"五人の元彼と三万一千円" 第12話
所のたちが窓から覗いていた。通りを歩く同級が、ひそひそと笑っていた」
私の爪が、ホテルの絨毯の毛を掻きむしった。
「母は毎晩泣きながら、私に言ったわ。『千里、絶対にからおを借りてはいけないよ』『に借りを作ったら、その瞬から対等ではいられなくなるんだから』『施しを受けたら、最には魂まで買い叩かれるよ』って……」
母の痩せこけた顔。震える指先。
夜逃げのようにしてアパートを転々とし、最には庭が々に砕け散った、あの代の記憶。
「だから私は誓ったの。誰にも円も借りない。誰の施しも受けない。すべて自分で働いて、自分で払って、誰に対しても『私はあなたに何も借りていません』と胸を張って言えるになるんだって。そうしなければ、私はいつか父のように、誰かの元にいつくばって許しを乞うことになるとい込んでいたの」
「千里……」
「でも、歳の、あのアパートが燃えた」
私は顔をげた。涙で界が歪み、俊平のタキシードの輪郭が滲んでいた。
「全財産を失って、端に放りされて、私はあのに助けられた。万千百円。喉からがるほど欲しかったおを受け取った瞬、私ので、あの歳の恐怖が蘇ったの。『ああ、私はこのたちに魂を売ってしまった』『私はこのたちの借まみれの奴隷になったんだ』って」
広告
ドレッサーのに置かれた、通の。
佐々さん、さん、藤田さん、松本さん、林君。
「彼らが優しくしてくれるたびに、私は怯えていたのよ。告されたときも、『おをしてもらったんだから、応えなければじゃない』とい込んで自分を差しした。でも、付きっている、私は彼らをすることよりも、彼らにこれ以の『貸し』を作らせないことばかりに必だった。彼らが差し伸べてくれたを、私は卓で叩き落とし続けていたの」
『頼むから、俺たちの過を、ただの銭の貸借関係にき換えないでくれ』
佐々さんのの言葉が、私のの奥で霊する。
彼らは私を買い叩こうとなんてしていなかった。
魂を奪おうとなんてしていなかった。
彼らはただ、あのの夜、途方に暮れていたの女に、精杯の善と、そしてそのに芽えた器用な好を差ししてくれていただけだったのだ。
それを「借」という名の汚れたに塗り替えていたのは、彼らではない。
私自だった。
私の貧しい自尊と、過の霊への恐怖が、彼らの純粋な青をすべて「債権と債務」に貶めていたのだ。
「そして……私は俊平さんにも、同じことをしていた」
私はにをついたまま、震える肩をさくすぼめた。
「俊平さんの優しさが怖かった。
広告
俊平さんが私に無償で何かを与えてくれるたびに、私はいつか俊平さんに裏切られたり、見捨てられたりしたとき、自分が無文で放りされるのが怖くてたまらなかったの。『私はあなたにこれだけ返しました』『貸し借りはありません』という防壁を作っておかなければ、私は俊平さんの隣で、対等なとしてっていられないとい込んでいたのよ……!」
言葉が途切れ、控えに私の荒い息遣いだけが響いた。
すべてを吐きした。
隠してきた醜さも、頑なな傲さも、の歪んだ保の歴史も、すべてを俊平のに晒けした。
これで終わりだとった。
こんな女と、誰が涯を共にしたいとうだろう。
の好を信じられず、夫になるの横顔を帳簿の数字越しにしか見られないような女。
結婚式は止になる。俊平は部をていき、私はこの純のドレスを着たまま、で違約の計算でもすることになるのだろう。
そのとき、廊から激しいノックの音が響いた。
「郎様、婦様! 変申し訳ございません、親族紹介のおがすでに分押しております! チャペルへのご移をお願いできませんでしょうか!」
プランナーの、今度こそ限界を迎えた切迫した声だった。
運命の秒針が、ゼロを指そうとしていた。
私は目を閉じ、俊平のからされる宣告を待った。
『式は止だ』
その言がたら、私は静かに頷こう。スタッフを呼び、両親に謝罪し、すべての費用を私が背負う旨を帳にき留めよう。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
優しい教室で震える息子
息子が突然学校に行けなくなり、担任は「いじめなどなくクラス全員に愛されている」と胸を張った。不審に思った私が息子のランドセルを調べると、底板の裏から三十七枚の給食費受領書が出てくる。我が家は困窮などしていないのに、三ヶ月間、生徒全員が日替わりで息子の昼食代を立て替えていた。私が学校へ確かめに行こうとした瞬間、息子は「言わないで」と叫んで床に泣き崩れ、その紙片を必死に胸へ抱え込んだ。怒り|裡の顔|親子関係|金銭問題3.2万字5 0 -
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 32 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 50 -
完結第24話
妻の手術翌朝、七通の解約通知
妻が胆嚢ポリープの手術で入院した日、私は仕事を優先し「自分で処理しろ」と見舞いを断った。だが翌朝、私の携帯にマンションの駐車場、クレジットカード、父のデイサービスを含む七通の解約通知が立て続けに届く。カードは店頭で弾かれ、ビルのゲート前で立ち往生した私は、妻の報復を確信して病室のドアを乱暴に開けた。点滴に繋がれた妻は、今すぐ元に戻せと詰め寄る私の目の前で、スマートフォンの画面を静かに伏せた。怒り|夫婦|介護|修羅場3.7万字5 37 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 790 -
完結第25話
義母の合鍵が入らない
結婚五年目、情緒不安定を理由に義母に家の合鍵を預けさせられた。夫は母を庇い、私に我慢を重ねるよう笑って求めた。義母の無断侵入は続き、私の大切な机まで雨のベランダへ放り出されたが、私は一度も怒鳴らなかった。一ヶ月後、いつものように合鍵で入ろうとした義母の前に現れたのは、鍵穴すら存在しない最新の電子錠だった。激怒して電話をかけてきた義母に対し、今まで母に逆らったことのなかった夫が「僕が鍵を変えた」と告げた。嫁姑|夫婦|親子関係|修羅場3.8万字5 121 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 99