みかん小説
本棚

"消された母親席" 第8話

どちらを選んでも、待っているのは獄かもしれない。

それでも、決めなければならなかった。

運命のは、もうすぐそこまで迫っていた。

結婚式当の朝、空は皮肉なほどに青くれ渡っていた。

窓から差し込む柔らかなが、これから起こるであろう悪の始まりを微じさせない。

代は、昨夜もほとんど眠ることができなかった。

夫の剛に「本当にく必があるのか」と問われてから、代のは千々に乱れたまま朝を迎えてしまったのだ。

代は鏡のに座り、入りに化粧を施す。

しかし、どんなにファンデーションをねても、目のいクマや気を失った顔を隠すことはできない。

それでも代は、無理やり角をげ、笑顔を作った。

だけは、このだけは、笑顔の母親でいなければならない。

それが、息子をこの世にみ落とした自分の最の務めだと信じていたからだ。

隣の部から、着替えを終えた剛が現れた。

質なダークスーツにを包み、いつも以に威厳がじられる。

しかしその表は、普段の温な彼とは別のように固く、そして険しい。

剛は、妻の顔を見つめて静かに尋ねた。

「準備はできたか?」

代は、精杯のるい声で答えた。

「ええ、あなた。きましょう」

しかし、その声がわずかに震えているのを、剛が聞き逃すはずはなかった。

広告

へと向かうに会話はなかった。

い沈黙が、まるで鉛のように内に満ちている。

代は、膝のに置いたさなパーティーバッグを、もなく握りしめたりいたりしていた。

そのには、千求された百万円をきく回る、万円というが入った祝儀袋が納められている。

どうせおが目なら、これだけ包めばしは自分のことを認めてくれるかもしれない。

そんなあまりにも惨めでしい期待を、代は捨てきれずにいたのだ。

ハンドルを握る剛は、方のを睨みつけるように見つめたまま、いた。

代、本当に丈夫なんだな」

それは、今だけでもう度目の問いかけだった。

代は、を向いたまま答えた。

丈夫よ」

その言葉が、自分自に言い聞かせるための空虚な呪文でしかないこと。

剛はとっくに見抜いていた。

代は、震える声で言葉をねた。

「今は息子の台ですもの。母親である私がしっかりしないでどうするの?頑張って笑顔でいなくちゃ」

剛は、それだけ言うと、運転でない方の代のたいを力く握った。

「無理はするな」

ゴツゴツとした、節くれだった夫の

、どんなもこのが自分を支えてくれた。

そのぬくもりが、張り詰めていた代の線をほんのしだけ緩ませる。

広告

剛は、を見据えたまま力く言った。

「何かあったらすぐに俺に言え。絶対にで抱え込むな」

代の目から、筋の涙がこぼれ落ちた。

「ええ、分かったわ、あなた。ありがとう」

その言葉は、涙と共に喉の奥に消えた。

やがては、目のホテルに到着した。

エントランスのには、着飾った々が次々と吸い込まれていく。

その誰もが、幸せそうな笑顔を浮かべていた。

息子の結婚式。本当にこのが来たのだ。

代は呼吸をし、を決してりた。

華やかな装飾が施されたロビーを抜け、披宴会へと向かう。

瞬、その絢爛豪華な雰囲気に圧倒され、代のに母親としてのびが込みげてきた。

そうだ、今はお祝いのなのだ。余計なことは考えず、ただ息子の幸せを祈ろう。

そう自分に言い聞かせ、受付へと歩みをめる。

にこやかな笑顔のスタッフがを迎えた。

「本は誠におめでとうございます。お名をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

剛が代表して、堂々と名を告げた。

郎の父の沢です」

スタッフは、丁寧にお辞儀をした。

沢様ですね。お待ちしておりました」

スタッフが元の席次表を確認し始めた。

そのだった。

彼女の笑顔が、ぴたりと固まる。

そして次の瞬代のに届いたのは、これから始まる悪の始まりを告げる、困惑しきった声だった。

スタッフは、申し訳なさそうに、しかしはっきりと事実を告げた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: