"十八年ぶりの切符「次は三人で来い」" 第21話
その顔には、涙でぐしゃぐしゃになりながらも、どこまでもれやかな、のように爽やかな笑顔が浮かんでいた。
は無言で頷きい、というすぎた過のわだかまりが、完全に消えったことを静かに噛みしめた。
その夜から、美たちの活は、しずつ、しかし確実にいを変えていった。
だが、それは以のような「無関」や「過への蓋」のに成りつ平穏ではなかった。茶のの飾り棚の番目つ所に、父から持ち帰ったあの桐の箱が、まるでがの守り神のように据えられた。
夕の、美とがでお茶をみながら、その箱から母の残した写真を枚ずつ取りし、懐かしむことが課となった。
写真を眺めるたび、美は胸の奥を刺すような、ある残酷な現実に直面せざるを得なかった。
箱のにある写真は、蒼太がまれてから歳になるまでの、すべての成の瞬を捉えていた。初めてちがった、運会で転んだ、学の卒業式。父はこの写真たちを、あのえ切ったので、何度も鏡をかけ直して眺めてくれていたのだ。
しかし、写真はどこまでいっても、切り取られた瞬の静止画に過ぎない。
父は、蒼太のの泣き声を聞いたことがない。
「じいちゃん」と初めて呼ばれるびも、運会のトラックを全力で駆け抜ける孫の姿をで応援する歓も、何つ経験することができなかったのだ。
広告
美と父が、互いにくだらないを張りい、振りげた拳をろせなかったせいで、父からそのかけがえのないをすべて奪いってしまった。
そして、母のはもう、この世にはいない。
に母がくなった、美はを優先して葬儀にかなかった。あの、父がどれほどの絶望と孤独ので、たったで妻の棺を見送ったのか。それを像するだけで、美の胸は鋭い刃物で抉られるように痛んだ。
過の過ちや、失われてしまったという歳は、度の解やで魔法のように消えてなくなるものではない。
自分たちがした勝な選択の代償を、これからも、胸の古傷として背負い続けていかなければならないのだ。その事実に打ちのめされ、美は夜の暗ので、静かに涙を流す夜もあった。
はそんな美の背を、決して無理に慰めたり、過を美化したりすることなく、ただ温かいで静かにさすり続けてくれた。
「美、はかったけど……これからは、しずつ取り戻していけばいいさ」
ある夜、は桐箱の蓋を撫でながら、静かに美に語りかけた。
「お義父さんも、ずっと俺たちが歩み寄ってくるのを待ってくれていたんだから。これからで、あのに通えばいい。取り戻せない過を嘆くより、これから作れるを切にしよう」
広告
夫のその言葉に、美のの奥底に澱んでいたたい棘が、完全に溶けていくのをじた。
父と自分を隔てていたのは、物理な距でも、拭いれない憎しみでもなかった。ただ、互いに素直になれず、最初の歩を踏みす勇気がなかっただけなのだ。故郷へと続くは、最初から途切れてなどいなかった。、誰も歩こうとしなかっただけで、はずっと、そこにあったのだ。
季節はめぐり、厳しいがあいのを豪で閉ざし、やがて解けのが川を満たし、かいのが吹き始めた。
その、美はに度のペースで、実の父へと話をかけるようになった。
受話器を取る父の態度は相変わらず素っ気なく、「なんだ」と億劫そうに応じるのが常だった。それでも、美が蒼太の学の様子や、の仕事の況を話すと、父は途で遮ることなく、黙って最までを傾けてくれた。
『お父さん、ちゃんとご飯べてる?』 『うるさい。子供扱いするな』
そんなぶっきらぼうなやり取りのにも、かつてのような肌を刺すような緊張はもはやしなかった。は互いの器用さを丸ごと受け入れ、そのぎこちない距を楽しむ余裕すらまれ始めていた。
そして、がやってきた。
になった蒼太の部活の征程が落ち着き、お盆の期が目に迫っていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第28話
父の治療費70万円を拒んだ夫と、葬儀で開いた黒い封筒
父の治療費70万円を「俺には関係ない」と拒んだ夫・浩一。しかもその裏で愛人との旅行を予約していた彼は、美咲に離婚を突きつけながら、「離婚後も母さんの介護は続けろ」と要求する。5年間、美咲が義母のために支払った金額は2280万円を超えていた。 だが浩一たちは知らなかった。地方の医師だと思っていた美咲の父が、全国に介護・医療事業を展開する巨大企業の創業者で、株式63%を管理する信託の受益者が美咲だったことを。 さらに義弟・修二が美咲名義の委任状を偽造し、密かに口座を調べていた事実まで発覚。 そして1ヶ月後、父の葬儀に現れた浩一は、なおも「母さんの介護に戻れ」と命じる。美咲は親族全員の前で、父が遺した黒い封筒を静かに開いた――。夫婦|親不孝|修羅場4.2万字5 3 -
完結第11話
豪邸を奪う義母と一枚の公正証書
「今日から同居ね。この一番大きな部屋でいいわよ」 庭付き一戸建てを購入した翌朝、引っ越し業者を引き連れた元義母が土足で新居に乗り込んできた。 中卒の元専業主婦と見下され、「不倫女」と理不尽に罵倒されるユイ。だが義母は知らなかった。その家はユイが自力で買い取ったもので、夫とは半年前に離婚済みだったことを。 「慰謝料代わりにこの家を寄越しなさい!」 逆上する義母の前に、ユイは一枚の「公正証書」を突きつける。 ある「不審なメモ」から暴かれた、夫と実の妹によるおぞましい裏切りとは――。 「この名前、誰だか分かりますか?」嫁姑|修羅場1.6万字5 447 -
完結第14話
余命3か月と嘘をついた夫は、離婚後の3000億円を知らない
