"毎月7000円を隠していた夫の20年の秘密" 第12話
文子は座布団をり、膝でにじり寄ると、泣き崩れる夫のを自らの胸元へとく抱き寄せた。
作業着の油の匂い。
鉄の混ざった、い髪の触。
文子の割烹着が、夫のい涙でみるみるうちに濡れていく。
「お父さん……もういいのよ。もう、いいの」
文子は、震える夫の背を、赤ん坊をあやすように何度も、何度も撫でた。
「清司さんはね、あなたを度もんだことはないっておっしゃっていたわ。『昭雄を助けたのは俺の勝だ。昭雄が真面目に働いて族を守っているのが、俺の誇りなんだ』って……そうおっしゃっていたのよ」
「清司が……そんなこと……」
「そのを読みなさい」
文子は昭雄のを取り、清司のを握らせた。
昭雄は震える指先で封を破った。からてきたのは、計の修理伝票の裏にかれた、簡潔な便箋が枚だった。
『昭雄へ。 おの奥さんに会った。いい奥さんだな。おにはもったいないくらいだ。 通帳を返す。このは、おの族のものだ。 俺の脚のことは、もう忘れてくれ。俺は今、で番の計修理職だ。自分ので、自分のを派にっている。 おが、度も欠かさずにを送り続けてくれたこと、その馬鹿正直なを、俺は涯の誇りにっている。だが、友として言わせてもらう。 もう、俺にを送るな。 おが自分を罰するために送ってくるを受け取るのは、俺にとっても耐えがたい屈辱だったんだ。
広告
俺たちがき残ったのは、お互いに幸せになるためだろ。 昭のは、もう止んだんだよ。 鷹ので、胸を張っていい械を作れ。 そして、たまには奥さんと緒に、へ茶をみに来い。美い茶を淹れて待っている。 本清司』
昭雄はを胸に押し当て、声をげて泣いた。
子どものように、しゃくりげながら、分の氷を溶かすように泣き続けた。
文子は夫のを抱きしめたまま、静かに涙を流した。
居の壁に掛けられた古計が、ボーン、ボーンと、夜のを告げる鐘を鳴らした。
それは、昭28のの夜から止まったままだった佐々昭雄のが、再びカチリと音をててきした瞬だった。
翌朝、427の曜。
鷹の空は、つない抜けるようなれだった。
台所からは、トントントンと軽にまな板を叩く音が響いていた。文子は朝番でへり、脂の乗ったきな塩鮭と、採れたての瑞々しいキャベツを仕入れてきていた。
居のちゃぶ台のには、昨までの鬱なはどこにもなかった。
顔を洗い、髭を綺麗に剃り落とした昭雄が、糊のきいた清潔なシャツを着て座っていた。その目元はまだし赤く腫れていたが、眉に刻まれていたあのい苦悶の縦皺は、嘘のように柔らかく解けていた。
広告
「母さん、飯はまだか。腹が減ったな」
男の郎が、あくびをしながら奥の部からてきた。続いて、セーラーを着た女の美が「お父さん、おはよう」と屈託のない笑顔で居へ入ってくる。
「はいはい、今できるわよ。郎、お父さんにお茶を淹れておくれ」
文子が運んできた膳には、ばしく焼けた塩鮭、盛りのキャベツの浅漬け、油揚げと豆腐がたっぷり入ったい噌汁、そして炊きてのシャリが並んだ。
族がちゃぶ台を囲む。
昭雄は静かにをわせた。
「いただきます」
その声には、文子が聞いたことのなかった、腹の底から湧きがるような張りがあった。
昭雄は箸を取り、鮭のを頬張り、飯をかきこんだ。
「うまいな」
「そう? いつもと同じよ」
文子が微笑むと、郎が「親父、今は嫌がいいじゃんか」とやかした。
「うるさい。くって学へけ」
昭雄は照れ隠しに鳴ってみせたが、その目尻には、温かい笑い皺が刻まれていた。
子どもたちが元気に玄関をびしてった、居には夫婦の静かなが戻ってきた。
文子は台所から、真しいの通帳と、清司から預かってきた百万円の定額貯通帳を持ってきて、ちゃぶ台のに並べた。
「お父さん」
文子は改まった面持ちで、昭雄のにをついた。
「この百万円はね、定期預に入れて、をつけずに残しておきましょう。
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 200 -
完結第20話
長女にだけ渡された鍵
父の四十九日。「お前が一番しっかりしている」と病床の父から金庫の鍵を託された長女の私は、弟と妹の前で鉄の扉を開けた。だが中にあった私の通帳は残高一万円で、二百八十万円あった預金は弟の名義で全額引き出されていた。問い詰める私に弟は「親父に頼まれた」と父の直筆の手紙を突きつけ、妹も父と交わした別の密約を叫び始める。そこへ男が現れ、父が実家を担保に借りた五百万円の借用書を突きつけてきた。裡切られた|兄弟姉妹|相続|金銭問題|修羅場3.0万字5 92 -
