みかん小説
本棚

"三十二人目の卒業写真" 第17話

……ドアをけた瞬、ものすごいハッカの匂いがした」

藤の瞳が、い過を見つめるように揺れていた。

「あいつは、パイプ子に座って、窓のを見ていた。庭で、みんなが親と緒に束を持って笑っているのを、じっと見つめていた。……膝のには、先が渡したあの緑の缶がけられていた」

藤は喉を鳴らし、拳を固く握りしめた。

「あいつ、泣きながら……あの苦いハッカ飴を、に放り込んで、噛み砕いていたんだよ。『先が、舐めていなさいって言ったから』って。泣き声をげたらに聞こえちゃうから、必に飴を噛み砕いて、涙と緒にしていた」

私の胸に、鋭い痛みがった。

「俺が入っていくと、あいつは慌てて涙を拭いて、無理やり笑ったんだ。『藤君、おめでとう』って。自分は式にもられず、証ももらえないのに、俺に向かってげたんだよ」

藤の目から、筋の涙が頬を伝い、黒ずんだ作業着のに落ちた。

「そして、その計算用の裏に描いた絵を、俺に差しした。『これ、藤君にあげる』って。『先に渡そうとったけど、先を困らせちゃいけないから』ってさ」

藤は震える指で、スケッチブックのの藁半を撫でた。

「あいつ、最に俺に何て言ったかってるか? 『先は私を守るためだって言った。だからしなきゃいけないの。

広告

……でも藤君、もし先に聞かれたら、教えてあげて。私、本当はなんててないよ。すごく元気だよって』」

「……っ」 私の膝から、力が抜け落ちた。

「『すごく元気だよ』って……あいつは笑いながら言ったんだぞ!」 藤が叫んだ。その声は、歳のみ込んだ、途方もない鳴そのものだった。

「その、あいつは母親と緒に、夜逃げみたいに町から消えた。教の机は片付けられ、先は何事もなかったみたいに『葵さんは急に転することになりました』って、朝の会で淡々と言った。それでおしまいだ。学の記録からも、町の記録からも、あいつの名は完全に消えた」

藤は両で顔を覆った。指の隙から、嗚咽が漏れた。

「俺は、その絵を誰にも見せられなかった。先にも言えなかった。言ったら、あの『美しくて完璧なクラス』を壊してしまうからだ。俺も、藤も、宮田も、みんな怖かったんだよ。先に嫌われるのが、親にられるのが、仲れにされるのが怖くて……全員で、あいつを殺したんだ。記憶のから消すことで、あいつのを全員で踏み潰したんだ!」

井から吊るされた裸球が、さく揺れていた。 の国を、型トラックが激しい響きをてて通り過ぎていく。

の真実が、すべて私の目のに横たわっていた。

広告

私は、誰も傷つけないための「優しい嘘」をついたつもりだった。 だが実際には、の無力な女に「自分はしてはならない邪魔者なのだ」という呪いを刻みつけ、残されたの子供たちには「平穏のためなら者を切り捨てて黙従しろ」という、最も卑劣な処世術を教え込んだのだ。

彼らは、私の教え子だった。 私が、彼らを共犯者に仕げたのだ。

私は、作業台のった。 腰を曲げ、を垂れ、に私が教えたに向かって、く、げた。

「……すまなかった」

言葉は、それしか見つからなかった。 弁解も、教育配慮という名の自己弁護も、すべてがのように汚らわしくえた。

「私が……違っていた。君たちの純粋さを利用し、あの子の尊厳を踏みにじったのは、すべて私のさだ。保のために、君たち全員に消えない嘘を背負わせた。本当に……申し訳なかった」

額が作業台の鉄板に触れそうなほど、私は体を折り曲げたまま静止した。 背が震え、老いた関節が痛んだが、げることはできなかった。これが、今の私にできる、唯の誠実さだった。

に、い沈黙が流れた。 聞こえるのは、藤の荒い息と、くを音だけだった。

どれほどのが過ぎただろうか。 やがて、カサリとが擦れる音がした。

「……顔をげてください」

藤の、乾いた声が聞こえた。 私がゆっくりと体を起こすと、藤はスケッチブックから藁半を丁寧に引き抜き、つ折りに畳んで私の胸ポケットに差し込んだ。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: