"締め出された新社長" 第1話
午分。 まだ朝の気がアスファルトに張り付いているだった。
私は、調したばかりの濃紺のスーツに腕を通し、誰もいない本社の通用のにっていた。 胸のポケットには、昨夜何度も位置を確かめた名刺入れが入っている。そこには昨付で刷りがったばかりの肩が刻まれていた。
「代表取締役社 柳直」
歳。 学をてからの印刷会社で、そのこの柳印刷に戻って。先代である父・柳隆が歳で引退を決し、昨、全社員ので引き継ぎの挨拶を終えたばかりだった。
従業員はパートを含めて名。 京都田区の片隅で、先代がかけて築きげた典型な町だ。 決して巨な会社ではないが、商業印刷の特印刷や美術の製本では業界内でも確固たる信頼を勝ち得ている。 父は職気質で、極めて烈なワンマンだった。社員の誰もが父の顔を伺い、父の声で現がき、父の判断つで数千万円の設備投資が決まってきた。
今からは、私がその舵を取る。 朝番に社し、誰よりもく社員を迎え入れ、社としての覚悟を背で見せるつもりだった。 半からの始業の清掃、半からの就任記朝礼、各部のリーダーたちとの面談。
広告
ので分刻みのスケジュールを反芻しながら、私は胸ポケットから真しい社員証を取りした。
昨の夕方、総務と経理をで仕切る古参の坂井から渡されたプラスチックのカードキーだ。 黒いリーダーに、カードをかざす。
ピピッ――ブー。
鋭く、濁ったエラー音が鳴り響いた。 リーダーの央にあるさなインジケーターが、警告を告げる赤に点滅する。 自ドアのロックは解除されない。
「……あれ?」
私は首をかしげ、カードを裏返しにしてもう度かざした。
ピピッ――ブー。
やはり赤いがチカチカと瞬くだけだ。 磁気良だろうか。それとも昨の付変更のタイミングで、システムの権限移に何らかのラグがじているのか。 私はカードの表面をスーツの袖で拭い、械の央部に押し当てるようにして度目のタッチを試みた。
ピピッ――ブー。
度目も、度目も、同じだった。 無質な警告音が、静まり返ったの搬入に虚しく反響する。
焦りと気まずさがじわりと背に滲み始めたその、背から気よい自転のブレーキ音が聞こえてきた。
「あら、直さん……じゃなくて、社? おはようございます。ずいぶんいですねえ」
毎朝に勤して湯やトイレの清掃をしてくれている、パートの松代さんだった。 エプロン姿の彼女は、私がドアのでち往しているのを見て、議そうに目を丸くした。
広告
「おはようございます、松代さん。いや、ちょっとカードの反応が悪くてね」
私が苦笑いを作ると、松代さんは「あらそうなんですか? 械も寒がりなのかしらねえ」と言いながら、首からげた季の入ったカードをリーダーに向けた。
ピッ。
気よい子音とともに、インジケーターが鮮やかな緑に変わった。 カチャリとな気錠がれる音がして、自ドアがスーッと滑らかににく。
「ほら、きましたよ。どうぞ」
「あ、いや……松代さん、先に入ってください。私はちょっと、システムを確認しますから」
「そうですか? じゃあ、お先に失礼しますね」
松代さんは疑い配慮もなく、軽やかな取りでへ入っていった。 ドアが再び閉まり、カチャリと徹な音をてて施錠される。
私は、取り残された。 偶然だ。松代さんのカードは使われているから、システムのキャッシュに残っていたのだろう。私はそう自分に言い聞かせた。
だが、その分。 今入社カ目の営業アシスタント、藤沢さんがりでやってきた。 息を弾ませながら私にぺこりとをげる。
「おはようございます、社!」
「おはよう、藤沢さん」
彼女はポケットからしたばかりのしいカードをリーダーにかざした。
ピッ。
緑のランプ。くドア。 何のエラーもなく、彼女のカードは認証された。
「あの、社、入られないんですか?」
「うん、ちょっと話を本かけてから入るよ。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 0 -
完結第24話
妻の手術翌朝、七通の解約通知
妻が胆嚢ポリープの手術で入院した日、私は仕事を優先し「自分で処理しろ」と見舞いを断った。だが翌朝、私の携帯にマンションの駐車場、クレジットカード、父のデイサービスを含む七通の解約通知が立て続けに届く。カードは店頭で弾かれ、ビルのゲート前で立ち往生した私は、妻の報復を確信して病室のドアを乱暴に開けた。点滴に繋がれた妻は、今すぐ元に戻せと詰め寄る私の目の前で、スマートフォンの画面を静かに伏せた。怒り|夫婦|介護|修羅場3.7万字5 0 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 0 -
完結第25話
義母の合鍵が入らない
結婚五年目、情緒不安定を理由に義母に家の合鍵を預けさせられた。夫は母を庇い、私に我慢を重ねるよう笑って求めた。義母の無断侵入は続き、私の大切な机まで雨のベランダへ放り出されたが、私は一度も怒鳴らなかった。一ヶ月後、いつものように合鍵で入ろうとした義母の前に現れたのは、鍵穴すら存在しない最新の電子錠だった。激怒して電話をかけてきた義母に対し、今まで母に逆らったことのなかった夫が「僕が鍵を変えた」と告げた。嫁姑|夫婦|親子関係|修羅場3.8万字5 0 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 0