"消された母親席" 第11話
「別に、帰ってくれても構いませんよ」
まさにその瞬だった。
それまで代の隣で静かに、しかしマグマのようなりを全にたぎらせていた夫が、ついにいた。
これは、これから始まる壮絶な復讐劇の始まりの図だった。
「別に帰ってくれても構いませんよ」
千のその言は、張り詰めていた本の糸を無慈に断ち切った。
それは夫の剛のので、かろうじて保たれていた最の理性の糸だった。
次の瞬、剛は泣き崩れそうになる代の肩を力く、しかし優しく抱き寄せた。
そして剛は、会全体に響き渡るほどく、威厳に満ちた声ではっきりと告げた。
「代、帰るぞ」
その声には、切の迷いもためらいもなかった。
代は涙に濡れた瞳で、夫の顔を見げた。
剛の目は、これまでに見たこともないほどたく、そして燃えるようなりの炎を宿していた。
剛は、妻の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「今すぐにだ。おをのとして扱わないような所に、秒たりともいる必はない」
剛はそう言うと踵を返し、代のを引いてへと向かおうとした。
その毅然とした態度に、さすがの千も瞬ひるんだような表を見せた。
しかし彼女はすぐに気を取り直し、わざとらしい甘えた声で叫んだ。
「あ、お父さんお待ちください!ご祝儀だけは、ありがたく頂戴いたしますので。
広告
ありがとうございました」
その言葉は、に油を注ぐのに分すぎるほどだった。
剛はピタリとを止め、ゆっくりと、本当にゆっくりと、千の方へ振り返った。
その全から放たれる凍てつくようなりのオーラに、周囲のゲストたちは息をんだ。
剛は、値踏みをするように、純のドレスにを包んだ千をのてっぺんからつま先までじろりと見ろした。
そして剛は、の底から軽蔑しきった声でたく言い放った。
「体育座りで分なに、だけは平気で求するんだな」
その言葉に、千の顔が変わった。
千は、ヒステリックな声をげる。
「ええっ!今更何をおっしゃっているんですか?当然のことでしょう」
剛は、ふんとで笑った。
「当然だと?」
その笑いは、千の、そして息子の優太のを底れぬに陥れた。
剛は、静かな、しかし圧倒な威圧を放ちながら宣言した。
「おたちは俺の妻を、代を、として扱わなかった。母親としての尊厳をズタズタに踏みにじった。ならばこちらも、おたちをとして扱う義理はない。同じように扱ってやるまでだ」
千の自信に満ちた笑みがさっと消え、代わりにのが浮かびがる。
千は、怯えた声で尋ねた。
「ええ……同じような扱い……どういうことかしら?」
その隣で優太が、狼狽したように叫んだ。
広告
「父さん、待ってくれよ。話そう」
優太の必な声が背から追いかけてくる。
しかし、代と剛はもう度と振り返ることはなかった。
剛にを引かれ、理の廊を歩きながら、代ので何かが完全に、そして永にプツリと切れた。
もういい。もう何もしてやる必はない。
あの子はもう、私のっているしい息子ではないのだ。
、夫と共に築きげてきたささやかな、しかし温かい庭。
それを自らので破壊したのは、の誰でもない、あの息子夫婦なのだ。
母親としてのは、今この瞬完全に消え失せた。
代わりに芽えたのは、氷のようにたく、そして鋼のようにい決だった。
代と剛は、集まった全てのゲストたちの驚きと好奇の線をに浴びながら、しも臆することなく胸を張って、堂々とその獄のような結婚式会をにした。
のエンジンをかけ、ホテルかられていく。
バックミラーに映る壮麗な建物が、みるみるさくなっていく。
それは、代が背負い続けてきた「母親」というい字架から、ようやく解放された瞬でもあった。
しかし代のは、まだれてはいなかった。
これから自分たちはどうすればいいのか。
そして、あの息子夫婦に、自分たちのいがどれほど罪いものであったかを、どうすればいらせることができるのか。
本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。
広告
おすすめ作品
-
完結第25話
義母の合鍵が入らない
結婚五年目、情緒不安定を理由に義母に家の合鍵を預けさせられた。夫は母を庇い、私に我慢を重ねるよう笑って求めた。義母の無断侵入は続き、私の大切な机まで雨のベランダへ放り出されたが、私は一度も怒鳴らなかった。一ヶ月後、いつものように合鍵で入ろうとした義母の前に現れたのは、鍵穴すら存在しない最新の電子錠だった。激怒して電話をかけてきた義母に対し、今まで母に逆らったことのなかった夫が「僕が鍵を変えた」と告げた。嫁姑|夫婦|親子関係|修羅場3.8万字5 15 -