夫・翔太から「すい臓がん末期で余命3か月」と告げられ、突然離婚を求められたゆい。だが診断書は偽物で、翔太には2年以上関係を続ける愛人・リナがいた。 ゆいは騙されたふりをして離婚に応じる。なぜなら父が残した信託には、婚姻関係が解消された瞬間、3000億円の一族資産が彼女へ移る条件が設定されていたからだ。 さらに翔太には会社資金約5000万円の横領まで発覚する。 莫大な資産を手にしたゆいは、父の顧問弁護士ハルトと共に元夫とその一族へ反撃を開始。ところが調査の果てに、翔太がゆいへ近づいた本当の理由が、20年以上前から続く両家の復讐にあったことを知る。 金と裏切りだけでは終わらない、父世代から仕組まれていた巨大な秘密が姿を現していく――。夫婦|修羅場|不倫2.2万字5 177 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 333 -
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 7037 -
完結第11話
出世ゴルフの朝、沈黙した妻
「一生話しかけるな。口を開いたら即離婚だ」 そう怒鳴り散らし寝室に鍵をかけた夫。翌朝、出世が懸かった役員ゴルフの起床予定から2時間半が過ぎていた。真琴は夫の言いつけを忠実に守り、一切声を出さず「起きる時間だよー」とLINEを1通だけ送信する。 午前7時15分、泡を吹いてパニックで飛び出していく夫。だが、彼が置き忘れた鍵で書斎を開けた真琴は息を呑む。そこにあったのは、3400万円に及ぶ不正なリベート記録と、真琴の実印を悪用して設立されたペーパーカンパニーの書類だった。 夫の恐るべき企みを知った真琴は、冷たく微笑み受話器を取る。「もしもし、弁護士先生――」夫婦|真実1.7万字5 802 -
完結第27話
月5000円を貯めて泊まった旅館で、妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り23万円の配送ドライバー・かずやは、毎月5000円を5年間貯め、妻・彩佳と10歳の娘・ゆいを初めての家族旅行へ連れていく。ところが山奥の旅館へ着いた瞬間、出迎えた老紳士は彩佳に深々と頭を下げ、「お嬢様、お帰りなさいませ」と告げた。 実は彩佳は、創業150年を超える老舗旅館の一人娘だった。 かつて父の勧めで結婚した夫は旅館の信用と財産を利用しようとし、離婚して幼いゆいを連れ戻った彩佳に対しても、父は娘の苦しみより「旅館の評判」を優先した。 それ以来、実家を離れ質素に生きてきた彼女は、5年越しの旅行を機にようやく過去と向き合う決意をする。突然明かされた妻の素性に戸惑うかずやだったが、「俺が家族になりたかったのは彩佳とゆいだ」と伝える。 そしてこの旅は、長く閉ざされていた親子3代の関係を大きく動かしていく――。夫婦|第二の人生|修羅場4.1万字5 1229 -
完結第19話
10年間外に出ていない妹が妊娠、母は病院を拒んだ
10年間も寝たきりの妹・知恵の腹部が、ある日わずかに膨らんでいることに気づいた和美。妊娠検査薬はすべて陽性だったが、父親を尋ねても知恵は「彼が誰か知ったら家族が壊れる」と口を閉ざす。 妹の命を守ろうと中絶を決意した和美は、やがて自分自身の記憶にも不自然な空白があることに気づく。そして母を問い詰めた末、2年前、和美が権力者から襲われかけて抵抗し、刑務所へ追い込まれていた過去が判明。さらに、知恵は姉を救うため、自らその一族との取引を受け入れていたのだった。 和美が「自分が妹を守ってきた」と信じていた10年間。しかし本当に人生を犠牲にして姉を守り続けていたのは知恵の方だった。そして今、彼女のお腹に宿った子の父親こそ、封印されていた過去へ繋がる人物だった――。親子関係|修羅場|不倫2.9万字5 861 -
完結第11話
遺体の上で眠り続けた十四年
「飲めよ、お前は永遠に俺のものだ」 毎年一月十七日の深夜二時、エリート弁護士の夫は一階の畳にウイスキーを注ぎ続けた。 再婚した由香里は、その和室の真上にある寝室で、得体の知れない悪夢に怯え十四年を過ごしてきた。 かつて震災の混乱の中、一カラットのダイヤの婚約指輪と共に忽然と消えた前婚約者。老朽化した別荘の床板が剥がされた瞬間、土中から十四年封じられていた「証拠」が姿を現す。 同時刻、ホスピスの老人が震える手で受話器を取り、警察へ告げた。 「お二人が店を出たのは、十七日の夜ではありません」 夫が十四年間、その真下へ注ぎ続けていた狂気の正体とは――。真実|行方不明1.6万字5 122 -
完結第14話
40度の熱で倒れた娘と、校門前の黒い高級車
40度を超える高熱で倒れた20歳の女子大生・桜。大学病院へ運ばれた彼女の身体から、医師は腰に広がる不自然なあざと、暴行を疑わせる損傷を発見する。 やがて桜は「脅迫されました」と涙ながらに告白。前夜、彼女を高級車に乗せた男は、金と人脈を持つ有名実業家・佐々木だった。 佐々木は奨学金や仕事の援助を装って近づき、拒絶すれば学生生活を壊すと脅していた。 さらに病院へ口封じの男たちまで送り込まれ、桜の携帯には脅迫メールや写真が残されていることが判明する。 そして捜査の最中、佐々木の車と関係する別の女子学生が失踪。自分だけの事件ではないと知った桜は、恐怖に震えながらも「もう沈黙しません」と証言を決意する――。真実|修羅場2.1万字5 1955