"義母の合鍵が入らない" 第17話
健はノブにをかけ、ドアを押しけようとしました。 その瞬でした。
隙から漏れ聞こえてきた声に、健のすべての筋肉が直しました。
「――それでね、救急のでしげさに息を荒くしてやったのよ。そしたら隊員のも慌てちゃってねえ」
聞き覚えのある、滑らかで、驚くほど張りのある声でした。
健のが、ノブので止まりました。 彼のが、その音を拒絶するようにキーンと鳴りました。
「お姉ちゃん、本当に騒がせなんだから。でも、検査結果はどうだったの?」
病のにいた、もうの親戚の女性――健の従姉妹の声でした。
「どうもこうもないわよ。ただの軽い胃酸の逆流と、ちょっとした過呼吸だって。図も血液検査も、どこも異常なし。お医者さんには『しストレスを溜めないようにしてくださいね』って言われただけよ」
続いて、カチャリとプラスチックのスプーンが器に当たる軽な音が響きました。
「まったく、健のやつ、話の向こうで真っ青になってたわ。あの子は昔から気がさいから、私がこうやって倒れたふりでもしてやらないと、あの女の毒気が抜けないのよ。男なんてね、自分の腹から痛めて産んだんだから、最は母親のところに戻ってくるに決まってるの」
「でもお姉ちゃん、あのお嫁さん、本当に鍵を返してくれるかしら? なんだかそうな子じゃない」
広告
「ふん、返すに決まってるじゃないの。実の母親を臓発作で殺しかけたっていう既成事実を作ってやったんだから。これであの女が鍵を渡さなかったら、親戚から殺し扱いよ。世体もあるし、健だってさすがにを尽かすわ。数もすれば、泣きそうな顔してあの鍵を持ってペコペコ謝りに来るわよ。見てなさい」
サクッ、と瑞々しい果物を噛む音がしました。
「あー、このメロン美しいわね。健が来たら、もっとい果物買ってこさせなきゃ。あの子、私の言うことなら何でも聞くんだから」
病のから、の女の品な笑い声が漏れ聞こえてきました。
健は、ドアのにち尽くしていました。 自分の全から、急速に温度が奪われていくのをじました。
臓発作? 全? 救急ので名を呼んでいた?
すべてが、計算された茶番でした。 自分の息子が会社でどれほど取り乱し、どれほどの恐怖と罪悪に苛まれていたのかなど、この母親にとっては「息子を元に引き戻すための都のいい演」に過ぎなかったのです。
。 健が「優しくて、自分をしてくれて、自分が守らなければならないな母親」だと信じ込んできた女性の正体が、いま、暗い病の隙から剥きしになって転がりていました。
そこにあったのはなどではありませんでした。
広告
ただの、傲で底なしの支配欲。 息子の庭を破壊してでも、息子の妻の尊厳をに沈めてでも、自分がその世界の頂点に君臨し続けたいという、醜悪なエゴそのものでした。
健の界が、ぐらりと揺れました。
彼がこれまで由にいてきた無数の「」が、ので馬灯のように駆け巡りました。 結婚式のキャンセル料を払わせた。 婚旅を取りやめさせてむしりをさせた。 流産して泣いていた由の寝に、この母親がで踏み込んだ。 に打たれてシミだらけになった、由のあのウォールナットの机。
『たかが机だろ。しして笑っていれば、誰も傷つかずに済んだ』
自分が由に放ったあの言葉が、鋭い刃となって健自の胸郭を内側から滅刺しにしていきました。 傷ついていなかったんじゃない。 母親が傷つかないように、自分が悪者にならないように、由にすべての血を流させていただけだったのだ。
健の拳が、爪がのひらにい込むほどく握りしめられました。 震えが止まりませんでした。 それは恐怖の震えではなく、まれて初めて自分の母親という怪物に向けられた、激しいりと、自分自への耐え難い嫌悪の震えでした。
「健? なにしてるの、く入りなさいよ」
背から、信子叔母さんが怪訝そうな顔で声をかけてきました。
広告
おすすめ作品
-
完結第19話
母の葬儀を拒んだ叔父と、消えた教育資金350万円
母を突然失った18歳のまほは、葬儀の方法すら分からず父方の本家へ助けを求める。しかし叔父・正尾は「最後まで自分たちだけでやれ」と突き放し、亡き母まで恩知らずだと罵った。 それから15年、まほは苦学の末にIT企業を立ち上げ、約300人を率いる社長へ成長する。そこへ会社が傾いた正尾が現れ、自分の息子・優と娘・沙耶を「親戚だから」と縁故採用するよう要求。だがまほは「親戚枠も縁故枠もない」と公平な選考を突きつける。 やがて従兄妹が本家の納戸から発見したのは、母が祖父母へ何年も仕送りを続けていた証拠と、父がまほの大学進学のために残した約350万円の信託預金だった。しかも、その金は叔父の会社口座へ流れていた。 15年間母を悪者にしてきた叔父の嘘が、ついに物証によって崩れ始める――。親子関係|金銭問題2.8万字5 270 -
