"五人の元彼と三万一千円" 第2話
胃の底が凍りつくようなたさが、背筋を駆けがってくる。
そんなはずはない。
どうして、ここに届くの。
どうしてが、示しわせたように同じものを送ってくるの。
つの異なる跡。
しがりの几帳面な字。丸みを帯びた癖のある字。線の細い神経質な文字。圧のい、乱暴なき殴り。
っている。
私は、この文字を全員分、っていた。
佐々健太。
亮介。
藤田拓。
松本裕也。
林直。
歳から歳までの、私ののを途切れ途切れに埋めていった、の男たち。
お互いに面識すらないはずの彼らが、京、阪、仙台、沢、福岡と、バラバラので暮らしているはずの彼らが、なぜ同じの同じ朝に、このホテルに現を送りつけてくるのか。
「千里様、ご気分でも優れませんか? おをお持ちしましょうか」
メイクの女性が慌てて私の背にを添えた。
「……いいえ」
私はかすれた声をした。喉がカラカラに張り付いていた。
「丈夫です。ただ、し……驚いただけですから」
「このご祝儀は、千里様のおりいの方々からでよろしいのでしょうか。受領のほうにサインをいただければ、貴品としてホテルの庫で切にお預かりいたしますが」
プランナーが差ししたペンを、私は震える指先で受け取った。
『万千百円 × 計万千百円』
広告
類に印字された計額を見た瞬、喉の奥から酸っぱいものが込みげてきた。
万千百円。
暗号でも、嫌がらせの語呂わせでもない。
それは、のあの煙の臭いとともに、私の記憶の底にこびりついてれなかった、あまりにも具体で、あまりにも残酷な数字だった。
「あの……」
私は受領に名を殴りきすると、すがるようにプランナーを見げた。
「このおは、今すぐ庫に入れていただけますか」
「かしこまりました。披宴終にお部へお届けいたします」
「違います。そうじゃなくて……今は、もうさないでください」
私の声が自然に擦っていたのだろう。プランナーとメイクスタッフが、怪訝そうに顔を見わせた。
「今の式が終わるまで、いえ、私が申しるまで、絶対に誰にも見せないでください。受付にもさないで。……もちろん、俊平さんにも」
「郎様にも、ですか?」
「お願いします。お願いですから……ただの違いなんです。昔の友の、タチの悪い悪ふざけで……俊平さんに余計な配をかけたくないんです」
私は必で笑顔を作ろうとした。けれど、引きつった頬の筋肉がうまくかない。
プランナーは数秒の、迷うように線を泳がせたが、やがて接客用のプロの表に戻り、静かに礼した。
「承いたしました。では、こちらは当ホテルのセキュリティ庫にて、私どもの責任でお預かりいたします。
広告
お引き取りの際は、こちらの控えの預かり証をお持ちください」
切りされた黄い預かり証の片が、私ののに滑り込んできた。
いなのに、焼けた鉄板のようにくじられた。
プランナーがの角盆を持って部をていくのと入れ違いに、廊の向こうから聞き慣れた音がづいてきた。
カツ、カツ、と革靴がを叩く、定の落ち着いたリズム。
俊平だ。
私は反射に、のの預かり証を、ドレッサーのに置いてあったいサテンのクラッチバッグの底へと押し込んだ。
チャックを閉める音が、静まり返った部にさく響いた。
「千里、入るよ」
ノックとともにドアがき、チャコールグレーのタキシードにを包んだ俊平がっていた。普段の鏡をし、し照れくさそうにネクタイにをやっている。
「どうかな。やっぱり慣れないな、こういうは」
俊平は優しく笑いながら部に入ってきた。
いつも通りの、穏やかで、誠実な俊平。
私を信じ、私の過を詮索せず、私が提案した細かすぎる計のルールを「千里がしっかりしてるから助かるよ」と笑って受け入れてくれた。
だが、俊平の線が私の顔にとまった瞬、その微かな笑みが消えた。
「……千里? どうしたの、顔が真っだよ」
俊平がに歩み寄ってくる。
その瞳のに、純のドレスを着て、怯えたように肩を震わせている私の姿が映っていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
優しい教室で震える息子
息子が突然学校に行けなくなり、担任は「いじめなどなくクラス全員に愛されている」と胸を張った。不審に思った私が息子のランドセルを調べると、底板の裏から三十七枚の給食費受領書が出てくる。我が家は困窮などしていないのに、三ヶ月間、生徒全員が日替わりで息子の昼食代を立て替えていた。私が学校へ確かめに行こうとした瞬間、息子は「言わないで」と叫んで床に泣き崩れ、その紙片を必死に胸へ抱え込んだ。怒り|裡の顔|親子関係|金銭問題3.2万字5 0 -
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 32 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 50 -
完結第24話
妻の手術翌朝、七通の解約通知
妻が胆嚢ポリープの手術で入院した日、私は仕事を優先し「自分で処理しろ」と見舞いを断った。だが翌朝、私の携帯にマンションの駐車場、クレジットカード、父のデイサービスを含む七通の解約通知が立て続けに届く。カードは店頭で弾かれ、ビルのゲート前で立ち往生した私は、妻の報復を確信して病室のドアを乱暴に開けた。点滴に繋がれた妻は、今すぐ元に戻せと詰め寄る私の目の前で、スマートフォンの画面を静かに伏せた。怒り|夫婦|介護|修羅場3.7万字5 37 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 790 -
完結第25話
義母の合鍵が入らない
結婚五年目、情緒不安定を理由に義母に家の合鍵を預けさせられた。夫は母を庇い、私に我慢を重ねるよう笑って求めた。義母の無断侵入は続き、私の大切な机まで雨のベランダへ放り出されたが、私は一度も怒鳴らなかった。一ヶ月後、いつものように合鍵で入ろうとした義母の前に現れたのは、鍵穴すら存在しない最新の電子錠だった。激怒して電話をかけてきた義母に対し、今まで母に逆らったことのなかった夫が「僕が鍵を変えた」と告げた。嫁姑|夫婦|親子関係|修羅場3.8万字5 121 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 99