"一度も抱かれなかった娘" 第20話
「咲良……?」
私は息をえながら、恐る恐る園内にを踏み入れた。 元の砂利がジャリと音をてる。
誰もいないように見えた。 鉄棒、古びたジャングルジム、朽ちかけたベンチ。 やはりここではないのかと、絶望が胃の底をたく締めげた、そのだった。
園の隅にある、プラスチック製の緑の滑り台。 そのトンネル状になった登りの真、コンクリートの支柱と滑り台のがなるわずかな窪みに、さな塊があった。
息が止まった。
ピンクのスニーカー。 に汚れたさな靴が、砂利のに揃えて置かれていた。 そのすぐ奥のたい面のに、咲良がいた。
体育座りのようにさな膝を抱え込み、をく埋めて、震えていた。 両には、あの汚れたいガーゼハンカチが、ぎゅうぎゅうに握りしめられていた。
「……咲良」
声が震えて、掠れた息しかなかった。 私は膝から崩れ落ちるようにして、砂利のに両膝をついた。 ズボンの布を通して、のたいの湿り気が皮膚に染み込んでくる。
私の音に気づいたのか、さな体がびくりとねた。 咲良が、ゆっくりと顔をげた。
その顔を見た瞬、私の胸の奥で何かが音をてて決壊した。
咲良のさな頬は、涙と、そして砂埃でぐしゃぐしゃに汚れていた。 寒さのせいか、い唇がに震えている。
広告
泣き叫ぶこともせず、暗のでたった、声を殺して泣き続けていたのだ。
「……パパ」
掠れた、今にも消え入りそうな声だった。 咲良は私を見ると、怯えたようにを縮めた。 られるとったのだろう。勝にを抜けし、でこんなところへ来たことを、父親に激しく叱責されると怯えているのだ。
「咲良……よかった……ああ、よかった……!」
私は両を伸ばし、咲良のさな体を抱きしめようとした。 だが、その瞬、咲良はののガーゼハンカチを胸元にぎゅっと押し当て、私の腕から逃げるように、コンクリートの壁に背を擦りつけた。
その拒絶の仕が、私の臓を素で握りつぶされるような痛みを伴って貫いた。
「パパ……ごめんなさい」 咲良の瞳から、粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。 さな指先が、刺繍の「さくら」の文字を必に覆い隠すように握りしめられている。
「ごめんなさい……これ、パパのだいじな、おしごとのやつなのに……さくら、もってきちゃった……」
呼吸が苦しかった。 喉の奥が引き攣れて、言葉にならない嗚咽が漏れそうになる。 この子は、自分がられることを恐れながら、それでもこの布を放すことができなかったのだ。
「パパ……」 咲良はしゃくりげながら、震える声で私を見げた。 その瞳は、歳の幼児が抱えるにはあまりにもすぎる、絶望な孤独に濡れていた。
広告
「……ママ、さくらのこと、きらいだったの?」
胸の奥を、鈍器で殴られたような衝撃がった。
「さくらが……いい子にしてなかったから……? さくらがまれたから……ママ、どっかいっちゃったの?」
「違う……!」 私のから、鳴のような否定がびした。
だが、咲良のさな声は止まらなかった。 、この子の胸の底で澱のように溜まり続けていた、声にならない問いかけが、堰を切ったように溢れしていた。
「さくら……まれてこないほうが、よかった……? パパも、ママも……こまらせちゃうから……」
「違う! 違うんだ、咲良!」
私はたまらず、だらけの面に両をついた。 を面に擦りつけるようにして、泣き叫んだ。
「違うんだ……おは何も悪くない! 咲良は、何つ悪いことなんてしてないんだ!」
咲良が目を丸くして、呆然と私を見つめていた。 いつも厳格で、正しく、何でもっているはずの父親が、に塗れて涙を流している。 その異様な景に、娘は息を呑んでいた。
私は顔をげ、咲良の濡れた瞳をまっすぐに見つめた。 逃げてはいけない。 ここでまた嘘をねれば、私は本当にではなくなってしまう。 自分のプライドも、世体も、れで派な父親という虚飾の鎧も、すべてこののに脱ぎ捨てなければならなかった。