完結第18話
顔合わせのすっぽかしと五通の裏切り
精密機械加工会社の令嬢・紗栄は、誠実に見えた恋人・弘樹と婚約を結ぶ。しかし両家顔合わせの直前から弘樹はモラハラを連発し横柄な態度へと急変。迎えた顔合わせの当日、高級料亭へ向かわず自室に留まる紗栄のもとへ、弘樹から「遅刻するな、調子に乗るな!」と激しい怒声が届く。 その瞬間、横にいた紗栄の父が電話を奪い取り一喝。「とぼけても無駄だ。お前の身辺調査は済んでいる」。 机の上に叩きつけられた興信所の分厚い茶封筒と、弘樹が抱える「5人の愛人」の証拠写真。怒り狂った弘樹が両親を連れて実家へ殴り込んできた時、彼らがひた隠しにしてきた信じがたい搾取の手口が暴かれ――。嫁姑|裡の顔2.7万字5 934 -
完結第31話
「会計は嫁」の還暦祝いと18万6740円
「会計はいつものように嫁ね」――舅の還暦祝いに集まった親族18人。1人8800円の懐石に祝い鯛まで並ぶ中、夫・浩司も「エミ、よろしく」と当然のように私へ支払いを押しつけた。だが私は店員に、自分の9460円分だけ別会計にしてほしいと伝える。2時間後、幹事の浩司へ差し出された残り17人分の伝票は18万6740円。5年前、善意で一度4万円を払ったことから、7万円、10万円超と立て替えは膨らみ、返すという約束も消え、私の財布は田中家の“共有財産”にされていた。しかも浩司は親族に「エミが払ってくれる」と勝手に約束し、自分だけ気前のいい長男を演じていたのだ。経理主任の私はもう黙って穴埋めしない。自分の分だけ払い、残りは予約名義人へ――そして帰宅後、5年分のカード明細を前に、夫へ自分の嘘と向き合うよう突きつける。だが金の境界線を引いた途端、今度は義母が“親族のため”という新たな請求を持ち込み始める――。嫁姑4.6万字5 293 -
完結第19話
結婚翌朝の平手打ちと専務剥奪
「嫁のくせに初日から遅刻か」――結婚翌朝、老舗料亭グループ専務の夫・高志は、親族の前で私・美咲の頬を平手打ちした。私は管理栄養士として、持病を抱える義父・正一郎のために朝食を作り直し、配膳が5分遅れただけだった。しかも義母・かよが“嫁の腕試し”に使わせた古い調味料は、義父の薬と危険な組み合わせになるもの。誰も信じようとしない中、私は義父の御膳をひっくり返し、「命を粗末にするよりはマシです」と言い切る。すると駆け込んできた料理長・佐木が私を“白川先生”と呼び、封印されていた試作品の危険性を証言。父で食品衛生の専門家・白川敬吾からも緊急の電話が入り、食卓の空気は一変する。それでも母をかばい、私を嘘つき扱いする高志。だが義父が「彼女は私の命を救った」と頭を下げた瞬間、黒崎家が守ってきた序列は崩れ始める――。嫁姑2.8万字5 263 -
完結第25話
父の形見をゴミと笑った夫と五十億円の引導
父の葬儀を終えて帰宅した私・水希を待っていたのは、夫・高志から突きつけられた離婚届だった。「底辺の血筋」「寄生虫」と亡き父まで侮辱した彼は、次期社長の座を手に入れるため、社長令嬢リナとの再婚を宣言し、10年間尽くした私を無一文同然で家から追い出す。絶望の中、私に残されたのは、父が最期に託した錆びたブリキ箱だけ。その届け先を頼りに東北へ向かうと、辿り着いたのは巨大企業・暁グループの総本部だった。しかも父の名を告げた瞬間、黒服の社員たちが一斉に頭を下げる。父は本当に貧しい町工場の職人だったのか――。やがて私は、父が残した“力”と、高志の会社を巡る不穏な事実を知る。もう泣いて耐えるだけの妻ではない。自分を捨てた男が次期社長の座を確信して総本部へ乗り込む日、私は静かに反撃の舞台を整え始める。嫁姑3.8万字5 242 -
完結第12話
午前五時の朝餉
母・加奈子を理不尽に追い出して七日目の朝。二重ロックで施錠されたはずの台所で、炊飯器のランプが黄色く灯っていた。「保温:28分」。蓋を開けると、湯気を立てる筍ご飯と、包丁立てから消えた一番重い三徳包丁。電源を抜いても、暗証番号を変えても、毎朝午前五時に届き続ける温かい米。やがて米の底から現れた“ある金属片”を境に、父と祖母の顔から血の気が引いていく。母はどこから入り、この家で何を見つめているのか。因果応報|嫁姑|真実|修羅場1.8万字5 867 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 21