"締め出された新社長" 第10話
トラックの部アオリがバタンとけられ、荷台に積まれたダンボール箱のがわになった。 その瞬。
ツンとを突く、異様な臭気がの気に混じって漂ってきた。 揮発性の溶剤の臭い。それも、通常の商業印刷で使われる豆油インキの微かな油臭ではない。価な化学溶剤を量に混ぜて無理やり粘度をめた、粗悪なインキ特のの奥が痛くなるような刺激臭だった。
「……おい」
奥田が、荷台のダンボールを見げたままを止めた。 その顔から、先ほどまでのふてくされた表が消え失せていた。 熟練の職としての嗅覚が、即座に異常を察したのだ。
「神、カッターナイフをせ」
私のい声に、神は震えるでポケットからカッターを取りし、番にあったダンボールのテープを切り裂いた。
箱のフタがく。 には、葉版のロゴが入った豪華な記画集が、冊単位で結束されて収められていた。 表は、名な現代画の描いた、い群青の夜空を基調とした油彩画のはずだった。
神が、祈るようなつきで番の束から冊を引き抜いた。
「あっ……」
い鳴が、神のから漏れた。
本を持ちげた瞬、ベリベリというな粘着音が鳴り響いたのだ。 の本と、の本の裏表が張り付いていた。 無理に剥がされた表の群青のインキが、の本のい見返し部分に、黒々とした染みとなってべっとりと転写されていた。
広告
「ブ、ブロッキング……!?」
神の声が裏返った。
ブロッキング。 インキが完全に乾燥しきらないうちに圧をかけて断裁し、結束したために、ページ同士が接着剤のように張り付いてしまう、印刷事故のでも最も初歩で、最も致命な欠陥だった。
「嘘だ……嘘だろ……」
神は震える指で、本をこうとした。 だが、ページ同士が湿ったインキで貼り付き、無理にめくると、繊細なアートの表面が無惨に破れ、純の繊維がわになった。 カラー図版のページはさらに惨だった。 赤は濁り、黒は浮きがり、肌のグラデーションには無数の横シマがっている。 械のローラーの圧力が狂ったまま、猛スピードで回した証拠だった。
「なんだこれ……なんだよこれ!!」
神はそのにへたり込み、両でを抱えた。 元には、インキの臭気を放つ無惨な屑と化した画集が転がっていた。
万部。 届いたパレットのの箱、そのすべてが、同じ臭いを放っていた。 けるまでもなかった。全滅だった。
「ひ、ひどい……」 「これ、全部刷り直し……?」
ろから覗き込んでいた若営業たちが、青ざめてずさりした。 初版万部のうちの万部。制作原価だけで数百万円、定価換算なら数千万円にのぼる版社のメイン企画が、ただの産業廃棄物に成り果てていた。
奥田が、落ちていた画集を冊拾いげた。
広告
パラパラと無理にめくり、その印刷面をじっと見つめた。 その唇が、微かに震えていた。 りなのか、絶望なのか、それとも「だから言ったんだ」という歪んだ諦めなのか、誰にも判別がつかない表だった。
「……だから、言ったんだ」
奥田は掠れた声で呟いた。
「うちの械で、俺がをかけて調しなきゃダメだって……。こんな流のゴミ溜めで刷ったが、葉版の目に耐えられるわけがないだろうが!」
奥田は画集を面に叩きつけた。 バサリとい音がして、破れたページがたいにった。
「神、貴様がやったんだぞ! 営業の数字欲しさに、会社の板にを塗りたくりやがって! どうするんだよこれ! 誰が葉版に説するんだ!」
「わ、私は……!」
神はにまみれたアスファルトので、狂ったように首を振った。
「私は、会社のために……納期を守るためにやったんだ! あんたがをかさないから! 社がに入ってこないから! 誰の助けもないで、俺で必に守ろうとしたんだよ!」
「見苦しい言い訳をするな!」
「じゃあどうすりゃよかったんだよ! 教えてくれよ! 先代なら……先代ならこんな、どうしたんだよ!!」
の男が、搬入のたいので鳴りっていた。 の社員の活を背負うべき幹部たちが、互いに責任をなすりつけい、子供のように泣き叫んでいる。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
二千四百万の罠と偽りの解雇
「もう入らなくていい。本日付で解雇だ」 月曜の朝、ゲートで社員証を弾かれた私に、上司は冷酷に告げた。四年間心血を注いだ再生企画の責任者名を横取りされた翌日、手渡されたのは理由なき『解雇通知書』。 理不尽に追放されかけた私だったが、内部監査から突如、私名義で申請された「二千四百八十万円」もの不正稟議の存在を告げられる。 窮地に立たされた私を陥れた者たちは知らなかった。私が社内でただ「会長」と呼ぶ女性の正体と、消されたはずのサーバーに残る決定的な記録を――。 「では、神矢会長を呼んでください」 私が録音を開始したスマホを置いた時、役員フロアの空気が一変する。職場逆転|真相2.1万字5 1150 -
完結第19話
母の葬儀を拒んだ叔父と、消えた教育資金350万円
母を突然失った18歳のまほは、葬儀の方法すら分からず父方の本家へ助けを求める。しかし叔父・正尾は「最後まで自分たちだけでやれ」と突き放し、亡き母まで恩知らずだと罵った。 それから15年、まほは苦学の末にIT企業を立ち上げ、約300人を率いる社長へ成長する。そこへ会社が傾いた正尾が現れ、自分の息子・優と娘・沙耶を「親戚だから」と縁故採用するよう要求。だがまほは「親戚枠も縁故枠もない」と公平な選考を突きつける。 やがて従兄妹が本家の納戸から発見したのは、母が祖父母へ何年も仕送りを続けていた証拠と、父がまほの大学進学のために残した約350万円の信託預金だった。しかも、その金は叔父の会社口座へ流れていた。 15年間母を悪者にしてきた叔父の嘘が、ついに物証によって崩れ始める――。親子関係|金銭問題2.8万字5 270 -
完結第10話
クラウドが暴いた午前一時の密会
「23時には行く」 40度近い高熱で生後3ヶ月の息子と救急搬送された私を置き去りにし、夫は電話を20回鳴らしても無視し続けた。 眩しすぎる処置室で泣き叫ぶ我が子。深夜2時、現れない夫の代わりに訪れた児童相談所の車へ、私は震える手で息子を託した。 深夜3時40分、酒と女の香水を漂わせて現れた夫は「接待だ、児相なんて大袈裟だ!」と逆上。 だがその時、家族共有クラウドに次々と同期されたのは、21時15分の花火、そして深夜1時50分のホテルで浴衣姿の後輩社員と笑い合う自撮り写真だった――。 私は冷え切った指先で、弁護士へ一本の電話をかけた。夫婦|親子関係1.5万字5 268 -
完結第11話
豪邸を奪う義母と一枚の公正証書
「今日から同居ね。この一番大きな部屋でいいわよ」 庭付き一戸建てを購入した翌朝、引っ越し業者を引き連れた元義母が土足で新居に乗り込んできた。 中卒の元専業主婦と見下され、「不倫女」と理不尽に罵倒されるユイ。だが義母は知らなかった。その家はユイが自力で買い取ったもので、夫とは半年前に離婚済みだったことを。 「慰謝料代わりにこの家を寄越しなさい!」 逆上する義母の前に、ユイは一枚の「公正証書」を突きつける。 ある「不審なメモ」から暴かれた、夫と実の妹によるおぞましい裏切りとは――。 「この名前、誰だか分かりますか?」嫁姑|修羅場1.6万字5 447 -
完結第14話
余命3か月と嘘をついた夫は、離婚後の3000億円を知らない
夫・翔太から「すい臓がん末期で余命3か月」と告げられ、突然離婚を求められたゆい。だが診断書は偽物で、翔太には2年以上関係を続ける愛人・リナがいた。 ゆいは騙されたふりをして離婚に応じる。なぜなら父が残した信託には、婚姻関係が解消された瞬間、3000億円の一族資産が彼女へ移る条件が設定されていたからだ。 さらに翔太には会社資金約5000万円の横領まで発覚する。 莫大な資産を手にしたゆいは、父の顧問弁護士ハルトと共に元夫とその一族へ反撃を開始。ところが調査の果てに、翔太がゆいへ近づいた本当の理由が、20年以上前から続く両家の復讐にあったことを知る。 金と裏切りだけでは終わらない、父世代から仕組まれていた巨大な秘密が姿を現していく――。夫婦|修羅場|不倫2.2万字5 177 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 333 -
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 7037 -
完結第23話
奪われた手柄と残された受領印
「開発担当の名前、成瀬君に変えておいたから」三ヶ月不眠不休で作った新システムの企画書から、友春の名前は消されていた。机の下で手を重ねる後輩と、冷たく婚約破棄を告げる霞。すべてを奪われ雨の夜に倒れた友春は、なぜか「あの会議の前日」に目を覚ます。 二度と他人の踏み台にはならない――友春は綿密な引き継ぎと受領印だけを残し、即日退職を叩きつけて姿を消した。 迎えた本番発表会、後輩が「見栄え」のために独断で削除した安全装置が、大観衆の前で最悪の暴走を始める。「頼む、戻って直してくれ!」すがる元上司に、友春が突きつけた言葉とは――。職場逆転|真相3.4万字5 215 -
完結第24話
銀2両で売られた盲目の花嫁
不作の年、盲目の竜児は、弟の嫁取り資金を欲しがる継母によって、恐ろしいと噂される山の猟師・陸炎山へ半ば売られるように嫁がされる。 ところが待っていたのは暴力ではなく、彼女を娘のように迎える姑と、「安心して暮らせるまで絶対に触れない」と約束する不器用で優しい夫だった。 薬屋で働いた経験を持つ竜児は、失明していても薬草を見分ける知識を生かし、炎山の狩りと力を合わせて貧しい一家の暮らしを立て直していく。 やがて名医から「治療できる可能性がある」と告げられ、失っていた視力にも希望が差し始める。 しかし陸家が豊かになるほど、金を狙う継母や炎山の過去に関わる女まで現れ、竜児の新しい家族と幸せを脅かし始める――。嫁姑|親子関係3.5万字5 374