みかん小説
本棚

"十八年ぶりの切符「次は三人で来い」" 第4話

静まり返った部で、美く息を吸い込み、伏せていた顔をげた。

さん」 「ん? どうした」 「……私、実に帰ろうとう」

その言葉が美の唇から零れ落ちた瞬の丸い瞳がわずかに見かれた。、美がただの度も自発にしなかった故郷への言葉だった。は持っていたマグカップをそっとローテーブルのに置き、居まいを正して美と正面から向きった。

「いつくんだ?」

の声は、驚くほど静かで穏やかだった。咎めるようなも、過度に取り乱す様子もない。

「……今週末に、こうとうの。数、パートも休んで」 「そうか。分かった」

あまりにもく、あっさりとした夫の返答に、美わず拍子抜けしてしまった。もっと理由を問い詰められたり、なぜ今になって急に帰る気になったのかと驚かれたりするものだとばかりっていたからだ。美は戸惑いながら、伏し目がちに尋ねた。

「あの……何も、聞かないの? どうして急にそんなこと言いしたのかとか……」

鏡のブリッジを差し指で押しげると、困ったような、しかしどこまでも温かい苦笑いを浮かべた。

「聞いてほしいか?」

は息を詰まらせ、それからさく首を横に振った。膝ので、ジーンズのをぎゅっと指先で掴む。

「……ううん」 「なら、俺から聞くことは何もないよ。

広告

が自分で決めたことなら、それが番いいタイミングなんだろうから。気をつけてってくるといい」

く追求せず、過の傷を無理に暴こうとしない夫の優しさに、美の目がじんとくなった。、父への憎しみと悔のきが取れなくなっていた美を、はずっとこうして、れた全な所から見守り続けてくれていたのだ。

翌朝、美はスーパーの話を入れ、父親が倒れて入院したため数の休みをいただきたい旨を伝えた。

『それは変ですね。のことは気にしないで、しっかり病してあげてください』

の親な声を聞きながら、美の胸には猛烈な罪悪と違が広がっていた。病だなんて、も音信通で放っておいた肖の娘が、今さらどの面をげて言えるのだろうか。配する良き娘の仮面を被っている自分の浅ましさが、ひどく恥ずかしくえた。

話を終えた美は、階の寝の押し入れの袋から、埃をかぶった古い旅バッグを引っ張りした。布製の紺のボストンバッグは、蒼太がまだの頃、度だけった温泉旅に使ったきりのものだった。

畳のにバッグを広げ、荷造りを始めようとしたものの、美はすぐに止まってしまった。

広告

ぶりに帰るに、体何を持っていけばいいのか見当もつかない。とは違い、いあのは、も半ばを過ぎれば朝晩のえ込みは同然になるはずだ。美は箪笥からのカーディガンやウールの靴を取りし、丁寧に折り畳んでバッグへと詰めていった。

荷造りをめるにつれ、胃のあたりがきりきりと痛み始める。

にはもう、って取りなしてくれた母はいない。迎えてくれるのは、頑固徹で、自分を鳴り散らして追いした父だけだ。病のベッドで横たわる父が、ぶりに現れた娘の顔を見て、体どんな反応を示すのか。

『誰の許を得て戻ってきた! 顔も見たくない、今すぐ帰れ!』

鳴られ、病から追いされる自分の姿が、鮮に脳裏をよぎる。もし追い返されたら、そののうちにくの駅のビジネスホテルを探さなければならないだろう。最悪の事態ばかりがを支配し、美は何度もいため息をついた。

夕方、仕事をいつもよりほどく切りげたが帰宅した。美が台所で夕飯の煮物の加減を見ていた、居の方で擦れの音がした。

何気なく目をやると、が美の広げた旅バッグの傍らに静かに膝をつき、何かをしている姿が見えた。はスーツの胸ポケットからい封筒を取りすと、バッグの内側のファスナー付きポケットをそっとき、その奥へと滑り込ませていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: