婦|裡の顔|修羅場2.8万字5 0 -
完結第21話
解雇された職人が未明に餡を練る
創業五十周年を控えた和菓子屋で働く私は、常連客の前で二十五年尽くした職人が店主に突然解雇される場に居合わせた。跡を継ぐため会社を辞めて戻った一人息子がいるものの、看板である漉し餡の技術はまだ誰にも継がれていない。店が立ち行かなくなると焦った私が翌朝四時に店へ駆け込むと、暗い厨房で追い出されたはずの職人が大鍋を振っていた。仕上がった餡を前に、朝一番に出勤した店主は無言で味見の木さじを口へ運んだ。裡切られた|親不孝|親子関係|修羅場3.2万字5 0 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2460 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 557