完結第10話
クラウドが暴いた午前一時の密会
「23時には行く」 40度近い高熱で生後3ヶ月の息子と救急搬送された私を置き去りにし、夫は電話を20回鳴らしても無視し続けた。 眩しすぎる処置室で泣き叫ぶ我が子。深夜2時、現れない夫の代わりに訪れた児童相談所の車へ、私は震える手で息子を託した。 深夜3時40分、酒と女の香水を漂わせて現れた夫は「接待だ、児相なんて大袈裟だ!」と逆上。 だがその時、家族共有クラウドに次々と同期されたのは、21時15分の花火、そして深夜1時50分のホテルで浴衣姿の後輩社員と笑い合う自撮り写真だった――。 私は冷え切った指先で、弁護士へ一本の電話をかけた。夫婦|親子関係1.5万字5 268 -
完結第12話
離婚を知らずに生活費25万円を催促する夫
3年間無職の夫・浩司から毎月25万円を要求され続けてきた設計士の美保は、出張先のホテルで「振り込まなければ離婚する」と脅されながら、すでに役所で受け取った離婚届受理証明書を静かに見つめていた。 夫は愛人と豪遊し、義母まで共謀して、美保が亡き父から受け継いだ家の名義を書き換えようとしていた。美保は実印を密かに変更し、カードと生活費口座を停止。さらに3年間集めた不正利用、浮気、恐喝、名義変更計画の証拠を弁護士へ渡す。帰宅した彼女に夫は顧客資料を盾に300万円を要求するが、そのファイルは最初からダミーだった。 そして美保がテーブルへ置いた1枚の「離婚届受理証明書」を見た瞬間、自分たちが奪うはずだった家も金も、すでに手の届かないものになっていたと夫と義母は初めて知る――。夫婦|金銭問題1.8万字5 243 -
完結第11話
豪邸を奪う義母と一枚の公正証書
「今日から同居ね。この一番大きな部屋でいいわよ」 庭付き一戸建てを購入した翌朝、引っ越し業者を引き連れた元義母が土足で新居に乗り込んできた。 中卒の元専業主婦と見下され、「不倫女」と理不尽に罵倒されるユイ。だが義母は知らなかった。その家はユイが自力で買い取ったもので、夫とは半年前に離婚済みだったことを。 「慰謝料代わりにこの家を寄越しなさい!」 逆上する義母の前に、ユイは一枚の「公正証書」を突きつける。 ある「不審なメモ」から暴かれた、夫と実の妹によるおぞましい裏切りとは――。 「この名前、誰だか分かりますか?」嫁姑|修羅場1.6万字5 447 -
完結第14話
余命3か月と嘘をついた夫は、離婚後の3000億円を知らない
夫・翔太から「すい臓がん末期で余命3か月」と告げられ、突然離婚を求められたゆい。だが診断書は偽物で、翔太には2年以上関係を続ける愛人・リナがいた。 ゆいは騙されたふりをして離婚に応じる。なぜなら父が残した信託には、婚姻関係が解消された瞬間、3000億円の一族資産が彼女へ移る条件が設定されていたからだ。 さらに翔太には会社資金約5000万円の横領まで発覚する。 莫大な資産を手にしたゆいは、父の顧問弁護士ハルトと共に元夫とその一族へ反撃を開始。ところが調査の果てに、翔太がゆいへ近づいた本当の理由が、20年以上前から続く両家の復讐にあったことを知る。 金と裏切りだけでは終わらない、父世代から仕組まれていた巨大な秘密が姿を現していく――。夫婦|修羅場|不倫2.2万字5 177 -
完結第12話
八万八千円のスカーフと離婚届
ゴミ箱で見つかった高級スカーフ「八万八千円」のレシート。母の日に私へ渡されたのは、千五百円の安菓子だった――。 十四年前に幼子を捨てて逃げた元嫁が突然現れ、泥水をすすって育てた継子たちは一変。「血の繋がらない赤の他人」と罵られ、夫からは一方的に離婚届を突きつけられる。 家族四人でやり直すと私を追い出す夫たち。だが、元義父の四十九日法要に乗り込んだ私の手には、周到に集めた録音データと、二億八千万円の公正証書遺言があった。 そこには、裏切り者たちを戦慄させる「ある解除条件」が記されており――。 弁護士が冷徹に告げる。「全遺産を相続するのは、あなた方ではありません」夫婦1.7万字5 332 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 333