"一度も抱かれなかった娘" 第15話
「もしもし!」
『あら、いじゃない。今、あなたの最寄り駅の改札をたところよ』 千の声は、驚くほど静だった。
「咲良は保育園にはいない! 私が連れした!」 私はち止まり、周囲の通を気にすることもなく鳴った。 「駅の、の喫茶にいろ。今すぐそっちへく。咲良には絶対に会わせない!」
話の向こうで、千がいため息をついた。 『……本当に、れなね。いいわよ。のルノアールにいるわ。く来なさい』
話が切れた。 私はスーツの着を乱し、喉を喘鳴させながら駅のロータリーへ駆け込んだ。
純喫茶のいガラス扉をけると、カランコロンとの抜けたベルが鳴った。 暗い内は、平の午ということもあって配の客が数いるだけだった。 タバコの煙と焙煎された珈琲の匂いが混ざりう空の最奥、窓際のボックス席に、その女は座っていた。
濃紺のトレンチコートを着た千だった。 代と変わらない、気のそうな切れの目。 その線が、汗だくになってち尽くす私を捉えた瞬、侮蔑のを隠そうともせずに細められた。
私は荒い呼吸をえながら、千の向かいの革張りのソファに乱暴に腰をろした。
「……荷物を渡せ」 番、私はく脅すように言った。 「おが持っている帳も、類も、全部だ。いくら欲しいんだ。
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を払ってもいい。全部置いて、度と私たちのに現れるな」
千は、目のに置かれたアイスティーのストローを指先で弄びながら、笑を浮かべた。
「お? ふふ……相変わらずね、俊さん。すべてを自分の都のいいルールと、おと、支配欲で片付けられるとっているの?」
「黙れ! おに何が分かる!」 私はを乗りし、テーブルに両をついた。 「私は、で咲良を育ててきたんだ! 夜にをせば救急病院へり、仕事でをげて勤務をし、周囲からどれだけろ指を指されようと、咲良のためにきてきたんだ! それを、あの女は何つしなかった! 病院から逃げし、音信通で、今さら何のだ! 母親面するなと茜に言え!」
私の激に満ちた叫びを、千は眉ひとつかさずに受け止めていた。 その静寂が、かえって私の神経を逆撫でする。
千はゆっくりとグラスを置き、元に置いていたきなキャンバストートバッグにを伸ばした。 から取りされたのは、分い角形2号の茶封筒だった。 表面には何の文字もない。ずっしりとしたみを持って、テーブルの央に置かれた。
「言ってごらんなさいよ」 千が、静かに、けれど氷のように鋭い声で言った。 「その言葉、このを全部読んだでも、咲良ちゃんので同じように言えるかしら」
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「……何だ、これは」
「茜がね、あなたと結婚してから、病院を逃げす直までき溜めていた記のコピーよ」 千は腕を組み、徹な差しで私を見据えた。 「原本は、弁護士の先に預けてあるわ。あなたが燃やしたり破いたりしても無駄よ。……さあ、見なさいよ。『派な父親』さん。あなたがどれだけ残酷な牢獄をあの子にいていたか、いさせてあげる」
封筒のは留められていなかった。 から覗いていたのは、何枚にも及ぶA4の複写用と、冊のい学ノートだった。
私は唾をみ込み、震える指先でその束を引き抜いた。
番のページに、見慣れた、細く震えるような茜の跡があった。 付は、今から。咲良を妊娠したことが分かった直のものだった。
『。 今、産婦科で陽性反応がた。赤ちゃんが私のお腹に来てくれた。嬉しくて涙が止まらなかった。 夜、俊さんに報告した。俊さんは笑ってくれたけれど、そのにこう言った。 「これでおも、フラフラ歩けなくなるな。無駄遣いもしないように、計簿を毎俺に見せろ。レシートは円単位で残せよ」 冗談めかしていたけれど、俊さんの目は笑っていなかった。 どうしてだろう。おめでとう、と抱きしめて欲しかっただけなのに、胸の奥がひやりとたくなった』
私の胸の奥が、ぎくりとねた。
違う。 あれは、これから子どもにおがかかるから、無駄遣いを防ぐために夫として当然の管理を……。
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