完結第25話
祖父が私に遺した最後の拒否権
亡くなった祖父の果園を三千二百万円で売却するため、東京で働く私は十年ぶりに実家へ呼び戻された。生活苦に喘ぐ父と妹の結婚資金のため、名義を持つ父は契約を急いでいたが、司法書士が出したのは「長孫である私の書面同意がなければ売却は無効」という祖父の遺言だった。早く終わらせようとペンを握った私は、ふと買い手企業がここを何にするつもりなのか尋ねた。山を削り大型トラックの夜間中継所にすると聞かされた瞬間、私は手元のペンを静かに机へと置いた。祖父母と孫|相続|親子関係|金銭問題3.7万字5 111 -
完結第19話
完璧な夫に給料を突き返した朝
毎月二十五日、夫は手取り四十五万円の給料を一円も引かずに私の口座へ振り込み、親戚の前で完璧な夫として称賛されている。だがその裏で、私は息子の塾代を払うために結婚五周年の指輪を買取店へ持ち込んでいた。固定費と夫のカード代だけで毎月赤字が続き、私の独身時代の貯金も底をついた。翌朝、いつも通り振り込まれた四十五万円の通知を見つめた私は、その全額をそのまま夫の口座へ送金し、スマートフォンの画面を伏せた。嫁姑|夫婦|金銭問題|修羅場2.9万字5 7822 -
完結第21話
優しい教室で震える息子
息子が突然学校に行けなくなり、担任は「いじめなどなくクラス全員に愛されている」と胸を張った。不審に思った私が息子のランドセルを調べると、底板の裏から三十七枚の給食費受領書が出てくる。我が家は困窮などしていないのに、三ヶ月間、生徒全員が日替わりで息子の昼食代を立て替えていた。私が学校へ確かめに行こうとした瞬間、息子は「言わないで」と叫んで床に泣き崩れ、その紙片を必死に胸へ抱え込んだ。怒り|裡の顔|親子関係|金銭問題3.2万字5 6057 -
完結第15話
五人の元彼と三万一千円
結婚式当日の朝、ホテルのフロントに差出人不明の現金書留が五通届いた。中身はすべて、三万一千四百八十円という奇妙な端数のご祝儀だった。面識のない私の歴代の元彼五人からだと気づき、私は血の気を引かせて金庫への保管を頼み込む。だが、不審に思った夫が私の手提げから抜き取ったのは、三週間前に私がその五人へ同額を送金した明細だった。親族紹介まであと十五分、夫は控え室の鍵を閉め、冷たい目で私を見下ろした。夫婦|裡の顔|金銭問題|修羅場2.2万字5 166 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第18話
退職金と三百万円の借金
三十二年間勤めた会社を定年退職する日、人事に呼び止められた私は、一枚の紙を突き出された。それは私の名義と私印で作成された、三百万円の福祉貸付金の借用証書だった。返済が済むまで退職金は支払えないと告げられるが、私に借金の覚えなど一切ない。震える手で書類の日付を確認すると、そこには十一年前、夫が急逝して告別式を行っていた日の数字が並んでいた。私は退職の合意書へのサインを拒み、人事の机に手をついた。怒り|退職金|金銭問題|修羅場2.6万字5 603 -
完結第19話
レジ打ちの妻は恥ずかしい
結婚式まであと一か月。婚約者から突然、私の名前が印刷された『退職届』を差し出された。「うちの嫁がスーパーでレジ打ちなんて困る」と義母と決めたという。冗談だと笑おうとした私に、彼は真顔で「取引先に見られたら恥ずかしい」と言い放った。この三年間、一生懸命働く私の姿が好きだと言ってくれたのは嘘だったのかと問うと、彼は静かに言った。「恋愛と結婚は、違うんだよ」。私は差し出されたペンを机に押し返した。裡切られた|怒り|金銭問題|修羅場2.9万字5 578 -
完結第14話
年商一兆円の父にワインをかけた婚約者
創業家の御曹司との顔合わせ当日。ボロ車で駆けつけた私の父を見た義母は、「貧乏人の娘が」と父の頭から赤ワインを浴びせかけた。婚約者も冷笑し、父を詐欺師呼ばわりしてロビーで土下座を迫る始末。 だが、父は一言も取り乱さず、静かにワインを拭った。 「この縁談はなかったことに」 指輪を投げ返し、父の向かった先は日本中が恐れる巨大財閥の最上階。傲慢な親子が信じていた“金と権力のルール”で、静かな断罪劇が幕を開ける。因果応報|人生逆転|金銭問題|修羅場2.1万字5 129