"死刑執行直前、1匹の犬が見つけた「8年前の嘘」" 第5話
止まった音
直が片をへしかけたとき、廊の向こうから声がした。
「待ってください。そのままで」
づいてきた職員が、扉のにいた職員へく話した。直には、検察からの連絡という部分だけが聞こえた。
扉を押さえていたが止まった。もう1が話で何かを確かめ、相の言葉を繰り返したあと、直のほうを向いた。
「刑の執は止されました。戻ります」
直はけなかった。
「……止、ですか」
「はい。指示を確認しました」
職員が体の向きを変えた。いていた扉は、直を通さないまま閉じられた。
ついさっきまでへめるよう促されていたを、今度は反対へかした。同じ廊なのに、帰りの距が分からなかった。自分の音が本当にしているのか確かめたくなり、直は度だけを見た。
部に戻ると、机にはハルの写真が伏せて置かれていた。
直は子に座り、写真を表に返した。の角をつまむ指がうまく曲がらず、2度目でようやく持ちげられた。
「まだ、いるよ」
写真へそう言ったあと、息が続かなくなった。両で元を押さえ、体をに折って、何度かゆっくり息を吐いた。
誰も部のへ連れしに来なかった。
浦の事務所では、保留音が途切れていた。
「担当の検察官が執止を決定しました。拘置所への連絡も済んでいます」
広告
浦は相の名と伝達の状況を確かめ、メモを取った。受話器を置くと、結へ顔を向けた。
「止まりました。直さんにも伝えられたそうです」
結はちがりかけた。その拍子に膝のリードがへ落ち、ハルが顔をげた。
「直は、きているんですね」
「はい」
結は子に座り直した。両を膝へ置いたつもりだったが、はリードを探して空をつかんでいた。ハルがづき、落ちた持ちを先で押した。
拾おうとをかがめたとき、初めて涙が落ちた。
「ありがとう、ハル」
を抱き寄せると、ハルは結の頬をなめた。結が泣きやむのを待つように、腕のでじっとしていた。
浦はし待ってから、今のことを話した。執が止まっても、直の罪判決が消えたわけではない。再審を始めてもらい、そこで無罪を勝ち取る必がある。
結は袖で目元を拭いた。
「分かっています。でも、今も直にをけるんですね」
「けます」
それを聞いて、結は鞄から帳をした。直に伝えたいことを、忘れないうちにき留めた。ハルがどこでを止めたか。扉がくまで、どんなふうに待っていたか。
そのの午、浦は直と接見した。
直はいつものように子へ座ったが、机に置いたは落ち着かなかった。浦が類を広げると、そのの端を見つめていた。
広告
「今朝、告げられたんですね」
直はうなずいた。
「最のもきました。先が調べてくれていると言ったけれど、もう駄目なんだとって」
浦はを止めた。
「にいました。須藤さんが証言を撤回し、元の映像も見つかりました」
「須藤が……」
直の目が、初めて類かられた。浦は救の経緯を説した。須藤が縛られて閉じ込められていたこと、誰もいないとわれたので、ハルがかなかったこと。
直は黙って聞いていたが、犬の話になると唇を押しわせた。
「あいつ、まだ覚えていたんですね。を見つけると、褒めてもらえるって」
「結さんが、訓練を続けていたそうです」
直は目元を指で押さえた。ハルを拾ったのことも、結と公園で隠れたことも、ここでは話してもがないとっていた。今、その犬が、自分のきている理由になっていた。
「は丈夫ですか。もう若くないから」
「よく眠って、今朝は事もしました」
直はく息を吐いた。それから浦の類へを伸ばしかけ、途で引っ込めた。
「俺にも、確認させてください」
「もちろんです」
「映像のに、俺が来たところは残っていますか。須藤が言ったじゃないはずです」
浦は、その質問をしいページにいた。
「元の記録を順番に確認しています。あなたに確かめてもらいたい部分もあります」
広告
直は背筋を伸ばした。渡された命を、子に座って待つだけで使い切りたくなかった。
3、執止と証拠の発見が報じられると、鷹宮ホテルグループは文を公表した。
須藤の話には銭問題を背景とした虚偽の能性があり、所の確な映像を根拠に、確定した判決や会社の信用を傷つけるべきではないという内容だった。