「咲良……パパを、見てくれ」 私は震える両で、咲良ので汚れたさなを、包み込むように握りしめた。
咲良のは、氷のようにたくなっていた。
「パパが……嘘をついていたんだ」
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
二千四百万の罠と偽りの解雇
「もう入らなくていい。本日付で解雇だ」 月曜の朝、ゲートで社員証を弾かれた私に、上司は冷酷に告げた。四年間心血を注いだ再生企画の責任者名を横取りされた翌日、手渡されたのは理由なき『解雇通知書』。 理不尽に追放されかけた私だったが、内部監査から突如、私名義で申請された「二千四百八十万円」もの不正稟議の存在を告げられる。 窮地に立たされた私を陥れた者たちは知らなかった。私が社内でただ「会長」と呼ぶ女性の正体と、消されたはずのサーバーに残る決定的な記録を――。 「では、神矢会長を呼んでください」 私が録音を開始したスマホを置いた時、役員フロアの空気が一変する。職場逆転|真相2.1万字5 1150 -
完結第19話
母の葬儀を拒んだ叔父と、消えた教育資金350万円
母を突然失った18歳のまほは、葬儀の方法すら分からず父方の本家へ助けを求める。しかし叔父・正尾は「最後まで自分たちだけでやれ」と突き放し、亡き母まで恩知らずだと罵った。 それから15年、まほは苦学の末にIT企業を立ち上げ、約300人を率いる社長へ成長する。そこへ会社が傾いた正尾が現れ、自分の息子・優と娘・沙耶を「親戚だから」と縁故採用するよう要求。だがまほは「親戚枠も縁故枠もない」と公平な選考を突きつける。 やがて従兄妹が本家の納戸から発見したのは、母が祖父母へ何年も仕送りを続けていた証拠と、父がまほの大学進学のために残した約350万円の信託預金だった。しかも、その金は叔父の会社口座へ流れていた。 15年間母を悪者にしてきた叔父の嘘が、ついに物証によって崩れ始める――。親子関係|金銭問題2.8万字5 270 -
完結第10話
クラウドが暴いた午前一時の密会
「23時には行く」 40度近い高熱で生後3ヶ月の息子と救急搬送された私を置き去りにし、夫は電話を20回鳴らしても無視し続けた。 眩しすぎる処置室で泣き叫ぶ我が子。深夜2時、現れない夫の代わりに訪れた児童相談所の車へ、私は震える手で息子を託した。 深夜3時40分、酒と女の香水を漂わせて現れた夫は「接待だ、児相なんて大袈裟だ!」と逆上。 だがその時、家族共有クラウドに次々と同期されたのは、21時15分の花火、そして深夜1時50分のホテルで浴衣姿の後輩社員と笑い合う自撮り写真だった――。 私は冷え切った指先で、弁護士へ一本の電話をかけた。夫婦|親子関係1.5万字5 264 -
完結第12話
離婚を知らずに生活費25万円を催促する夫
3年間無職の夫・浩司から毎月25万円を要求され続けてきた設計士の美保は、出張先のホテルで「振り込まなければ離婚する」と脅されながら、すでに役所で受け取った離婚届受理証明書を静かに見つめていた。 夫は愛人と豪遊し、義母まで共謀して、美保が亡き父から受け継いだ家の名義を書き換えようとしていた。美保は実印を密かに変更し、カードと生活費口座を停止。さらに3年間集めた不正利用、浮気、恐喝、名義変更計画の証拠を弁護士へ渡す。帰宅した彼女に夫は顧客資料を盾に300万円を要求するが、そのファイルは最初からダミーだった。 そして美保がテーブルへ置いた1枚の「離婚届受理証明書」を見た瞬間、自分たちが奪うはずだった家も金も、すでに手の届かないものになっていたと夫と義母は初めて知る――。夫婦|金銭問題1.8万字5 243 -
完結第14話
余命3か月と嘘をついた夫は、離婚後の3000億円を知らない
