"消えた姉と18年後の手紙" 第6話
でも、あのに戻れば、私は、誰かのための犠牲として消費されて終わる。……あの野きの荷物は、お父さんが望んだ「従順な佐子」の抜け殻です。あの荷物と緒に、私の過は野駅でにました』
正はそれ以、言も返せなかった。
両を畳についたまま、男泣きに泣き崩れる父の背に向かって、佐子は枚のを襖の隙から差しした。
それが、仏壇の奥から見つかった、あの『お父さんへ』のだった。
「その翌朝、あの子はうちの学院からも姿を消しました」
志津恵は窓のの枯れを見つめ、静かに息を吐いた。
「私の机のに、ヶ分の寮費と、『変お世話になりました』という丁寧なが残されていました。あの子は、岡にすら留まるつもりはなかったのです。自分の力だけできていくための、真の技術をに入れるまでの、ほんのながかりに過ぎなかったのでしょう」
浩は両で顔を覆った。
姉は、逃げたのではなかった。
族という名の甘やかな搾取の鎖を、自らので本ずつ、鋼のような志で断ち切っていたのだ。
そして父は、その娘の凄絶な決別の言葉をで受け止め、自らの罪さに打ちのめされながら、その秘密を墓まで持っていくことを選んだ。
「先……姉は、どこへ向かったのか、当たりはありませんか」
広告
志津恵はしの躊躇った、子のポケットからさな古い所録を取りした。
「度だけ、あの子から礼状が届いたことがあります。昭45……阪万博のの消印でした。横浜の元町にある、仕て専のテーラーでしたよ」
昭5712初旬。
たいが吹き抜ける横浜港の埠には、型の貨物が何隻も泊し、港の向こうには笛のな音が響き渡っていた。
元町の商から本入った、国墓へと続く緩やかな坂の途に、そのはあった。
煉瓦造りのさな階建ての館。ショーウィンドウには、いモスグリーンのウールで仕てられた、美しいラインを描くレディーススーツが体、スポットライトを浴びて飾られていた。
ガラス戸の文字には、『Tailor & Dressmaking SAWA』とかれていた。
浩はコートの襟をて、震えるでドアノブにをかけた。
真鍮のドアベルが、カランコロンと涼やかな音をてる。
内には、質な舶来ツイードやシルクの反物が壁面に然と並び、スチームアイロンのい蒸気と、蜜蝋の匂いがち込めていた。
作業台の奥、全鏡ので、の女性が客の背広の仮縫いをしていた。
まとめられた艶やかな黒髪に、所々混じるいものが、流れたのさを物語っていた。無駄のないつきでマチ針を打ち、チョークで布に線を引くその横顔。
広告
37歳になった、佐子だった。
19歳のあの、駅のホームで見た面は、凛としたの女性の気品へと昇華されていた。そのち居振るいには、かつての農で誰かの顔を窺いながら米を研いでいた女の面は、微も残っていなかった。
「ありがとうございました。来週の曜には、本縫いに回せますので」
客を丁寧に見送った佐子は、作業台ののハサミを片付けながら、入りにち尽くす浩置の姿に目を留めた。
佐子のが、ピタリと止まった。
内の柱計が刻むチクタクという音だけが、のに横たわる18の淵を埋めるように響いていた。
佐子はじることなく、静かに鏡をし、胸元のピンクッションに針を刺した。
その瞳は、驚きに揺れることもなく、まるでいつかこのが訪れることを18ずっとっていたかのように、澄み切っていた。
「……浩ね」
く、落ち着いた声だった。
「きくなったわね。もう、派なじゃない」
浩の喉の奥から、い塊がせりがってきた。
り、しみ、堵、そして言葉にできない悔。18、ので渦巻き続けていたの奔流が、目のにつ姉の穏やかな表をにして、すべてきを失ってち往していた。
「姉ちゃん……」
浩の声は、掠れて途切れた。
「母さんがんだよ。
5に。……父さんも、先、んだ」
佐子の眉が、わずかにピクリといた。
しかし、涙はこぼれなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 75 -
完結第22話
側溝の底のGPS
六年前に娘を事故で亡くし、近所から「不注意な母親」と後ろ指を指されながら暮らしてきた私。ある朝、向かいの名士宅との境界にある側溝の泥から、泥まみれの「娘の見守りGPS」を掘り出した。壊れた端末のログを開くと、六年間、豪雨の深夜になるたび、向かいの家のWi-Fiと通信を繰り返していた。問い詰めた夫が無言で開けた物置には、壁一面に貼られた隣家の行動記録と、五年間密かに改造されていた配管図面があった。ミステリー|因果応報|裡切られた|真相3.3万字5 223 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第12話
左足だけの靴箱
隣室の吉岡さんが部屋で亡くなった。付き合いのなかった老人の遺品整理に立ち会った彩香は、業者から「故人の遺言」として段ボール箱を手渡される。中に入っていたのは、彩香が過去5年間に自宅の玄関から消えたはずの「左足の靴」12足。そして、それと対になる新品の右足の靴。靴底をめくると、そこには夫が「深夜残業」と偽っていた日付のタクシー領収書が隠されていた。妻が知ることになる、5年前の事故と夫の病的な贖罪の真相とは。ミステリー|夫婦1.8万字5 47 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 95 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 51