"義母の合鍵が入らない" 第15話
『「の夫婦の問題ですから、本たちに任せてあります。私に鳴られても困ります」って言って切っておいたから。由、無理しなくていいのよ。何かあったら、いつでも戻っていらっしゃいね』
母の凛とした態度が、私に力を与えてくれました。 私が守るべきものは、この静かな誇りなのだと、改めてが定まりました。
事態が急変したのは、午の半を回った頃でした。
社内のデスクで決算資料をまとめていた私の社用携帯に、珍しく健の携帯話から直接着信が入りました。 普段なら仕事に話などかけてこない男です。 嫌な予を覚えながら、私は席をってオフィスの湯へと向かいました。
「もしもし、健さん? 仕事だけど、どうしたの」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、過呼吸を起こしかけているような、激しく乱れた健の息遣いでした。
『ゆ……由……っ、変なんだ……!』
「落ち着いて。何があったの」
『母さんが……母さんが倒れたって、さっき信子叔母さんから連絡があって……!』
信子叔母さんというのは、義母の実の妹で、昔から義母の忠実な方として親族内で幅を利かせている女性でした。
『急に胸が苦しいって言いして、所のクリニックから救急で民病院に運ばれたらしいんだ……! 全かもしれないって……! 叔母さんが、「あんたたちが鍵を変えて母親を酷に追い詰めたせいで、姉さんの臓が止まりかけたのよ!」
広告
って、泣き叫んでて……!』
健の声は、完全にパニックに陥っていました。 代の男が、受話器の向こうで震えがっているのが目に見えるようでした。
「それで? お医者様は何ておっしゃってるの?」
私が努めて静に問いかけると、健は言葉を詰まらせました。
『そ、それは……まだ詳しい検査だって……。でも、親戚が病院に集まってて、俺たちを待ってるんだ! 頼む、由! 今すぐ会社を退して、緒に病院に来てくれ! 頼むから!』
「私が?」
『当たりだろ!? このままじゃ、本当に俺たちが母さんを殺したことになっちゃうよ! おも緒に来て、母さんのを握って「悪かった」って言ってくれれば……叔母さんたちだって納得するはずなんだ! 鍵のことだって、もう元に戻そう! 命がかかってるんだぞ!?』
健の言葉の端々に、再びあの甘えと責任転嫁が溢れしていました。 母親が倒れたという劇な劇。 それを利用して、気に自分のを全な所へ戻し、妻にを被せて件落着にしようとする、無識の狡猾さ。
私は、湯のいタイル壁に背を預け、え切った声で言いました。
「健さん。私はきません」
『……は?』
話の向こうで、健の息が止まりました。
『お……今、なんて言ったんだ? 母さんが病院に運ばれたんだぞ!? ぬかもしれないんだぞ!? なんでそんななことが言えるんだよ!』
広告
「?」
私は静かに、けれど音音を噛み締めるように告げました。
「お義母さんが倒れたのが本当なら、息子のあなたが駆けつけるべきよ。そこに嫁の私が付き添って、見せ物のように親戚ので座をする必がどこにあるの? 私が病にけば、親戚たちのりの矛先はすべて私に向かい、あなたはお母さんの枕元で『優しい息子』の顔をして座っているんでしょうね」
『そ、そんなこと……!』
「あなたが親孝をしたいなら、でなさい。私はかない。絶対に」
『由! お、じゃないよ! 血すぎるだろ!』
健は半狂乱になって叫びました。 ので、度も直面したことのない極限のプレッシャーに、彼の精神が耐えきれなくなっているのが分かりました。
私は、彼が吐きした罵倒を静かに受け止めました。 傷つきもしませんでした。 逃げを失った子供が、最に母親の真似をして喚き散らしているだけに過ぎなかったからです。
「健さん」
私は最に、淡々と言いました。
「病院へきなさい。そして、お母さんの顔を見てきなさい。でもね、もしあなたが親戚に流されて、あのの鍵を元に戻したり、しい暗証番号を教えたりしたら……度と、こののドアはかないとって」
『……な……』
「あなたが選ぶのよ。自分の母親の過干渉と向きって、として境界線を引くのか。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 0 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 0 -
完結第24話
妻の手術翌朝、七通の解約通知
妻が胆嚢ポリープの手術で入院した日、私は仕事を優先し「自分で処理しろ」と見舞いを断った。だが翌朝、私の携帯にマンションの駐車場、クレジットカード、父のデイサービスを含む七通の解約通知が立て続けに届く。カードは店頭で弾かれ、ビルのゲート前で立ち往生した私は、妻の報復を確信して病室のドアを乱暴に開けた。点滴に繋がれた妻は、今すぐ元に戻せと詰め寄る私の目の前で、スマートフォンの画面を静かに伏せた。怒り|夫婦|介護|修羅場3.7万字5 0 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 0 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 0 -
完結第18話
診察室に入れなかった私
妊娠七ヶ月、甲斐甲斐しく尽くす夫の言葉に従い、私は毎回待合室で温かい茶を飲んで待っていた。「異常なし」と笑う夫を疑ったことはない。だが夫が仕事で不在となり、初めて一人で診察室に入ると、医師は冷徹な面持ちで私を見据えた。向けられたパソコンの画面には、私が頑なに治療を拒み、夫が必死に説得したという記録が三回連続で並んでいた。その三回とも、私は一度も診察室に足を踏み入れていない。裡切られた|夫婦|裡の顔|修羅場2.8万字5 0