夫・翔太から「すい臓がん末期で余命3か月」と告げられ、突然離婚を求められたゆい。だが診断書は偽物で、翔太には2年以上関係を続ける愛人・リナがいた。 ゆいは騙されたふりをして離婚に応じる。なぜなら父が残した信託には、婚姻関係が解消された瞬間、3000億円の一族資産が彼女へ移る条件が設定されていたからだ。 さらに翔太には会社資金約5000万円の横領まで発覚する。 莫大な資産を手にしたゆいは、父の顧問弁護士ハルトと共に元夫とその一族へ反撃を開始。ところが調査の果てに、翔太がゆいへ近づいた本当の理由が、20年以上前から続く両家の復讐にあったことを知る。 金と裏切りだけでは終わらない、父世代から仕組まれていた巨大な秘密が姿を現していく――。夫婦|修羅場|不倫2.2万字5 177 -
完結第12話
八万八千円のスカーフと離婚届
ゴミ箱で見つかった高級スカーフ「八万八千円」のレシート。母の日に私へ渡されたのは、千五百円の安菓子だった――。 十四年前に幼子を捨てて逃げた元嫁が突然現れ、泥水をすすって育てた継子たちは一変。「血の繋がらない赤の他人」と罵られ、夫からは一方的に離婚届を突きつけられる。 家族四人でやり直すと私を追い出す夫たち。だが、元義父の四十九日法要に乗り込んだ私の手には、周到に集めた録音データと、二億八千万円の公正証書遺言があった。 そこには、裏切り者たちを戦慄させる「ある解除条件」が記されており――。 弁護士が冷徹に告げる。「全遺産を相続するのは、あなた方ではありません」夫婦1.7万字5 332 -
完結第23話
奪われた手柄と残された受領印
「開発担当の名前、成瀬君に変えておいたから」三ヶ月不眠不休で作った新システムの企画書から、友春の名前は消されていた。机の下で手を重ねる後輩と、冷たく婚約破棄を告げる霞。すべてを奪われ雨の夜に倒れた友春は、なぜか「あの会議の前日」に目を覚ます。 二度と他人の踏み台にはならない――友春は綿密な引き継ぎと受領印だけを残し、即日退職を叩きつけて姿を消した。 迎えた本番発表会、後輩が「見栄え」のために独断で削除した安全装置が、大観衆の前で最悪の暴走を始める。「頼む、戻って直してくれ!」すがる元上司に、友春が突きつけた言葉とは――。職場逆転|真相3.4万字5 215 -
完結第24話
銀2両で売られた盲目の花嫁
不作の年、盲目の竜児は、弟の嫁取り資金を欲しがる継母によって、恐ろしいと噂される山の猟師・陸炎山へ半ば売られるように嫁がされる。 ところが待っていたのは暴力ではなく、彼女を娘のように迎える姑と、「安心して暮らせるまで絶対に触れない」と約束する不器用で優しい夫だった。 薬屋で働いた経験を持つ竜児は、失明していても薬草を見分ける知識を生かし、炎山の狩りと力を合わせて貧しい一家の暮らしを立て直していく。 やがて名医から「治療できる可能性がある」と告げられ、失っていた視力にも希望が差し始める。 しかし陸家が豊かになるほど、金を狙う継母や炎山の過去に関わる女まで現れ、竜児の新しい家族と幸せを脅かし始める――。嫁姑|親子関係3.5万字5 374 -
完結第11話
出世ゴルフの朝、沈黙した妻
「一生話しかけるな。口を開いたら即離婚だ」 そう怒鳴り散らし寝室に鍵をかけた夫。翌朝、出世が懸かった役員ゴルフの起床予定から2時間半が過ぎていた。真琴は夫の言いつけを忠実に守り、一切声を出さず「起きる時間だよー」とLINEを1通だけ送信する。 午前7時15分、泡を吹いてパニックで飛び出していく夫。だが、彼が置き忘れた鍵で書斎を開けた真琴は息を呑む。そこにあったのは、3400万円に及ぶ不正なリベート記録と、真琴の実印を悪用して設立されたペーパーカンパニーの書類だった。 夫の恐るべき企みを知った真琴は、冷たく微笑み受話器を取る。「もしもし、弁護士先生――」夫婦|真実1.7万字5 802