結は浦の事務所で、その文章を読んだ。
「自分たちがした映像から9分なくなっていたことは、かないんですね」
「その説も、これから求めます」
浦が読み終えたを伏せると、結の携帯にニュースの通が届いた。社の鷹宮亮介が、記者の質問に答えている映像だった。
鷹宮は会社の玄関でを止め、えたスーツの襟に触れた。
「捜査には協力します。ただ、元従業員の個な問題に、私どもを巻き込まれても困ります」
須藤との関係を問われると、わずかに眉を寄せた。
「須藤氏が何を言おうと、私が事件に関わったという事実はありません」
結は画面を止め、鷹宮の顔を浦へ向けた。
「このも、元の映像を見たんでしょうか」
浦は、鑑定用の複製が入ったケースを机に置いた。
「全部が残っているとは、っていないのかもしれません」
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
「死産」と告げた院長と20年目の出生記録
20年前、出産した娘を「死産でした」と告げられた私・佐藤しず子。しかし私は、麻酔の中で確かに聞いた産声を一度も忘れられなかった。 真実を確かめるため、私は清英産婦人科医院の清掃員として20年間働き続け、誰にも気づかれず院内の秘密を探ってきた。そんなある夜、若い看護師から「まだ間に合います。あなたの娘さん生きています」と書かれた紙を渡される。 やがて地下の保管庫へ忍び込んだ私は、自分の出産記録の隣に「佐藤女児――転送」と記された手帳を発見する。 さらにそこには複数の新生児と金銭の記録まで残されていた。娘を奪ったのは誰なのか。そして病院は20年間、何を隠してきたのか。見下され続けた“掃除婦”は、集めた証拠を手に院長・安藤剛と対峙する――。真相|修羅場2.1万字5 407 -
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 75 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3039 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137 -
完結第20話
偽りの仕送りと緑の通帳
専業主婦の佐藤真美は、長年にわたり傲慢な義母・君代から「無収入の居候」と見下され続けてきた。夫の減給により進学を断念し、誇りを持って介護職に就いた二十歳の娘・奈々までも、義母は「高卒の無能な孫」と親戚の前で嘲笑する。さらに君代は「長男の嫁・恭子を見習い、毎月十五万円を仕送りしろ」と理不尽な要求を突きつけてきた。耐えかねた真美が恭子に相談すると、長男一家の仕送りに隠された信じがたい事実が判明する。義母の言う通り「見習う」ことを決意した真美は、夫の浩一を巻き込み、スマートフォンに収めたATMの振込画面の写真と、タンスの上の空の茶封筒を使ったある計画を仕掛ける。だが、疑念を深めた義母が「緑の銀行通帳」を差し出し、記帳を命じたことで事態は急転する――。嫁姑|真相3.0万字5 721 -
完結第30話
一万八千円の伝票
病を克服し、身なりを隠して自らのホテルへ宿泊客として訪れたオーナー・佐藤かず子。亡き夫と四十年にわたり心血を注いできた老舗ホテルは、かつての温もりを失い、強欲な支配人・中村の私欲に侵されていた。 きっかけは、わずか千八百円の粗末な昼定食に突きつけられた「一万八千円」の法外な伝票。中村たちは気の弱そうな高齢客を狙って組織的なぼったくりを繰り返し、さらにはホテルそのものを外資系ファンドへ売り飛ばそうと目論んでいた。 無力な老婆と侮られ、嘲笑と脅迫を受けるかず子。だが彼女の手には、亡き夫の誇りである一本の「蒔絵万年筆」と、深夜に掴んだ決定的な「裏帳簿」の証拠があった。誇りを泥靴で踏みにじられた元女将の、静かなる大反撃が今、幕を開ける――。職場逆転|真相4.6万字5 6317 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 95